わたしの限界本棚

写真集や詩集も詰め込んで……何度もひらいた24冊の本棚|こどものとも第一編集部・T

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もし自分の蔵書を、ひと箱(35㎝四方)に絞らないといけないことになったら、そこには何を入れますか? 本好きが集まる出版社の社員たちが、本棚として成立する“限界”まで本を減らした、「限界本棚」を覗いてみましょう。第9回は、こどものとも第一編集部・Tの本棚をご紹介します。

幼いころ、よく母と妹と図書館に行きました。その図書館の本棚は、自分と背丈が同じくらいで、棚のてっぺんに手が届くのがうれしく、一番上の本を手に取っては表紙を眺めたことを覚えています。本棚は、延々と続いているように見えました。そこに収められているほとんどの本を読んでいないこと──自分の知らない世界が果てなく広がっていることに、幼いながらふしぎな高揚感がありました。そうして本棚のあいだを歩きまわり、「今日借りる本」を5冊選んだときのうれしさといったら! その気持ちが忘れられず、いい大人になった今も、部屋の大半を本で埋め尽くしているのかもしれません。

そんな蔵書の中から、ひと箱に収まるだけ選ぶとしたら……  

《大島弓子》

1~10「大島弓子選集」
 大島弓子 著/朝日ソノラマ(品切)

中学生のころ、叔母の本棚にそろっていて手に取りました。はじめて読んだのは『毎日が夏休み』という作品で、学校に行かない女の子と会社を辞めた義父が、なんでも屋をはじめるお話です。1冊読み終えたあと、だれにでも分かることばで、本当に大切なことが書いてある、と思いました。そして本棚の前に座ったまま、夢中になって読んだことを覚えています。あまりに好きで、大学生のころには、友人と大島さんを紹介するフリーペーパーを作り、アルバイト先の本屋さんで本と一緒に置いてもらっていたことも……。どうにもならない出来事に立ち会ったとき、絶望にのまれず、日向の光を信じること──その強さとあたたかさに、今も勇気をもらっています。

《トルーマン・カポーティ》

11『草の竪琴』
 トルーマン・カポーティ 著 大澤薫 訳/新潮文庫
12『遠い声 遠い部屋』
 トルーマン・カポーティ 著 河野一郎 訳/新潮文庫

日常のふとしたときに、好きな登場人物のことばや生き方を思い出すことがあります。こんなときあなたはどうする、と問いかける存在ができること──心のなかの味方が増えていく感覚は、幼いころから読書のたのしみのひとつでした。カポーティの『草の竪琴』には、ドリー・タルボーという忘れられない登場人物がいて、ときどき読み返します。主人公と同じ10代のとき、誰かと出会い、変わっていく素晴らしさを教えてくれた特別な物語です。

《ジョン・カサヴェテス》

13『ジョン・カサヴェテスは語る』
 レイ・カーニー 編 遠山純生 都筑はじめ 訳/発行 ビターズ・エンド 発売 幻冬舎(品切)

高校生のころ、部活の友人たちと短い映像を撮っていました。皆で脚本を考えて、代わる代わるカメラの前で演じて、撮影したものを編集していたのですが、特に私がたのしかったのは撮影でした。カメラを向けると、友人がいつもと違って見えたり、映像を再生すると、声が他人のように聞こえたり……。カメラを通して見る世界がたのしくて、映画を観るようになりました。

なかでも、ジョン・カサヴェテスは好きな映画監督です。彼の作品に登場する人たちは、それぞれにうまくいかないことを抱えていて、その問題は最後まで解決しません。でも、彼らは目の前の人と話をし、そっとからだに触れ、髪に花を差して踊ります。そうした場面を観ていると、人の姿を真剣に見つめるカサヴェテスの誠実さに、いつも胸打たれます。

牛腸茂雄

14『牛腸茂雄写真集/見慣れた街の中で』
 牛腸茂雄 著/山羊舎(品切)
15『牛腸茂雄全集 作品編』
 三浦和人 監修 冨山由紀子 執筆/赤々舎

牛腸茂雄は、新潟県出身の写真家です。大学生のとき、古本屋さんで『SELF AND OTHERS』という写真集を買いました。写っている人は、どこか緊張していて、笑顔の人もほとんどいません。でもなぜか、被写体へ向ける目に深いやさしさを感じました。人や世界を、まるごと大切にしている人が撮った写真のように思えました。

今回持参した『見慣れた街の中で』は、買ったときの思い出も忘れがたい1冊です。社会人になって新潟の本屋さんに立ち寄ったとき、偶然お店の方と牛腸茂雄の話題になりました。しばらくお話ししたあと「そんなに好きなら良いものがあるよ」と、お店の方がバックヤードから持ってきてくださったのがこの写真集です。貴重な本だったので、とてもうれしく、何度も眺めました。ずっと大切にしていて、自宅の本棚でも表紙を見せて置いています。

東京の生活史

16『東京の生活史』
 岸政彦 編/筑摩書房

東京に暮らして10年以上になりますが、ときどきお店や駅で、隣り合わせた人と話すことがあります。どんなところで生まれたか、どんなふうに暮らしてきたかなど、その人が自分のことばで語る話を聞くのはたのしく、そのときの情景も含めて、深く記憶に残っています。『東京の生活史』は社会学者で小説家の岸政彦さんが編んだ本で、東京にゆかりのある150人に話を聞き、それぞれの生活についての語りを収めた1冊です。聞き手もひとりひとり違っており、一対一の対話を読むことができます。何年もかけてすこしずつ読んで、最後には本当に読んでよかった、と感じる本でした。

他に選んだ本は……

17『うらおもて人生録』(色川武大 著/新潮文庫)|18『かもめ・ワーニャ伯父さん』(チェーホフ 著 神西清 訳/新潮文庫)|19『草枕』(夏目漱石 著/新潮文庫)|20『寺山修司詩集』(寺山修司 著/ハルキ文庫)|21『灯台へ』(ヴァージニア・ウルフ 作 御輿哲也 訳/岩波文庫)|22『ムーン・パレス』(ポール・オースター 著 柴田元幸 訳/新潮文庫)|23『冥途』(内田百閒 著/ちくま文庫)|24『桃尻娘』(橋本治 著/ポプラ文庫 品切)

本当はこの一箱で良いのかも……と思いながら、今日も本屋さんに寄ってしまいそうです。

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