こどものこころの保健室

《こどものこころの保健室》第3回 「うちの子は “自閉スペクトラム症” だと思うんです」|精神科医・田中康雄  #子育て #発達

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北海道で、長年にわたり、子どもの心に寄りそってきた児童精神科の先生がいます。
田中康雄先生は、発達障害や不登校など、子どものこころの悩みとからだの症状に、真摯に向きあってきました。
診察室で先生は、子どもに、親に、どんな「ことば」を伝えるのでしょうか?
子育てのヒントが詰まった連載です。

第3回は、学校を休みがちな小1のゆうきくん親子のお話。「息子は自閉スペクトラム症だと思う」という母に対し、どう答えるのでしょうか。

きょうの相談

今回やってきたのは小学1年生のゆうきくんです。
4月、ゆうきくんは、きゃしゃな体にはちょっと大きめに見えるランドセルを背負い、入学式に参加しました。しかし翌日、朝から泣いて登校しなかったのです。

《問診票より》

5月某日

ゆうきくん(仮名)、小1。
入学式翌日から学校に行けなくなり、しばらく母と一緒に登校したものの、徐々に行けなくなる。今は週に一度でも登校できればよい、という状況。
心配した母がゆうきくんを連れて受診。

診察室にて

「おはようございます、ゆうきくん。今、何年生?」
ゆうきくんは、母親にピタッと寄り添い、不安そうに僕を見つめます。

「1年生?」ときくと、小さくうなずきます。
さて、それから何を尋ねても返事はありません。

「すみません。家では、よくおしゃべりするのですが」と、お母さんが申し訳なそうに答えます。

「いえ、初めてのところに、初めての人ですから。ゆうきくん、こわいよね」と、ゆうきくんを見ます。

「全然、無理しないでよいし、いやなことはしないから、ときどき来てくれないかな? お母さんと一緒でよいから」と、伝えると、ゆうきくんは小さくうなずいてくれました。

「これからお母さんに少し話をききたいけど、いいかな? ゆうきくんは一緒にここにいる? それとも看護師さんのいるお部屋で遊んで待っていてくれる?」

ちょっとだけ、ゆうきくんが困った表情を見せます。完全に拒否しているわけではない様子です。遊びたいという気持ちはある。でも、「どこで? だれと?」と困っている。僕はそう判断しました。

「そうだよね、どこに連れて行かれるか心配だよね。じゃあさ、僕とお母さんとそこに行ってみない? 大丈夫なら、そこで遊んで待っていてもらうし、嫌だなと思ったら一緒にここに戻ってこよう」

結果、ゆうきくんは、看護師さんと一緒にシルバニアファミリーで遊んで待ってくれることになりました。

「ゆうきくんは、どんなお子さんですか?」

僕はあらためて、お母さんにゆうきくんのことを尋ねます。

「優しい子で……」とお母さんが話し始めます。生まれてから夜泣きが激しかったこと、抱っこで寝てもベッドに降ろしたとたんに泣く、を繰り返したこと、食べ物の好き嫌いが結構あること。そして、3歳児健診では言葉が少なく、初めてのところでの緊張が強いということで、保健師さんから助言を受け、医療機関の受診も勧められたこと。

「きっと、ゆうきは『自閉スペクトラム症』なのだと思います」と、お母さんは口にしました。

「実は……この子の父親も口数が少なくて、その一方でとてもマイペースで、不思議な人だなぁと思い、インターネットで調べたことがあるんです。そしたら、自閉スペクトラム症の可能性が高いって。ゆうきを見ていると、夫に似たようなところをもっている、だからこうしたところに来ると、そう診断される──ずっと思っていました」

僕は言います。
「今日、初めてゆうきくんと会いました。まだゆうきくんは、僕に対して安心してくれていません。ゆうきくんが、本当は何に困っているのか、どうしたいのか、それを知りたいんです。」

そして、続けます。

「いままでの話をきくと、ゆうきくんは心が優しい一方で、好き嫌いの激しさ、初めての場所への恐怖感はある。でも、今日、ゆうきくんは、初めての看護師さんと初めてのおもちゃで遊んでいるでしょう。今日僕がゆうきくんのことで得た情報はそのくらいです。それでもよければ、しばらく定期的に来てくれませんか? もちろん、ゆうきくんが嫌がらなければ、ですが」
と僕は通院の提案をします。

「しばらくは、こうして主にお母さんから話をきくことになります。でも、ゆうきくんが話をしてもよい、となったら、どんなことが好きなのか、学校の何が怖く感じるのか、聞きたいと思います。それで、本当は何に困っているのか、どうしたいのか……。その対策を一緒に考えたいんです」

こんなとき心がけていること

今回のように、「うちの子は発達障害なのではないか」と親がうすうす感じ、自己診断して、相談に来られるケースは少なくありません。

でも、子ども自身は、自分が何について困っているのかがわからず、「何か困っていることはないかな?」という漠然とした問いには「ない」と答えることも多いのです。

僕は、不安や緊張の強い子には、まず、この場所に慣れてほしいと思っています。
慣れるまでは、子どもに根掘り葉掘り聞くことはありません。それよりは、ある程度の時間をかけて、親が抱えている困りごとに耳を傾けたいと思っています。

親も、かなりの緊張感をもって診察室に来ています。今回のように自己診断をしていればなおのこと。ゆうきくんの母親は、我が子が「自閉スペクトラム症」ではないかと判断して、それを明らかにしたくてやってきたのです。

僕は、以下のように説明します。

自閉スペクトラム症というのは、脳のタイプの一つで、病気ではありません。

でも、生活を送る上で、長所を生かして短所に気をつける必要はあります。

一般に自閉スペクトラム症の人は、「物事がはっきりしないと安心できない」と感じています。そして初めての場面や人には、恐怖感を抱きやすいです。突然の音や光などにとてもびっくりします。関心のないことには見向きもしません。でも、好きなことには一生懸命とりくみます。先がわかっていると安心して力を発揮します。そして平和平等主義で、優しく我慢強く、とても正直で真面目な方が多いと思っています。

周囲がうまく関わってくれていると、本来それほど困ることはないはずです。おうちでそれほど困らないのは、家族がうまく関われていて、本人が安心している証拠です。

人間関係・環境・時間の流れがうまくかみ合っていると、日々の生活に大きなほころびが見えないこともあるのです。逆も当然あります。そこに関わりのヒントが隠れています。

なので、僕は、脳のタイプを検討しながら、どのような外的条件が生じているかを探ります。「この子が何に困っているか」「どんなことに支援が必要か」を明らかにしながら、日々の生活支援を考えます。

どのように配慮するか

ゆうきくんは、診察室に滞在する時間が少しずつ増えてきました。

診察室では、対話を重ねます。「昨日は何かゲームをした?」という問いかけに、ゆうきくんが即座に答えられないときは、「僕は、ゆうきくんがどんなゲームで遊んだのか知りたいんだ。昨日遊んだゲームの名前を教えてくれる?」と言い換えます。そして、教えてくれたゲームをスマートフォンで検索すると、ゆうきくんも画面をのぞき込み、くわしく説明をしてくれます。「ありがとう、説明が上手だね」と僕は返せます。そんなふうに僕はゆうきくんの世界に近づきたいわけです。

学校のことを聞くときは、「もしかしたらいやなことかもしれないけど、ゆうきくんがどうしているか知りたいんだ」と告げて、学校に行っているかどうかを毎回確認します。ゲームの会話のときとは違い、ゆうきくんは表情を曇らせて首を横に振ります。

僕は「学校で楽しいことはない?」と尋ねます。日をずらして、「話しやすい先生は?」「お友達は?」と、ひとつずつ確認します。お母さんからも、ゆうきくんが何を怖がっているのか、教えてもらいます。

そして、次第に、入学式の日の圧倒的な人の多さ、玄関の騒音、走り回る子がいる危険な廊下……など、ゆうきくんにとって、「学校」という空間は恐ろしく危ない場所だと認識されていることがわかり始めました。

「今度、ゆうきくんの担任の先生と会いたいと僕は思っている。そして、ゆうきくんが、学校のどんなことが怖いと思っているのかを伝えてみたい。きっと、先生も一緒にあれこれと、怖くないように工夫してくれるんじゃないかと思う。学校にいったときに、してほしいこと、してほしくないことがあれば、僕から伝えるよ」と話をし、ゆうきくん親子の同意をとって、学校へ連絡をします。

この時点では、まだゆうきくんは安心したわけではありません。でも、ゆうきくんは、学校への連絡を承知してくれました。

ゆうきくんも何か解決策を欲している、ぼくはそう確信しました。

それから、僕は、担任の先生に手紙を書いたり、時間があれば、来ていただいたり、ZOOMなどの面談もセッティングします。時にはコーディネーター(※)や教頭、校長とも連絡を取ります。

「学校」という容(い)れ物が、ゆうきくんにできるだけ適応するようにアレンジをお願いしたいからです。例えば、登校するときは、担任の先生に玄関でゆうきくんを迎えてもらう。登校時に誰かと出会う可能性を下げるために、皆が教室で学習している時間帯に登校できるようにする。ゆうきくんが安心できる場所を確認して、まずはそこで呼吸を整えてもらう。何時間目まで滞在するかを事前に決めて、その約束は必ず守る。──そうしたことなどを相談します。

でも、学校側が、個別に対応することは容易ではありません。

「生徒がこの子ひとりなら、私はきちんと関われると思いますが、クラスにはほかにも生徒がいますので」という先生の声を僕は何度も聞いています。

当初、僕は、それでも個別にしっかり対応してほしいと思っていました。ですが、先生のもとには、すべての生徒の様子や状況などの情報が押し寄せていて、そのなかで、「今日できる最大限の対応」という苦渋の選択をしているのだろうと思うようになりました。そのため、学校と連絡をとりながら、どのような対応なら可能か一緒に考えることを意識するようになりました。

ゆうきくんには、僕は学校と連絡を取れる立場になったことを伝えます。ゆうきくんが僕を認めてくれれば、そこで少しずつ要望や苦情、希望を語ってくれるようになります。

学校との連携は適宜継続し、お母さんには、自宅での様子や変化を確認します。

さて、僕の手の内は、相変わらずこんなああでもない、こうでもない、という試行錯誤の繰り返しです。焦らず、ゆっくりとゆうきくん、家族、そして学校との関係を作っていくわけです。

ちょっとした顛末

その後も通院を重ね、ゆうきくんは、診察室で、あれこれと語るようになりました。

登校はまだ母親同伴で、ときどき休むこともあります。

診察の場面では、看護師さんとの遊びの時間が、公認心理師(※)との面接に変わりました。4年生になると、親との距離も少しずつ出てきて、お母さんともつながっている僕に一定の警戒心を発揮して、個人的な悩みは心理師に、学校環境への要望は僕に伝えるようになりました。

小学校は1学年ごとに担任が変わり、クラス替えも2年に一度あります。せっかく馴染んだ世界のスクラップ&ビルドに対して、ゆうきくんは毎回愚痴ります。

でも、最初は小さくうなずくだけだったゆうきくんの成長を見続けることができるのは、僕の大きな歓びです。

※コーディネーター…学校内の「特別支援教育コーディネーター」のこと。保護者、教職員、医療機関などの外部機関を繋ぐ窓口となり、支援が必要な子どもへの円滑な連携・調整を行う役割を担う。

※公認心理師…保健医療、教育、福祉などの分野で、心理職として法的に認められている国家資格。病院では、医師の指示のもとで子どもの心理検査やカウンセリングを行い、心のケアや発達の支援を担当する。


イラスト・早川世詩男

 

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