読み聞かせは子どもにいいらしい。こんなことを耳にしたことがある方は多いのではないでしょうか。でも……絵本がいいってほんと? この連載では、さまざまな角度から、絵本と子どもの関係を解き明かしていきたいと思います。
今回お話をうかがったのは、慶應義塾大学で子どもの言語獲得や思考力についてなどの研究を行ってきた、今井むつみ先生。「ことばの力」を養うには、読み聞かせが効果的、と語る今井先生のインタビューを、2回に分けてお届けします。
──子どもの言語発達という観点から、「読み聞かせ」についてどのようにお考えですか?
絵本を読んであげることは、子どもの「ことばの力」を育む上で、とても効果的だと言えます。
読み聞かせのよいところはいくつもありますが、そのひとつが、日常会話で使わない言葉に出会えるところ。日常会話って、案外限られた言葉しか使っていないのですよ。語彙を増やす上では、日常では出会わない言葉が出てくる「本」という媒体が重要な役割を果たします。
読み聞かせは、ワクワクしながら物語を聞く中で、いろんな言葉に出会えるのがよいですね。知らない言葉が出てきたり、知っている言葉でも、お話の中では違う意味で使われているのに気づいたり。ドリルや単語帳のように、文脈から切り離された言葉ではなくて、お話を楽しむ中で自然に「ことばの力」が育っていきます。
──「ことばの力」とは、どのような力のことでしょうか。
自分の知っている言葉を、さまざまな文脈・状況にあわせて、自由に使うことができる力と言えばよいでしょうか。「言葉を知る」というのは、その言葉が示す典型的な対象がわかることにとどまらないのです。
例えば、小さい子どもはまず、「赤」は「消防車」の色、「青」は「空」の色、というように、「言葉」を「もの」に結びつけて覚えます。その時点で彼らが理解している言葉は、特定のものと結びついた「点」でしかないわけですが、その言葉を自由に使えるようになるためには、「点」を「面」に広げないといけない。
そのために何が必要かというと、まずは言葉を「もの」から切り離すことです。「赤」や「青」という言葉をいろんな文脈で使えるようになるためには、目に見えている「消防車」「空」という「もの」から、「赤」「青」という概念を切り離さないといけない。言葉の持つ抽象的な概念をすくい取れないと、真にその言葉を理解したことにはならないということです。これが、子どもにとってはすごく難しい。
もうひとつ難しいのは、どこまでを「青」とするか、その範囲を知ること。それを知るためには、「青」と「緑」、あるいは「青」と「水色」など、隣の色との境界線を見つけないといけません。そうなると、「青」を知るために、周りの色も知る必要があるんです。
このように、言葉を正確に使うためには、その言葉が近しい言葉とどう切り分けられているのかを知らないといけない。似たような言葉との境界を見つけていくことで、人は言葉を正確に理解し、様々な文脈で使うことができるようになっていきます。
──「ことばの力を養う」という意味では、どのような絵本がよいのでしょうか?
基本的には、子どもの発達段階にあったものがよいと思います。絵本に書いてある対象年齢を参考にしつつ、発達は子どもによって違うので、その子の様子をしっかり見て選ぶとよいでしょう。今は図書館や児童館で、読み聞かせの時間があるので、そういうものも利用したらいいと思いますよ。適切なものを選んでくれるし、相談にものってくれますしね。
あとは、その子の好きなものが出てくる絵本もいいですね。子どもは、お気に入りの絵本をくり返し読んでもらうことが大好きです。気に入っている絵本を読んでもらっている最中に、子どもがその先をそらんじることはありませんか? それは、くり返し読んでもらったことによって、絵本の言葉がしっかり頭の中に入っているからです。
日常生活の中で、ふと絵本のフレーズが口をついて出てくることもありますよね。繰り返し同じ言葉にふれて、「こういう使い方もあるんだな」と子どもの中である程度わかっているから、絵本とは違う状況でも、その言葉を使えるようになるのです。
人間は、1回聞いてすごく感動したとしても、その中身を詳細に記憶しているわけではありません。何回も聞くことによって、文章が体の中に入ってくる。何回も聞いて、何回も自分の口で繰り返しているうちに、言葉が自分のものになっていきます。
──その子が楽しめているか、どの絵本が好きなのか、くり返し読んでほしがっているのか……子どもの様子をしっかり観察することが大切なんですね。
読み聞かせに関して、わたしが面白いと思っている研究があります(※1)。大人が子どもに直接読んであげた場合と、読み聞かせを録音・録画したデジタル絵本を見せた場合で、子どもがどれだけ新しい言葉を覚えて、他の対象に使えたかということを比較した研究なのですが、結論から言うと、子どもは大人に直接読んでもらった方が、ずっとよく言葉を覚えられるということがわかりました(※2)。
デジタル絵本はプロの声優さんが読んでいるので、親が読んであげるよりずっと上手なわけですよね。でも、子どもがそれを聞いて言葉を覚えられるかというと、小さい子ほど難しいんです。それはなぜか。
大人が直接読んであげるとき、その人は、聞いている子どもの反応を無意識に観察しています。子どもの注意がそれたら少し待ってみたり、わからないなっていう顔をしていたら言い換えたり、ちょっとした説明をしてみたり、そういうことを自分でも気づかずにしているわけです。
デジタル絵本は、基本的に一方通行なので、子どもの反応を見て即座になにかをしてあげることはできませんから、そこが読み聞かせと違うのですよね。
子どもがお話を理解しようとしているのを、大人が注意深く観察して、子どもが自分の力で理解するための手助けをしてあげるのが読み聞かせです。子どもの反応を見ながら、すかさず言い換えてみたり、スピードを落としてみたり、その子に合わせて調整ができているかが大事。子どもをよく観察して、手助けしてあげることで、子どもは絵本の世界に没入できるし、言葉を学ぶことができます。
──お話のない本……例えば図鑑が好きなお子さんもいますよね。そのような本を楽しむ場合でも、「ことばの力」を養うことはできるのでしょうか。
図鑑のような本が好きな場合は、本を一緒に読みながら、親子でお話しするとよいと思います。無理に物語の絵本を読もうとしなくても、好きな本を読んでいれば大丈夫です。
ただ、図鑑には、あまり「動詞」が使われていませんよね。だから、例えば乗りもの図鑑だったら、電車を指して名前を言うだけではなくて、「〇〇線の電車が走っているね」とか、「この間××線に乗ったね」など、「動詞」を使ってお話してみると、言葉の理解が深まります。親御さんのクリエイティビティが問われますが、空想を広げてお話を作るのもよいですね。「動詞」は理解するのが難しいので、小さいときから、絵本を一緒に読む中で使っていくのがよいと思いますね。
──「動詞」の難しさというのは、どういうところにあるのでしょうか。
「動詞」っていうのは、実はすごく抽象的な意味をもっています。
例えば、「片付けなさい」と子どもによく言うと思いますが、「片付ける」が抽象的な言葉だと考えたことはありますか? 「お片付けしなさい」と言われる場面は、本当にいろいろありますよね。洋服や靴を脱ぎ散らかしていたり、おもちゃを遊んだまま放置していたり、おやつを食べっぱなしにしていたり。それぞれ片付ける対象も違えば、片付ける方法も違うし、ものを納める場所も違いますから、ただ「片付けなさい」と言われても、まだ小さい子どもは何をどういう状態にすればよいのか、すぐにはわかりません。
動詞が使いこなせるということは、抽象的な思考ができるということなのです。
──言葉を獲得するというのは、とても高度なことなんですね。
「ことばの力」を養うためには、すでに知っている言葉を使いながら、新しい言葉の意味を考えていく必要があります。深い「思考力」が必要になってくるわけですね。
この「思考力」というのは、正解が定まっていないことに対して、知識や情報を活用しながら推論し、自分なりに結論を導き出す力のこと。そして、推論するためには「ことばの力」が必要になってきます。
だから、「思考力」と「ことばの力」は、両輪のように育っていくと、わたしは考えています。
(つづく)
※1 『親子で育てる ことば力と思考力』(今井むつみ 著/筑摩書房)でも言及されている、アメリカのサウスダコタ大学の研究者、ガブリエル・ストロース(Gabrielle Strouse)による一連の研究。
※2 Strouse, G. A., and Ganea, P. A. (2017b). Toddlers’ word learning and transfer from electronic and print books. J. Exp. Child Psychol. 156, 129–142.
第2回は6月30日公開予定
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