絵本作家のみなさんに、お気に入りのレシピを教えてもらいました。それぞれの家庭の定番料理から、旅先での忘れられない味を再現したものまで……作家たちの素顔が垣間見えるエピソードとともにお楽しみください。第6回は『冒険図鑑』、『よるになると』などを手掛けた松岡達英さんです。
松岡達英
メキシコの太平洋岸アカプルコより少し下ったところに、ドン・ルイスという村がある。ここの男たちは、白い糸の束を担いで1日がかりで海に出て、日本のイボニシに似た貝で糸を紫色に染める。この貝は、息を吹きかけるとパール腺というところから紫色の液体を出すのである。こうして苦労して染めた糸と、サボテンカイガラムシをつぶして赤く染めた糸で、女たちは縞模様の美しい布を織る。
10年程前、この村に私は昆虫採集で出かけたことがある。挨拶程度のスペイン語しかできない私を心配して、メキシコ在住の日本人画家、竹田鎮三郎さん(「こどものとも」でも仕事をなさっている ※1)は、先住民の学生を供につけてくれた。村に着くと、学生たちは裕福そうな家に私を置いて、勝手に遊びに行ってしまった。私は、翌日までこの家にひとりでいるわけで、寂しいものを感じた。ところが、この家に住む7歳くらいの娘が部屋にやってきて、あれこれ私が退屈しないように世話を焼いてくれた。私がひとりになりたいという気配を感じたのか、やがて彼女は部屋を去った。
夕方、そろそろ食事の時間だ。彼女が声をかけてくれるに違いないが、「食事」という単語を知らないのは格好悪い、と思って辞書で調べたら、「コミダ」と「セナ」とふたつあった。さあ、どっちでくるかと私は待っていた。「セナ」と小さな優しい声がした。
パティオ(中庭)にある手作りのテーブルで、鯛に似た小魚の入ったトマト味のスープとトルテーヤ(※2)をいただいた。焼きたてのトルテーヤは、おかず無しでも十分おいしい。トマトスープには、ライムかレモンが搾ってあるのだろう。適度な酸味が、疲れて反応が鈍くなっている体に刺激を与えてくれた。
帰国後、メキシコの味が懐かしくなって、何度か失敗はしたが、それらしきスープの味が再現できた。しかし、あのトルテーヤだけは難しい。たき火の上に大きな素焼きの皿をのせて、1枚1枚家族のために愛情込めて焼いたものは、先住民の歴史そのものの味なのだ。
一昨年だっただろうか、偶然この貝紫染めの村がテレビに取り上げられた。貝紫の民族衣装を着て踊る村の娘たち、その中で、ひときわ美しいと思われる娘の名前が出た。「anais」。私は、その当時の日記を調べてみた。7歳くらいの少女のスケッチの下に「anais」と記されていた。
※1)竹田鎮三郎さんが「こどものとも」で発表した作品は、『チャマコとみつあみのうま』『カエルのおよめさん』の2作。
※2)トルテーヤは、メキシコ料理で、とうもろこし粉をこね、薄く伸ばして焼いたもの。タコスにも用いる。
※「こどものとも年少版」2000年9月号折り込み付録より改題・再掲
※表記を一部修正のうえ、再掲しております
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\おいしそうな料理はほかにも…/