連載「こどもとわたし」は、さまざまな方面で活躍する方々に「こども」というテーマでエッセイを執筆していただく連載です。書き手は、毎回変わります。
第2回は、子どもの頃に「アーサー・ランサム全集」(岩波書店)を読み、航海士の道へ進んだ倉田美和さん。海と冒険に魅せられた当時の読書体験についてつづっていただきました。
倉田 美和(元航海士)
『ツバメ号とアマゾン号』(岩波書店)からはじまる「ランサム・サーガ」シリーズに出会ったのは、小学5年生の頃だった。お転婆な子どもだったが読書も好きで、図書室で見つけた「アーサー・ランサム全集」に夢中になった。中でも心を奪われたのが『ヤマネコ号の冒険』だった。


ツバメ号やアマゾン号のような小さなヨットの物語も楽しかったが、それ以上に、外洋を航海する機帆船のヤマネコ号に強く惹かれた。帆船ならどこまでも行けるんだ、と思った。『ツバメ号とアマゾン号』の終盤でジョンが「ぼくは、いつかは海にいくんだ。」¹ と言ったように、私も「将来は帆船の航海士になる」と心に決めた。航海士という言葉も、ランサムの物語で初めて知った。
ノートにヤマネコ号の図を写し、横浜港で練習帆船「海王丸」や「日本丸」の一般公開があれば、見学に出かけた。もちろん他の本も読んでいたが、ランサム全集、特に『ヤマネコ号の冒険』は何度も繰り返し読んだ。

当時の日本では、女性が船乗りになる道はなかった。それでも私は、物語に登場するナンシイやミス・リーのように、きっと帆船に乗れると信じていた。1976年、アメリカ建国 200 年を記念してニューヨークで開催された帆船パレードの様子がテレビで放映され、女性ばかりの訓練生が乗る帆船を見たとき、「海外なら乗れるかもしれない」と思った。
『世界の帆船』(平凡社)という写真集を何度も開き、世界中の帆船の名前を覚えた。高校1年生のとき、女子も海上保安学校や商船大学を受験できるようになった。帆船の実習がある商船大学への進学を考えたが、卒業しても女性が船乗りになるのは難しいと知り、海上保安学校を選んだ。ヨット雑誌で、イギリスの帆船に乗った日本人の手記を読み、「日本で無理なら、海外に行こう」と心に決めた。海上保安庁に入って巡視船に勤務しながらも、帆船への夢は諦めなかった。
帆船に乗る機会が訪れたのは1987年のことだった。イギリスの帆船「Zebu」に研修生として乗船し、グアムからチューク諸島を経て日本まで、約3か月間航海した。ヤマネコ号と同じく、元はバルト海の交易船だった木造帆船。ついに夢が現実になった。6か国から集まった乗組員の半数以上がイギリス人で、帆を揚げるときには「首吊りジョニー*」や「酔いどれ水夫*」を唄った。チューク諸島の島の沖に錨(いかり)を降ろしたとき、目の前に広がる光景は、まさにカニ島に錨を降ろしたヤマネコ号そのものだった。
その後、日本の帆船「海星」に航海士として乗船することになった。ポーランドで造られた「海星」を日本船籍にするための改造作業は、イギリス南部の港で行われた。貸ボート屋の桟橋には、ツバメ号やアマゾン号のような木造の小さなヨットが並んでいた。あの分厚い本は日本から持ってこられなかったが、現地の古本屋でランサムのペーパーバックを何冊か手に入れた。

帆船に乗ってからの体験は、子どもの頃に読んだ物語の「答え合わせ」のようだった。帆を揚げる描写、船体各部や船内の様子、航海中の生活、そして船酔い。まるで物語の中に入り込んだようだった。ヤマネコ号とマムシ号が霧の中でお互いの船位を偽る場面は、実際に海図上で調べてみると本当にその通りだった。ランサムの物語の描写には嘘がない。だからこそ、帆船の経験を積むほど新しい発見があり、物語の奥行きもより深く感じられるようになった。
「いまいましい蒸気船のやつめら(中略)、海はもともと帆船のものだったのにな!」² と老水夫ピーター・ダックは憤ったが、現在でも帆船は存在している。21世紀に入ってから造られた船もある。ヨーロッパでは毎年、帆船だけのレースが行われ、港は帆船で埋め尽くされる。ピーター・ダックが若い頃に見た港も、きっとこんな眺めだったのだろう。今でも数多くの帆船が現役だと知ったら、彼は泣いて喜ぶかもしれない。

多くのランサムファンが聖地巡礼としてイギリスの湖水地方やノーフォークなどを訪れるが、私は帆船に乗ってヤマネコ号の世界を見に行くことを選んだ。ローストフト、ビスケー湾、マデイラ島、カナリア諸島……『ヤマネコ号の冒険』で、航海が終わる頃にティティが「わたしたちだけで、船歌にある場所が全部見られたわね。」³ と言ったように、私も物語に出てくる場所を全部(カニ島以外)見ることができた。聖地巡礼は老後の楽しみにしようと思っていたが、私はこれからも帆船に乗ることを選ぶような気がする。ピーター・ダックが「もう一度、からだのきくうちに、航海に出られたらなあ」⁴ と願ったように。
イラスト・平澤朋子
*「首吊りジョニー」(Hanging Johnny) 帆を張る作業をしながら歌われる。
*「酔いどれ水夫」(Drunken Sailor) 碇を上げたり帆を張ったりするときに歌われる。いずれも船員たちが歌い継いできたもの。
1. アーサー・ランサム 著, 岩田欣三/神宮輝夫 訳. 『ツバメ号とアマゾン号』. 第14刷. 岩波書店; 1980. p.474.
2. アーサー・ランサム 著, 岩田欣三 訳. 『ヤマネコ号の冒険』. 第12刷. 岩波書店; 1980. p.258.
3. アーサー・ランサム 著, 岩田欣三 訳. 『ヤマネコ号の冒険』. 第12刷. 岩波書店; 1980. p.532.
4. アーサー・ランサム 著, 岩田欣三 訳. 『ヤマネコ号の冒険』. 第12刷. 岩波書店; 1980. p.12.
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