こどもに聞かせる 一日一話

『トン、トン、トン、こんばんは』富安陽子 文 大島妙子 絵 #読み聞かせ

子育て |
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2025年3月に休刊となった雑誌「母の友」に、「こどもに聞かせる 一日一話」という人気企画がありました。子どもにさっと読んであげられる短いお話を、一挙にまとめて掲載するものです。

その「一日一話」を「とものま」で再開します。季節ごとに7話ずつ、とびっきりのお話をお届けします。

トン、トン、トン、こんばんは  

富安陽子 文 
大島妙子 絵

山のふもとに、梅ノ木寺という小さなお寺がありました。ある春の夜のことです。和尚さんが小僧さんにこんな話をしてくれました。それは、その日と同じ、ある春のおぼろ月の夜のできごとでした。

トン、トン、トン、「こんばんは」

だれかがお寺の戸を、たたいています。

「こんな夜中に、だれかいな?」と、ふしぎに思った和尚さんが小窓からのぞいてみると、まぁ、びっくり!

一ぴきの狐が後ろ脚で立って、玄関に背中を向け、太いしっぽで、トン、トン、トンと戸をたたいているではありませんか。
「こりゃ、驚いた。狐がしっぽで戸をたたいとるがな」

和尚さんはびっくりしましたが、狐が何度も戸をたたくのでしかたなく玄関の戸を開けてやりました。すると狐は、和尚さんの方にクルリと向き直り、後ろ脚で立ったままペコリと頭を下げました。そして言ったのです。

「和尚さん、こんばんは。こちらのお寺の合格祈願のお守りは、たいそうごりやくがあると聞きます。一ついただけませんでしょうか」

「ほう!」と、和尚さんは目を丸くしました。

「けど、合格祈願のお守りなんか、狐がもらってどないしますねん」

「実は……」と、狐は話し出しました。

「うちの子が今年、伏見の化け学校を受験いたします。化け術を学びたい全国の狐が集まってくる学校です。狐の学校は、西の伏見と東の王子の二校だけ。そやから競争率も高うて、今年はなんと三十倍やとか……。だから、合格祈願のお守りをいただきたくて、お願いにあがりました」

「ほほう!」

ますます驚く和尚さんの前に狐は、竹で編んだ筒をそっとさし出しました。

「これは、天然うなぎでございます。私がうなぎ筒をしかけて取りました。お守りのお礼にどうぞお受けとりください」

見れば、竹筒の中にはみごとなうなぎが一ぴき入っています。

「これは、おおきに、ありがとう」

和尚さんはお礼を言うと、合格祈願のお守りを一つ、お母さん狐に持たせてやったのです。お母さん狐は何度も何度も頭を下げて、うれしそうに山に帰って行きました。

「今でも春になると、あの狐のことを思い出すのや。狐の子どもは、無事、伏見の化け学校に合格できたやろか……ってなぁ」

和尚さんがそう言って、おぼろ月を見上げると、話を聞いていた小僧さんがにっこり笑って言いました。

「へぇ、無事合格して、立派な化け狐になりましたで。和尚様、私がその狐ですねん。ほら、じょうずに化けてますやろ? これも、あのお守りのおかげです」

「ほう!ほう!ほう!ほんまかいな!そうかいな!」

和尚さんは目をまん丸にして、狐の化けた小僧さんを見つめました。
おぼろ月の春の夜のできごとです。

 (おしまい)

 
子どもと一緒に挿絵を見ながらお楽しみになる方は、こちらからPDFのファイルをダウンロードの上、出力してお楽しみください。 ※個人利用に限ります。

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