子どもと過ごす時間を大切に思っていても、いつも一緒というわけにはいきません。入園すると子どもは親の手を離れ、園で多くの時間を過ごします。わかっているようで、じつはよく知らない「子どもの園生活」。この連載では、大阪府堺市の「おおとりの森こども園」で園長を務める松本崇史さんの目を通して、子どもたちの日々を覗いていきます。
5月。春から初夏へと向かっていく季節。
園生活に少しずつ慣れながら、多くの子が見つけていくもの。それが「友だち」です。
園の子どもたちに「友だちって何?」と尋ねると、「○○ちゃんと○○くんと……」という答えが返ってきます。そのシンプルな答えに、保育者の胸はいっぱいになります。「友だち」という言葉を聞いて、誰かを思い浮かべることができる。それは、誰かと共にいる喜びを味わえているということです。
子ども同士が友だちになるきっかけは何でしょう? 子どもたちの趣味嗜好はさまざまです。その中から、子どもたちは「なんとなく同じ」を見つけていく名人です。同じ色が好き、同じ遊びが好き、同じお手伝いをしたがる、自分と似た服を着ている、似た性格をしている──そんな「なんとなく同じ」が、友だちを見つけるきっかけになるのです。
ひとりで遊びながら「さみしいな」と思っている子や、最初は “ひとり” を楽しんでいる子も、「なんとなく同じ」子を見つけて、少しずつ「この子といたい」と感じるようになって、2人きりの友だち関係を築くことがあります。
3才児のAちゃんは、何事にも最初は慎重な女の子。毎朝登園すると、その目には涙がたまっていて、今にも泣きだしそう。大好きなお母さんと離れる時には、いつも泣いてしまいます。Aちゃんが好きそうな遊びに誘っても、なかなか目に活気が戻りません。保育者が意識的に声をかけて、少しずつ気持ちがほぐれていく……そんな日が続きました。
Aちゃんと同じクラスで、同じような性格のOちゃん。いつもAちゃんのすぐ後に、Oちゃんは登園してきます。Oちゃんも、お母さんとはなれる時は、目に涙がいっぱい。保育者はOちゃんにもAちゃんと同じようにかかわっていて、Aちゃんはその様子を毎日ずっと見つめていました。
2人は、同じ机で同じタイミングで出席ノートにシールを貼り、タオルやコップを置きにいくときも、同じようなタイミングで置きにいきます。……ちょっとずつ、距離が近づいているようです。
5月の後半になると、先に登園した日にはOちゃんが「Aちゃん!」と玄関まで迎えに行くようになりました。逆もまたしかりです。2人きりの仲よし友だちの誕生です。2人で笑い合いながら、園内の至るところで遊びます。年度の終わり頃には、言い合いやケンカもするようになり、ほかの子どもたちともいっしょに遊ぶようになりました。AちゃんもOちゃんも、もうひとりではありません。
皆さんは『コッコさんのともだち』という絵本をご存じですか? 主人公のコッコさんは園でひとりぼっち。ある日、同じようにひとりぼっちで、同じ色の服を着た子を見つけます。2人はどんどん仲よくなっていきます。そして、ひとりの友だちの存在がきっかけになって、みんなと遊べるようになる物語。
AちゃんもOちゃんも、最初はひとり。それが、2人になりました。でも、まだ気持ちは完全には開いていません。そこから少しずつ、友だちの輪が広がりはじめます。子どもは時にケンカもしながら、「ひとりじゃない もうひとりじゃない」と、園の中に居場所を自分で創っていきます。
ひとりじゃない……そう思えるようになると、「時には ひとりも よい気分」と自分だけの時間も大切にするようになります。他者がいるから「自分」が見えるようになって、自分を大切にできるようになる。それも、友だちという存在があってのことなのです。
友だちになるきっかけは本当にさまざまで、こんなふうに自分から少しずつ歩みはじめる子もいます。
3才児のRくんは恐竜や乗り物が大好きで、自分の好きなもののことなら、いくらでも話しつづけます。長らくひとりで遊ぶことが多く、まだ友だちと呼べる子は見当たりませんでした。まずは保育者が遊び相手です。いろんな材料のある部屋でRくんが作りたいものを一緒に作りつづけます。そんなRくんですが、クラスメイトが箱や牛乳パックを使って恐竜や新幹線を作りはじめると、「Rも!」と真似をして作りはじめます。まだ自分の興味関心の範囲内ですが、好きなものをきっかけに、他の子の存在が気になりはじめます。
数か月経つと、Rくんは他の子のやっている「遊び」をじっと見つめるようになりました。まだ輪には入れません。遊びが終わりかけるころ、「Rも!」とやってみようとしますが、その時には他の子どもたちはどこかへ行ってしまっています。
……友だちができるのはまだまだ先のように感じられると思いますが、同じ「Rも!」という言葉の中に成長がうかがえます。自分だけの世界から、他者のいる世界へ、大きく動きだそうとしているのです。Rくんに友だちができるのは、きっとそう遠くないでしょう。
こんなふうに子どもたちは、集団の中で、親の知らない時間の中で、友だちとともに歩みはじめます。そして少しずつ自分で考え、自分で選び、自分で決められるようになっていきます。人はひとりでは生きていけません。必ず、そこにはともに歩む人がいます。園時代の友だちは、大人になったら忘れてしまう存在かもしれません。大人になっても、ずっと大切な存在でいつづけるかもしれません。いずれであったとしても、子どもたちには「一人でいる」ことも楽しめて、「他者といる」喜びも味わえる……そんな人になってほしいと思う今日この頃です。
イラスト・おおつか章世
*園の先生方へ こちらもよろしければご覧ください こどものともひろば