こどものこころの保健室

《新連載・こどものこころの保健室》「児童精神科」を受診するよう園からすすめられたのですが…|精神科医・田中康雄  #子育て #発達

子育て |
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北海道で、長年にわたり、子どもの心に寄りそってきた児童精神科の先生がいます。
田中康雄先生は、発達障害や不登校など、子どものこころの悩みとからだの症状に、真摯に向きあってきました。
診察室で先生は、子どもに、親に、どんな「ことば」を伝えるのでしょうか?
子育てのヒントが詰まった連載です。

第1回は、通っている幼稚園から専門家への相談をすすめられ、発達に不安を抱えてやってきた、たけしくん親子のお話です。


はじめに

みなさん、こんにちは。

精神科医の田中康雄といいます。

1983年に精神科医になって40年が過ぎました。早い時期から子どもに向きあう精神科医として仕事をしてきました。

子どもの精神科外来は、親子で受診にやってくる場合がほとんどです。簡単な問診票を事前に送付し、そこに相談したい内容、子どもの育ちの記録、園や学校での様子、家族構成などを記載してもらいます。ひと通り目を通してから、僕は待合室へ行き、親子に直接声をかけてお呼びします。

待合室に足を運ぶのは、その親子がどんな風にたたずんでいるかを事前に見るためです。たとえば、子どもはゲームをいじっていたり、本を読んでいたり、または親子で会話をしているのか、黙ったまま微妙な距離感で座っているのか……そんな様子を知っておきたいのです。

それに、はじめて来た病院で、知らない人(医者や看護師など)が診察室のドアの向こうにいる。大人でもちょっと不安でしょうから、子どもだったらなおのこと。診察室の扉を開けるのは、緊張したり、とても不安だったりすると思うのです。

きょうの相談(問診票より)

2月某日
・たけしくん(仮名)。6才男子、4月から小学1年生。
・通っている幼稚園から、「落ち着きがなく、お友達とケンカになりやすく、指示が伝わりにくい。小学校入学前に一度専門医に相談してはどうか」と言われての受診。
・日々の生活でも、たけしくんはスーパーマーケットなどですぐに走り出してしまったり、弟に対して乱暴な言動をとってしまったりすることなどがある。
・心配になりインターネットなどで調べると、たけしくんは、発達障害や自閉スペクトラム症、ADHDなどにあたる気がしてきた。小学校は特別支援学級も考えたほうがよいかについても相談したい。

診察室にて

「ゆうとくんとケンカになる」と、たけしくん。

「ゆうとくんがボクのことをバカっていう」

「たけしくんはゆうとくんと仲良くしたいのかい?」と聞くと、たけしくんは小さくうなずきます。

「いつもケンカしているわけでなくて、ゆうとくんは朝、迎えにきてくれるんです」と、たけしくんの母。

「そうか、たけしくんは、ゆうとくんともっと仲良くなりたいね。じゃあさ、こんどゆうとくんがバカっていったら、『そんなこと言わないで、仲良くしよう』って言ってみない? あとさ、朝来てくれたときに『ゆうとくん、迎えに来てくれてありがとう!』って言ってみない? そんなふうにゆうとくんに話をしてみて、それでうまくいったか、いかなかったか、次に来たときにぼくに教えてくれるかな?」

そう伝えると、たけしくんはゆっくりとうなずきました。

「たけしくん、ありがとう。じゃあさ、ちょっと別の部屋で遊んで待っていてくれるかな。今度はたけしくんのお父さんとお母さんから話をききたいんだ」

出会いで心がけていること

今回の相談で一番に気にかけなければならないのは、たけしくんの両親は「周囲からの指摘で受診」した、ということです。

その助言をどう受け止めて、両親はここに来たか? 合点がいって積極的に来ているのか、それとも本当は納得できないまま来ているのか……。今後診察を続けていくなかでもっとも大事です。

そして、僕が一番知りたいのは、「そもそも、たけしくんはどんな子なのか?」ということにつきます。

問診票にあった、お友達とケンカしたり落ち着かなかったりという様子については、ゆうとくんとの個別な関係においてのみなのか、そもそもたけしくんだけの問題なのか、園での全般的な様子はどうかについて聴き取ります。

さらに考慮すべき点は、家族と園との関係性です。親が園を信頼している場合もあれば、園から言われたことが心外で傷ついたり、ストレスを感じている場合も少なくありません。

できるだけその子を囲むみんなが同じ方向を向いて応援できるように、場合によっては、僕は園に手紙を書いて様子を教えてもらったり、関係性を築こうとします。

次に、「うちの子は発達障害かも……」という危惧を親が抱いているとしたら、その危惧はどんなものなのか、今どういった心境にあるかについてもアンテナを立てます。

数か月後に控えたたけしくんの就学。普通級と支援級のどちらがわが子にとってよいのか、親は見えない未来に大きな不安を抱えています。

ここまで子どもを育て関わってきた中で、親、特に母親の思いは複雑な場合が多いです。生まれてからずっとわが子を見ているなかで、「うすうす、ひょっとしたら……と思っていた」という方、あるいは「きっと私の育て方のせい」「すぐに下の子が生まれたので、あまり関われなかったから」などと自分を責める方もいます。

また、仕事をしながらの子育てで「そばで見てあげられていなかった」と思う方、あるいは専業主婦で「子どもに関わりすぎて甘やかしてしまったからでは」と省みる方もいます。ときに、「夫が子どものことにまったく関心がなくて」と孤立した子育てに苦しんでいる方もいます。

さまざまな思いを抱いて、親は診察室に入ってくるのです。

子どもに関わるためには、家族の実情を想像する必要があります。

僕の手の内

診察室で最初に出会うとき。ここが親にとっても役立つ場所である、と判断してもらいたい、といつも思っています。

そのために、「親が一番知りたい部分は何なのか?」にアンテナを立てて、見えない未来に少しの光を当てる努力をします。

僕が最初にできることは、たけしくんの言動の後ろにある思いを言葉にしてみることです。

たけしくんは、ゆうとくんにバカにされるのは悔しいけれど、実は彼と仲良くしたいようだ。ならば、「どうすればよいか」を一緒に考えていくことで、たけしくんの悩みの一つを整理したい。

次に、親が危惧している「発達障害」について、僕は自分の見解を伝えます。

そして、続けます。

だいたいはこんな風に伝えます。

親として日々どう関わるかについては、1日24時間、365日向きあっている親の疲労具合にそって、現状でできそうなこと、声かけ、接し方などを提案します。もしも、その提案が役に立たなかったとしたら、僕のミスなので、詫びて別の提案をさせていただきます。

僕の手の内は、こんな、ああでもない、こうでもない、という試行錯誤の繰り返しです。それでも次に必ずつながる関わりを心がけています。

ちょっとした顛末

その後、通院を重ねていくうちに、たけしくんは徐々に慣れてきて、「だんだん、地が出てきました」(母)というような素振りを見せるようになりました。その様子と心理検査の結果から、次のように伝えました。

「たけしくんは決して乱暴者ではありませんね。それどころか正義の人です。知的にも、基本、遅れはありません。でも、得手不得手がけっこうあるので、しばらくは周囲の刺激が少ない環境で、一貫した個別の対応と、適切で丁寧な説明があったほうが安心して生活できそうな気がします」

そして、「これが支援級で実現できるのか、普通級で支援員を入れて可能なのか、学校と相談してみましょう。どちらの教室をつかっても、通級(※)、交流学級(※)ということで行き来ができると思います」ということも伝えました。

たけしくんの両親はいろいろと思案しながら、学校側と相談し、小学校の最初の1年は支援級で過ごしつつ、徐々に普通級と交流していき、2年生から普通級を目指すという方針を立てました。

僕のこれからの役割は、支援級の先生と連携し、たけしくんの家族を焦らせないために関わること。そして、たけしくんに対しては、学校での日々の頑張りを賞賛し、うまくいかないことについて一緒に悩み、対策を考えていくことです。

※通級… 通常の学級に在籍する児童生徒が、大部分の授業をそこで受けながら、一部の授業時間だけ専門の教室でその子に応じた特別な支援を受けること。
※交流学級…特別支援学級に在籍する児童生徒が、通常の学級の授業や特別活動に参加すること。


イラスト・早川世詩男