こどものこころの保健室

《こどものこころの保健室》子どもが学校に行けなくなったとき…「不登校」とどう向き合う?|精神科医・田中康雄  #子育て #発達

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北海道で、長年にわたり、子どもの心に寄りそってきた児童精神科の先生がいます。
田中康雄先生は、発達障害や不登校など、子どものこころの悩みとからだの症状に、真摯に向きあってきました。
診察室で先生は、子どもに、親に、どんな「ことば」を伝えるのでしょうか?
子育てのヒントが詰まった連載です。

第2回は、クラス替えをきっかけに学校に行けなくなった小学3年生のあかねさんのお話です。


きょうの相談

親からの相談で、比較的多いのが「わが子が学校に行けなくなった」というものです。

子どもは体の不調を訴えますが、こころの部分はあまり語りません。多くの子どもたちが、「学校に行きたくない」「行けない」ということは口にしてはいけないように思っているようです。

《問診票より》

6月某日

・あかねさん(仮名)。8歳女子。小学3年生。

・5月中旬から朝起きるのが遅くなり、起きても腹痛や頭痛などの体調不良を訴え、だんだんと学校に行けなくなった。

・小児科を受診すると「過敏性腸症候群」「起立性調節障害」と言われ、薬を処方されたが、どうも効果がなく、心配になった母が娘を連れて受診。

診察室にて

あかねさんは、ちょっと不安そうな、困った表情でうなずきます。

「じゃ、まず教えてほしいのは、学校には行きたい?(ちょっと間を置いて) 行きたくない?」

あかねさんは、「行きたくない」に小さくうなずきます。

「行きたくないのか。じゃあ、その理由があれば教えてほしいけれど、お友達が関係している? 先生? それとも勉強?」

僕は、学校に行けない、と言う子には、この3つを確認するようにしています。

あかねさんは「お友達……」と言いました。聞くと、4月にクラス替えがあり、2年生まで仲良しだった3人の友達と離れ、自分だけ別のクラスになってしまい、新しいクラスで友達がつくりにくい、ということでした。

3人の友達とあかねさんは好きなことが同じで、よくアニメやゲームの話をしていたそう。ただ、もともと人見知りがつよいあかねさんは、1、2年のときはこの友人以外の同級生とは、ほとんど話をしなかったよう。その当時も彼女たちと班が別々になったとき、数日、「登校しぶり」があったとのことでした。

「本当に仲良しだったんだね。ならば、新しい場所ですぐに別の友達も作りにくいね」
そう僕は伝え、次に、担任の先生との関係を確認します。担任の先生は、孤立気味になってしまったあかねさんと、少しでも関係を作ろうと、週に一度、自宅にプリントを届けてくれ、そこで話をするようです。

「先生が来てくれるのはいやじゃない? なら、そこで少し先生と仲良くなれたらいいね。今の状況で教室に入るのは、ちょっと怖いかもしれないし、それ以上に、お友達と離れてさびしいよね。さっき話したように、ここは、困ったことを相談して、なにかちょっとでも、ほっとできるような作戦を考えるところなんだでね、僕は、君のことをなにも知らないので、いろいろと教えてほしいのだけれど。家にいてなにをしている?」とふだんの様子を尋ねます。

ゲームやアニメ、「推し」の話をしてくれますが、僕はまったくわからないので、携帯で検索します。出てきた画像を一緒に見たり、その推しの曲をかけたり。口数少ないあかねさんですが、推しについては、うれしそうに話してくれます。

「少しずつでいいから、あかねさんについて、いろいろ教えてくださいね」と伝え、退席してもらいます。

その後、親からは、これまでの育ちや家での様子を聴き取ります。診察室ではおとなしいあかねさんが、自宅では、激しく自己主張して母を困らせている様子や、弟に厳しい対応をすることも聞くことができました。「なかなかの内弁慶ですね」と合いの手を入れると、深刻な母の表情が少し和らぎます。

出会いで心がけていること

出会いで気をつけていることは、学校に行けなくなった(あるいは、行きたくないと語る)子どもに対して、批判したり非難したり、あるいは登校を促すことはしないことです。

本来行かねばならない場所を「撤退」もしくは「拒否」することは、けっこうな勇気が必要です。厳しい決断をしたね、と心のなかで思います。

一方で、大人側は、この決断にはリスクがあり、子どもの将来が不利な状況へと傾いてしまうことに大きな不安を持っています。社会の厳しさを知っている親が、これから苦労するかもしれない状況からわが子を救済したい……当然の思いです。

僕は、子どもたちの決意を支持しますが、同時にその子の親の思い、一所懸命さも理解し、衝突しないように配慮します。

親とよい関係を作りながら子どもの思いをくみ取らないと、次の診察に親が子どもを連れてきてくれないという不安もあります。

僕の手の内

診察室で、子どもには、不登校を決断したきっかけを確認します。きっかけを自分の言葉で語れる子もいますし、うまく語れない子もいます。

語れる子には、「大変だったんだね」と伝え、語らない子には、「なにか行きにくいことがあるのかもしれないね」と伝えます。学校に行けなく(行かなく)なったのには、「なにかしらの辛さ」があったはず。それが知りたいのです。

僕は、再登校(あるいは別の選択肢)を目指す前に、この子の思いを想像し、大人側に伝える役割も持ちます。

「だって、お母さんは『行かない』と言っても、『送っていくから行こう』としか言ってくれない」、「『せっかく来たから、今日は最後までいようね』としか先生は言ってくれなかった」という、子どもの言葉を聞くこともあります。親や学校関係者などは、子どもの声を聞きながらも、どうしても「すべきこと」を伝え、やらせようとしてしまいます。僕は、ある程度の時間をかけて、両者が衝突でなく、わかり合える道を探します。

診察の最後には、何よりも病院に足を向けてくれている点への感謝を、子と親に伝えます。特に、子どもが病院に来てくれたということは、周囲からの強制がある程度あったとしても、「今のままではいけない」ということをその子自身が自覚していると僕は理解しています

ともかく、子どもは「動いて」いるのです。そこに僕はいつも希望の光を感じます。

そうして診察を続ける中、もう何度も会っているはずのあかねさんと僕の距離感が、なかなか、縮まっていないことに気がつきました。

関係性がなかなか形成しにくいとき、僕は、その子の表情の動き、言葉のスピードにアンテナを立てます。急に表情が変わったとき、話すスピードが速くなったとき、その話題に気をつけます。一方、僕は、同じような表情で、同じような音量とスピードでの面接を心がけ、あかねさんが住む世界に近づきたいために、沈黙も共有します。

確かに、それまでの親友たちとの別れは、学校へ行けなくなったとことの大きなきっかけになったはずです。でも、それ以上に、その親友以外との関係が作りにくいということを僕は気にかけます。
「あかねさんが、本当に困っているのはなに?」
あかねさんが抱えている「生きにくさ」をもっと知りたいと思うのです。

診察は、ゆっくりと進みます。あかねさんは徐々に日々の生活のようすを語ってくれるようになります。週末にお出かけしたこと、推しのライブを YouTube で見たこと、偶然、例の3人の友人と会ったことなど……。

日常生活を共有していくなか、遅々として進まないように見える治療状況に、親がさじを投げないよう、あかねさんの面接のあとには親と会い、日々の様子を聞かせてもらいます。「変わらないというか……でも、最近はリビングで弟と楽しそうに話をしたりすることもあります」と、母親が小さな変化を語ってくれたとき、僕は、驚き、大きな変化のように返します。「それは驚きですね」と。

僕にも焦りはあります。このままでよいのか、本当はもっと良い展開が出来る専門家が別にいるのではないか、といった戸惑いは、常にあります。

でも、あかねさんが、どういった人と関わりをもち、どういった日々を送りたいのか、がまずあって、その上に「登校」や「学習」がある、ということを、僕は焦りながらも大切にしたいのです。

さて、僕の手の内は、相変わらずこんなああでもない、こうでもない、という試行錯誤の繰り返しです。「時」を味方にしたいのです。

ちょっとした顛末

その後、通院を重ね、あかねさんは5年生の宿泊研修と、6年生の修学旅行だけは参加しました。特に修学旅行では企画の段階から、その話し合いのときにも登校しました。

あかねさんは、確かに対人関係は広がらず、深い関わりに馴染めずにいました。それでもすべての関わりから撤退したわけではなく、なんと、ひっそりと、コスプレイヤーとして、イベントに参加するようになっていたのです。

コスプレイヤーとしての写真を見せてもらったとき、写真の中のあかねさんは診察室では見たことのない表情を浮かべていました。僕はうれしくなりました。あかねさんが、もうひとつの引き出しを見せてくれたのです。


イラスト・早川世詩男

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