親の知らない 子どもの時間

第5回 絵本を子どものところにかえす

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子どもと過ごす時間を大切に思っていても、いつも一緒というわけにはいきません。入園すると子どもは親の手を離れ、園で多くの時間を過ごします。わかっているようで、じつはよく知らない「子どもの園生活」。この連載では、大阪府堺市の「おおとりの森こども園」で園長を務める松本崇史さんの目を通して、子どもたちの日々を覗いていきます。

絵本を子どものところにかえす

メディアの多様化の裏側で

「絵本は好きですか?」と問われたら、なんと答えるでしょうか? 私自身は「大好きです」と答えます。活字中心の本であれば、「嫌いです」「苦手です」と答える方もいるでしょう。でも、絵本を「嫌い」と答える方は、ほとんどいないと思います。絵本は、なんとなくほんわかしていて、見ていて嫌な気持ちにならず、性別も、年齢も、国籍も、時代も飛び越えて、「みんな」で楽しむことができる、不思議な魅力をもっています。

今の世の中を見渡してみたときに、「みんな」で一緒に楽しめるもの──共通体験となりうるものが、いったいどれほどあるでしょうか。

メディアは私たちの子ども時代より進化し、多様化し、豊かになっています。ただ、その豊かさの裏側で、園にいる子どもたちを見ていると、おたがいの共通項……「自分とおなじ」を見つけ出すことが難しくなっているように感じます。

テレビを例にしても、今は地上波のほかに様々な動画配信サービスがあるので、特定のアニメや番組を多くの子どもたちが見ていて、世界観を共有しながら一緒に遊ぶことは、とても少なくなっています。ポケモンなどのアニメやレンジャーものなどをとっても、リアルタイムで放送されているものだけでなく、過去のシリーズなども色々なメディアで見られるため、共通の話題になりづらく、「今週のあれ見た!?」「昨日のあれすごかったな!」という会話を聞かなくなりました。

みんながそれぞれ好きなものを見つけ、好きなものを見ているという印象で、つながり合える共通体験が希薄になっていると感じます。 
 

絵本というコミュニケーションツール

でも、本来、子どもたちは「おなじ」を楽しむことが大好きです。

「見て、KちゃんとOちゃん、同じ色の服」
「あのな~、僕もな、Yくんもスイカが好き。おんなじ」
「私も昨日髪切ったんだよ」
「園長、シマシマの服。僕もシマシマ」
「〇〇して遊ぶの、Nちゃんも好き」
「M先生も忘れん坊。園長も忘れん坊。Hも忘れん坊よ」

こんなふうに、子どもたちは「おなじ」を楽しむ名人なのです。「おなじ」を見つけては、本当に幸せそうに伝えてくれます。多様性を叫ぶばかりでなく、子どもたちが大好きな「おなじ」も大事にしたいと思っています。

絵本の多くは、「物語」をもっています。「おなじ」物語を、みんなで楽しむことができる。そういったツールは、今の世の中では、なかなか見つけられません。絵本は、今の子どもたちを取り巻く環境の中で、非常に大切なツールになっています。

おおとりの森こども園では、子どもたちみんなが月刊絵本を定期購読しているので、子どもたちは同じ絵本を毎月家に持ち帰ります。昨年、『よなかのこうえん』(こどものとも2024年8月号)という絵本がありました。次の会話は、年長の5歳児たちが家に持って帰って数日後の会話です。

Y:「きのうな、おとうさんがな、ここ読むんやけどな、むちゃくちゃおもしろかってん」
A:「きのう、ぼくも読んでもらった。ママが読んだんやけどな、ちょっと読むときに、舌かんでた!」
T:「このまえ、いっしょに読んだけど、たぶん、とうちゃんよりオレのほうが上手やった! とうちゃん、ふざけながら読むから、おもしろいけどな」
O:「ここのさ、スライムみたいなんが砂場に突っ込むところ、おもしろいよな」
全員:「そうそう!」

園にも置いてある『よなかのこうえん』を一緒にめくりながら、何気ない会話を繰り広げています。それぞれの子どもたちの感覚や感情、体験を、「おなじ」物語が紡いでくれていることがわかります。今、絵本こそ、子どもたちの大好きな「おなじ」を楽しみ合うことができる、コミュニケーションツールと言えるのです。
 

ひとりで絵本を楽しむ時間

一方で、絵本が生み出してくれるものは、「おなじ」を楽しむ時間だけではありません。園のように本がたくさんある環境では、「ひとり」の時間も生まれます。

4歳児のCくんが登園してきて、しばらくすると廊下にある絵本棚に向かいます。そこから図鑑を選びます。動物の図鑑です。次に自分のロッカーへ向かい、水筒を取り出します。そして図鑑と水筒を持って、絵本棚の横にあるひとりがけのソファに腰をかけます。ペラペラとめくって、喉が渇くと水筒からお茶を飲みます。図鑑を見終わると、次は『みかづきのよるに』(ちいさなかがくのとも2022年6月号)を手に取ります。そうやって30分ほど過ごすと、友だちのもとに駆けていきます。

こんなふうに子どもがひとりで自由に本を手にする時間が、実は本に親しむ一番の土台になるのではないでしょうか。

絵本は「みんな」で楽しむ時間も与えてくれますが、「ひとり」で自由に過ごす時間も与えてくれます。考えてみると、大人も同じですよね。ひとりで本を読みたいときもあれば、誰かと同じ本を読んで、わかち合いたいときもあるはず。
 

絵本を子どもたちのところにかえす

園という環境の中に絵本があると、子どもたちは好きなときに「読んで!」と絵本を持ち出せます。「いっしょに見よう!」と友だちを誘うこともできます。そうして「みんな」の「おなじ」が生まれ、豊かに広がっていきます。

その一方で、子どもたちは「ひとり」で自由に絵本と向きあう時間をもつことも求めているように感じています。絵本は大人が子どもに読んで聞かせることが多いと思いますが、子どもたちは「大人ばっかり読んでいてずるい!」と思っているかもしれません。すこし大げさかもしれませんが、「絵本を子どもたちのところにかえす」ことも大事なのではないでしょうか。

園での日常の中には、さまざまな絵本の時間があります。子ども同士で楽しむ時間、保育者に一対一や少人数で読んでもらう時間、クラスのみんなで楽しむ時間、ひとりで楽しむ時間、年上の子が赤ちゃんと絵本を見ながら過ごす時間、子どもが保育者に読んでくれる時間……。

そのすべての時間に価値があります。
だからこそ、みんな、絵本が大好きなのではないでしょうか。

 イラスト・おおつか章世

  

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