絵本がいいってほんと?

こどもの自立に欠かせない「愛着」、読み聞かせとの関係とは?|和歌山大学教育学部 米澤好史先生①

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読み聞かせは子どもにいいらしい。こんなことを耳にしたことがある方は多いのではないでしょうか。でも……絵本がいいってほんと?
この連載では、さまざまな角度から絵本と子どもの関係を解き明かしていきたいと思います。

第3回は、「愛着」がテーマ。
長年「愛着」の問題に取り組み、学校や保育園・幼稚園など現場に出向いてこどもの発達支援を行っている、和歌山大学教育学部の米澤好史先生にお話を伺いました。
記事を前後編の2回にわけてお届けします。

愛着は人間関係の基盤

——こどもの成長には「愛着(アタッチメント)」が重要だということを最近よく耳にします。まず、「愛着」とはどういうものか教えてください。

「愛着」とは、ある特定の人との情緒的な結びつき、つまり気持ちの結びつき、絆(きずな)のことをいいます。お互いの気持ちを想像して、理解し合って、目に見える形ではなくても、その人ときちんとつながっているという感覚のことですね。

愛着は、人が成長しながら、さまざまな人間関係を築いて、広げていく上での基盤となります。この基盤がないと、こども時代だけではなく、大人になってからも、人と関わる上でトラブルを起こすことが多い傾向があるのです。

こどもの「自立」につながる愛着

——こどもの成長のために、「愛着」はなぜ重要なのでしょうか?

こどもを育てていく上で大事なことのひとつに、その子が「自立する」ということがあると思います。主体的に自分の頭で考えて、自分で行動をする。これが自立には欠かせませんが、特定の人との絆、つまり愛着が形成されていないと、この自立が育まれないのです。

愛着には、3つの働きがあります。その1つが、不安や恐怖、怒りや悲しみのようなネガティブな感情を抱いたときに、この人は自分を守ってくれると思うことができる「安全基地」としての機能です。

また、2つ目に、一緒にいて、一緒の活動をすると、ポジティブな感情がうまれる「安心基地」という機能があります。

そして、この「安全基地」「安心基地」がきちんと機能すると、基地から離れても大丈夫、基地に戻ってくるともっと安心できるという、愛着の3つ目の機能、「探索基地」の働きも機能します。

「探索基地」は、探索の拠点であり、探索から戻ってくる場所です。安心できる基地に戻って、探索中の出来事を報告することで、ネガティブな感情を減らし、ポジティブな感情を増やす働きがあります。それによって、こどもは安心して何かに挑もうとする気持ちがもてるのです。それがこどもの「自立」につながるといえます。

学校での学習においても、新しい知識や情報に興味をもって意欲的に取り組むことができるのは、根底にある新しいものへの不安な気持ちから守ってくれる「安全基地」と、前向きな気持ちを作ってくれる「安心基地」が機能した上で、「探索基地」が働いているからこそ。親に報告して認められればうれしくなり、さらに頑張っていい報告をしたくなります。「探索基地」である親に報告したいという気持ちが強いほど、こどもの学習意欲は高まるのです。

親子間の愛着をつくるチャンスとは?

——親子間での「愛着」はどのように形成されるのかを教えてください。

先にお話ししたように、こどもが嫌な気持ちになったときに、この人(親)は自分を守ってくれる存在だと確認できることが、愛着の形成に貢献します。

もちろん、我が子が不安を示したら、子を守ろうとする親がほとんどだと思います。たとえば知らない人が近寄ってきたときに、怯えたり、泣き出したりしたときには、その子を抱きしめて、「お母さんがいるから大丈夫よ」などと声をかけてあげますよね。そうするとこどもは、「お母さんは自分がこわいときにちゃんと守ってくれた、この人といれば大丈夫だ」ということを確認できます。これが「安全基地」です。

こういう場面は、親子間の愛着をつくるチャンスでもあるのですが、実は、そのチャンスをピンチに変えてしまっている場合もあります。たとえば、こどもが何かに不安を感じ泣きだしたときに、泣き止むようスマートフォンの画面を見せたりしていませんか。確かに泣き止みはするかもしれません。ですが、その子の感じている不安を受け止めずに、ほかの楽しいものでごまかしてしまうことで、愛着形成のせっかくのチャンスを自ら失ってしまっているのです。

また、その人のそばにいると「ほっとする」「落ち着く」「安堵する」すなわちポジティブな感情を生じさせてくれるのが、愛着のもうひとつの機能、「安心基地」です。

たとえば赤ちゃんにガラガラを持たせて、一緒にその音を楽しんで、一緒に笑い合う。すると、赤ちゃんは、この人と何かをしていると、なんだかいい気持ち、楽しい気持ちになる、と感じます。そのときにわいてくる「安心」という感情が、愛着を強くします。

「読み聞かせ」で絆をつくり、感情を育む

——親子の愛着という観点で考えると、絵本の読み聞かせにはどのような意味があるのでしょうか?

親から子への読み聞かせは、親子のコミュニケーションのスタートとして、とても重要です。

横に並んだ位置関係で、一緒に同じものを見るという行為は、非常にコミュニケーションをとりやすいと言われています。愛着の絆をきちんと結べていれば大丈夫なのですが、まだ関係性を結べていない時にいきなり対面で向き合うのは、安心や安全を脅かすと受け取られてしまいます。

ですので、愛着の絆がまだ強固でない場合、私が絵本の読み聞かせでおすすめをしているのは、こどもの横に座って、絵本を読み聞かせすることです。こどもが小さい間は、膝にのせて後ろからホールドする体勢で、安全と安心を確保しながら読み聞かせしていただくのも有効です。

読み聞かせをしながら、一緒に物語の世界に入り、いまこどもはどんな表情をしているかなど、反応を見てください。ぽかんとしているなと思ったら、少し声をかけたり、サポートしたりできますよね。

お互いの感情を確認できるということが、愛着の絆づくりにはとても大事なのです。

読み聞かせは、安心、安全の関係性をつくり、読み聞かせをする人とこどもとの関係性をより強くします。そして、そこで登場人物に一緒に共感したり、こどもの感情に寄り添ったりしながら、結果として「感情」も育むことができる素晴らしい営みなのです。なぜかというと、読み聞かせは、登場人物の気持ちを想像したり、その気持ちになりきって絵本の世界に気持ちごと入り込んだりできる、いわば感情移入の入り口だからです。その入り口を一緒に見つけて、入っていくことで、感情は育まれていきます。「○○さんは、こんな気持ちで森に入っていったのかな」などと、想像しながら。

感情というものは最初から備わっているわけではなく、人とかかわりながら身に着けていくものです。絵本の世界に一緒に入り込むことで、気持ちをどう表したら人に伝わるか、こんなときどういう気持ちになるのか、わかっていきます。こどもは、お話のこの場面では、絵本を読んでくれている親と同じ気持ちになっている、ほかの場面では、自分は親とは違った気持ちになっている、ということに気づいたりするのです。

また、絵本の中の登場人物を通して、モデル学習していき、感情を表出していくやりかたも学んでいきます。

読み聞かせは、そういった経験を通して、感情そのものを育むと言えるのです。

※後編の記事②では、愛着についてさらに深く聞いていきます。

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