さまざまな分野で活躍中の方に、絵本との思い出やエピソードを語っていただく「えほんとわたし」。今回登場していただくのは、『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』が120万部以上のベストセラーとなった漫画家・松本ひで吉さんです。
2024年には、妊娠生活を描いた『十月十日も毎日たのしい』を刊行し、現在は息子さんの愛称をタイトルにした『ぱるたん~ちいさい人とのくらしは毎日たのしい~』(いずれも講談社)で、笑いあり、ホロリとするエピソードありの愉快な日々を描いています。“ぱるたん” との日常はSNSでも発信中。「創作の原点」という絵本にまつわる思い出もたっぷり伺いました。
——『ぱるたん』、いつも楽しく拝見しています! 犬と猫との暮らしを描いた作品に続き、ご自身の妊娠や子育てを漫画の題材にしようと思ったのはなぜですか?
出産前は雑誌に連載漫画をずっと描いていましたが、妊娠したときに体力が落ちて、ちょっと休まないといけないな……と思いました。とはいえ、毎日筆を握っていないと筆が鈍るので、出産というせっかくの貴重な期間でもあるし、絵日記を描こうと思ったことがきっかけです。当初、公開するつもりも出版するつもりもなく、自分のために描き続けたのですが、担当編集者さんがおもしろがってくれて出版に至りました。
出産直後は「すぐ復帰するぞ!」と思っていたのですが、実際に育児が始まると「ああ、こんなに大変なんだ……」と愕然としました。出産後もあまり間を空けずに漫画を描いていらっしゃる方がいるので、できるかなと思っていましたが、あれはすごいことなんですね。普通の人には、なかなかできないということがわかりました。仕事に集中していても、赤ちゃんが急に泣くと作業が中断されて、「あれ? 今まで何してたっけ?」となるんです。

それで、今インスタグラムで紹介しているような、少ないイラストで完結する短いスタイルになりました。何も考えずにガッと5分くらいで集中して下描きもせずに一気に描きます。いつ中断しても大丈夫なように……というところから生まれた手法です。効率を追求したら、今のスタイルになりました。子育て中の方もよく見てくださっていますが、忙しくてなかなかまとまった時間が取れない方も、ひとつひとつが短いので、ちょっとしたスキマ時間に読みやすいのかもしれません。
*記事の最後で、松本さんがインスタグラムで公開されている漫画を特別に紹介!
——子育て中はやることが山積みで、心も体もめいっぱいになってしまうものですが、どうやって “ぱるたん” の日常を見つめて、その瞬間をすくいとっているのでしょう?
いつもアンテナを張ってよく観察し、メモ帳は必ずそばに置いてネタを拾っています。飼っていた犬と猫のことを描いた『犬と猫どっちも飼っていると毎日たのしい』を制作したときにも実感しましたが、漫画を描くためには、その対象物をすごくよく見ることが必要で、それを続けるうちにどんどん対象物の解像度、つまり理解度が上がっていくんです。出産してから子どものことを描き続けているうちに、子どもに対する解像度がすごく高くなっていきました。
産後は、マミーブレインと呼ばれたりしますが、頭がボーッとしてびっくりするくらいいろいろなことを忘れるので、とにかくすぐメモを取らないと、せっかくの大事な瞬間を逃してしまってもったいない……という思いもありました。
作品を描いていく上で大事にしているのは、感情から入る目線と、俯瞰の目線のバランスをとることです。普段は自然にやっているからあまり意識しないのですが、産後間もない頃の作品を見ると、やはり俯瞰の目が欠けているな……と感じます。できるだけ俯瞰して、「笑おう」という気持ちはあったと思いますが、すぐ絶望して「ドーン」と落ち込んでしまったり(笑)。今だったら「それ、おもしろいのに!」って思えるんですけどね。イヤイヤ期で子どもの感情が爆発したときでも、「おもしろくなってきたよ……」と逆に笑えるようにもなりました。
——そんなふうに意識すると、大変な子育ても、少し気持ちが楽になりそうですね。
そうなんです。夜間授乳で眠れなかったときには、自分が20年後からタイムスリップしてきた設定を思い描いて、息子に「ああ…小さいねぇ~」なんて言いながらやっていました(笑)。まだ小さい姿しか見たことないんですけどね。

産後は、ホルモンバランスが急激に変化すると言いますし、常に睡眠不足ですから、夫と喧嘩になることもありました。大変な時期であることは間違いないですよね。でも、気持ちのもちようで笑えることって、意外とあったりするんです。
——漫画では松本さんが怒っている場面がほとんどなく、いつも “ぱるたん” をおおらかに見守っている印象です。怒ったりすることはないのでしょうか?
あんまり怒らない方なのかもしれません。怒った方がいいのかなと思うこともありますが、“20年後のぱるたんに影響しないこと”なら、ま、いいかと思うことにしています。オムツが取れなかったとしても、20年後には取れているでしょうから。お友達や自分を傷つけること以外なら、大丈夫だと思うようにしています。
——ぱるたんには、どんな絵本を読んでいますか? ふだんの様子を教えてください。
絵本に関しては、本当にたくさんエピソードがあります。生後2か月ぐらいから赤ちゃん向けの絵本を見せていたのですが、ぱるたんからは何のリアクションもなく、すごく好きという感じもなかったので、絵本を見せるのは私の自己満足だなと思っていたんです。それが、1歳くらいになると、会話の中で出てきた言葉をひろって、その言葉が入った絵本を持ってくることがありました。一方通行ではなく、ちゃんと伝わっているんだなとうれしくなりました。

成長とともに好きな絵本や嫌いな絵本もわかってきて、それがコミュニケーションにもなっていく。反応がなかった最初の頃は、虚無に向かって絵本を読んでいる気持ちでしたが、ちゃんと蓄積されていて、いつか返ってくるんですね。すごくうれしかったです。

最近だと、谷川俊太郎さんの詩の絵本『生きる』を読みました。詩の中に「すべての美しいものに出会うということ」という一文があるので、「ぱるたんが美しいって思うものはなあに?」って聞いたんです。そうしたら、「電車と車!」と言いました。「かーたんは?」と聞くので、「かーたんは動物かな」って。──そのとき、「すっごい高度な会話しているじゃん!」と思いました。私はふだん、ずーっとアホなことを言っているけれど、絵本がきっかけになって深いことを話せたのがうれしいです。

私の大好きな絵本作家、かこさとしさんの『マトリョーシカちゃん』も息子はすごく好きです。なぜそんなに惹かれるのかと思うくらい、何度も何度も読んでいます。最初はロシアの名前を読むのが大変でしたが、今では私もスラスラ言えるようになったくらい。マトリョーシカちゃんがお客さんを呼ぼうと家に張り紙をする場面があって、「まもなく」という言葉に続いてイワンちゃんがやってくるのですが、『はらぺこあおむし』(偕成社)を知っているぱるたんは、「まもなく」という言葉に続いて登場するのは“あおむし”だという認識があったので、「“あおむし”じゃな~い!」と言って笑っていたことも。絵本の言葉ってそういうふうに心に残っているんだなというおもしろさがありました。
——絵本を読んでみて、あまり反応がないなというときはどうされていますか?
この絵本は心に刺さっていないなと思ったら、3回くらい連続で読みます。「子どもって読めば読むほど好きになるよ」とベビーシッターさんから教わったので、届いていないと感じたときは届くまでしつこく読んでいます。せっかく買ったからもったいないですしね(笑)。それから、私があんまりこの絵が好きじゃないなと感じちゃうと、それを察するのか、その絵本が遠のいてしまったりするので、それが子どもに伝わってはいけないなというのは気にしています。
——松本さんご自身は子どものころ、どんな絵本を読んでいたのでしょう?
親がよく本を読んでいたので、本は身近な存在でした。絵本もたくさんあって、読み聞かせもしてもらっていたのですが、記憶はあまり残っていないかも……。最近、母がつけていた育児日記を読んだのですが、私は兄がいたせいか早熟だったようで、1歳半くらいの頃に『かいじゅうたちのいるところ』(冨山房)にどハマりして、ひとりで楽しんでいたみたいです。絵がおもしろかったんでしょうね。
それから、かこさとし先生の「だるまちゃん」シリーズも大好きでした。大好きだった絵本を見ると、その瞬間に、その世界がワーッと鮮烈によみがえってきます。

ほかに思い出すのは、『どうぶつえんのおいしゃさん』です。きっと丁寧に取材をされたのだと思いますが、動物園の獣医さんのさまざまな仕事の場面がしっかり描かれているんですよね。この絵本の影響もあって、本当は獣医になりたいと思っていました。夫もこの絵本を子どもの頃に読んでいたそうで、最近あらためて買ったんです。そのとき、3歳になる前だった息子にはまだ難しいかな?と思っていたのですが、今、しっかりハマっています!
今も大事にとってあって、子どもにも読んでいるのは、『ママだいすき』(まど・みちお 文 ましませつこ 絵/こぐま社)という絵本。高校生になっても、たまに取り出して読んでいました。たぶん、この絵本にふれるとほっとするんでしょうね。
——たくさんの絵本に親しんでこられたのですね。その体験は、漫画家を志したことにつながっていますか?
つながっているような気がしています。3、4歳くらいのときだったと思いますが、自分でお話を考えて、そこに絵を当てて、絵本のラフのようなものを描くのが好きだったみたいです。「作りたい」という気持ちがすごく強かったんですね。
小学生になってからは、友だちを主人公にしたお話を考えるようになりました。その頃はコミュニケーションツールとして絵本を作っていたところもあって、それがだんだんと漫画に変わっていきました。母のリアクションがすごくよかったこともあり、読んだ人に反応してもらえることがうれしくて、中毒になったのかも。ひとつの承認欲求ですかね。それで「お話を考えてリアクションをもらう」ということを続けて、今まで生きてきました。
——松本さんの漫画の中で、「うんと油断したこども時代を過ごすんだよ」という言葉が印象に残っています。ぱるたんには、どんな子ども時代を過ごしてほしいですか?
やっぱり、ただ朗らかに生きていってほしいです。「自分はこう立ち回るべきなんじゃないか」とか気にするのではなく、のびのび生きていってほしいなと思います。それはもう、すべての子どもたちに思うことです。小さいのにそんなことを心配しているなんて……ということがなく、みんなほわっとした気持ちで過ごしてほしいですね。 もちろん、「おばけが来たらどうしよう」といった子どもらしい悩みは、ちゃんと味わいながら。貴重な子ども時代を、のんびり過ごしてほしいです。
*出版社の記載のないものは、福音館書店刊













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