もし自分の蔵書を、ひと箱(35㎝ 四方)に絞らないといけないことになったら、そこには何を入れますか? 本好きが集まる出版社の社員たちが、本棚として成立する “限界” まで本を減らした、「限界本棚」を覗いてみましょう。第 17 回は、こどものとも第一編集部・INの本棚をご紹介します。
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リトルプレスやZINEなどと呼ばれる、小さな雑誌が好きです。特に、プロの作家の方々が集まって作った「同人誌」のようなものは、大人の文化祭みたいで目次を眺めるだけでも楽しくなってきます。あまり流通していないので「一期一会」という感覚が強いですし、薄いので場所も取りません(それでも、「ちりも積もれば山となる」ですが……)。
それから、大学生のときに出会って以来、ずっと愛読している大江健三郎の小説。大江さんの本は引用やオマージュが多いので、1冊読むと芋づる式に新しい本に出会えます。そうした「元ネタ」を読んでから再読すると、また新たな発見があって嬉しいものです。
そんな蔵書の中から、ひと箱に収まるだけ選ぶとしたら……

1『大江健三郎自選短篇』 大江健三郎 著/岩波文庫
2『芽むしり仔撃ち』 大江健三郎 著/新潮文庫
3『万延元年のフットボール』 大江健三郎 著/講談社文芸文庫
4『水死』 大江健三郎 著/講談社
5『「おかしな二人組」三部作』─ 「取り替え子」「憂い顔の童子」「さようなら、私の本よ!」 大江健三郎 著/講談社 品切
6『沖縄ノート』 大江健三郎 著/岩波新書
7『新しい文学のために』 大江健三郎 著/岩波新書
8『読む人間』 大江健三郎 著/集英社 ※現在は集英社文庫
9『大江健三郎 作家自身を語る』 尾崎真理子 聞き手・構成/新潮社
10「國文学 解釈と教材の研究」臨時増刊「いま大江健三郎の小説を読む」 學燈社 品切
『大江健三郎自選短編』は世界で一番、「体パ」(体積パフォーマンス)が良い本だと思っています。大学在学中にいきなり文壇の注目を集めた1957年の実質的デビュー作「奇妙な仕事」、当時最年少(23歳)で芥川賞を受賞した「飼育」といった初期作品から、義兄・伊丹十三によって映画化された「静かな生活」など90年代の諸作までを網羅。濃密な大江ワールドが手のひらサイズにぎゅっと凝縮された、驚異の1冊です。 短編集なので、当然ながら中長篇は収録されていません。その中からお気に入り数冊と、大江文学の森に分け入ってゆくための副読本をいくつか選びました。
特に何度も再読しているのは『芽むしり仔撃ち』です。舞台はおそらく第二次大戦末期の日本。感化院(当時の少年院)の少年たち15人が、山村に疎開するところから物語は始まります。しかし村で疫病が流行ると、少年たちは村人に置き去りにされ、しかも村の出口も封鎖されて閉じ込められてしまうのです。あらすじを追うとひどい話ですが、少年たちだけの暮らしは大人の監視と管理から解放された喜びがあり、実に生き生きとしています。閉ざされた山村を陸の孤島と考えると、15人の少年たちが無人島に漂着する『二年間の休暇』にも少し似ているかもしれません。
この山村は、大江さんの故郷である愛媛県の大瀬村(現・内子町)がモデルとなっています。他の多くの小説でも繰り返し舞台となっている、大江文学のインスピレーションの源です。鬱蒼とした森、閉鎖的で複雑な人間関係、古くから伝わる様々な伝承……。私が旅行で一度訪ねた内子町は、小説の印象とは違って陰鬱なところはなく、自然豊かな気持ちの良い土地柄でしたが、きっと大江さんは現実の大瀬村とは別の、小説を読むことでしか辿り着けない独自の「村」を作り上げたのでしょう。架空の土地とはいえ細部まで緻密に描かれていて、民俗学がお好きな方にもおすすめです。

11『新聞記者 夏目漱石』 牧村健一郎 著/平凡社新書 品切
12『漱石漫談』 いとうせいこう × 奥泉光/河出書房新社
13「坊ちゃんの時代」第五部『不機嫌亭漱石』 関川夏央・谷口ジロー 著/双葉文庫 ※現在は「谷口ジローコレクション 10」(双葉社)として刊行
現代(戦後)の日本人作家で一番好きなのは大江健三郎ですが、近代(明治~敗戦)なら夏目漱石です。どちらも時代のトップランナーなので、「山なら富士山が好き」「戦隊ヒーローならアカレンジャーが好き」と言っているみたいで少し恥ずかしいのですが。大江健三郎の、翻訳小説のようなゴツゴツとした文体と、夏目漱石の軽妙で流れるような文体。対照的ですが、どちらも読んでいてカッコイイ! と唸りたくなる語り口です。
漱石の作品はもちろん、漱石を論じたり、漱石を描いたりしたものにも名文や傑作が多い気がします。『新聞記者 夏目漱石』は、漱石が朝日新聞社に専属作家として入社するまでの経緯や、その後の八面六臂の活躍がまとめられています。専属作家とはいえ、ただ好きな小説だけを書いていれば良いというわけではなく、文芸欄(今でいう文化欄)の編集を担当したり、講演にかり出されたり、弟子が紙面に穴をあけそうになれば代わりの原稿を大急ぎで用意したり。望んでやった仕事もあるとはいえ、なかなか忙しく気苦労も多そうです。そんな「会社員・夏目漱石」に、僭越ながらちょっと親近感を覚えます。

14『新訳 チェーホフ短編集』 チェーホフ 著 沼野光義 訳/集英社
15『狂人日記 他二篇』 ゴーゴリ 著 横田瑞穂 訳/岩波文庫 品切
16『ロシア文学の教室』 奈倉有里 著/文春新書
17『きりのなかのはりねずみ』 ノルシュテインとコズロフ 作 ヤールブソワ 絵(日本語版は、こじまひろこ 訳/福音館書店)
18『きつねとうさぎ』 F・ヤールブソワ 絵 Y・ノルシュテイン 構成(日本語版は、こじまひろこ 訳/福音館書店 品切)
今までの旅先で、最も充実した時間を過ごしたのは十数年前に訪れたロシアです。文学、美術、映画、アニメーションなどなど、各分野の歴史的な厚みに圧倒されました。政治的な問題はあれど、平和のためにも文化の相互理解は必要だと思います。
『ロシア文学の教室』は、小説仕立ての異色のロシア文学案内です。大学生の主人公がロシア文学の講義を受けていると、授業で扱われている作品の世界の中にいつの間にか入り込んでしまうという形式になっていて、小説へのいわゆる「没入体験」を地で行っています。ロシア文学の世界をリアルに味わうことができる上に、この本自体がひとつの文学作品のようでもあって、二度おいしい1冊です。最初の講義で扱われるゴーゴリ「ネフスキイ大通り」は『狂人日記 他二篇』に収録されています。
ゴーゴリといえば、「われわれは皆、ゴーゴリの『外套』の中から生まれた」という有名なフレーズがあります(ドストエフスキーの言葉だと言われていますが、異論もあるようです)。それくらい、ゴーゴリはロシア人から愛される偉大な存在なのでしょう。『きりのなかのはりねずみ』で知られるアニメーション作家のノルシュテインは、「外套」の映像化に1980年から取り組み続けているそうですが、いまだ完成したという話を聞きません。ゴーゴリにはもう一つ「鼻」という代表作があります(朝起きたら鼻がなくなっていたという、変な話!)。ネフスキー大通りのあるサンクトペテルブルクを歩いていたら、その「鼻」のオブジェが壁にくっついているシュールな光景に出会いました。それもロシア旅行の楽しい思い出です。
ロシア文学はまだ初心者ですが、多くの優れたロシア文学者や翻訳家の方が同時代にいる幸せを感じます。

19「メルボルン1」 柴崎友香 長嶋有 名久井直子 福永信 法貴信也
20「サイコロ」009 長田結花 薗田千晴 保光敏将 文庫善哉 山川直人/サイコロ堂
21「UZO」10・11 田中六大 かなまち京成 香山哲 コマツシンヤ 土屋萌児 他
22「キーホルダー」2 ながしまひろみ 大橋裕之 コマツシンヤ 寺田燿児 死後くん/POTATO PRESS
23「駄菓子ぬりえ」 中垣ゆたか 新井洋行 アニュウリズム 三本義治 後藤友香 他/田中六大
24「タマグラアニメのマンガ本」 加藤久仁生 久野遥子 クリハラタカシ 近藤聡乃 杉崎貴史 ぬQ/タマグラアニメとマンガ博実行委員会2013
25「変な人々」 土橋とし子 浅賀行雄 山崎英介 和田誠 中村幸子/HB Gallery + Tomsbox
26「富士十六景」 安西水丸 井筒啓之 宇野亜喜良 亀井武彦 下谷二助 他/HB Gallery
27~29「鎌倉えほん作家通信」VOL 1~3 鎌倉えほん作家の会
30「薇頭」 あらいあき・荏本朋/ゼンマイアタマ
31「ハロー! 谷川さん」 谷川俊太郎✕川島小鳥 東野翠れん いぬんこ チャンキー松本/おけさど出版
32「早大児文サークル史」 古田足日 山中恒 川北亮司 他/児童文学研究会・早稲田文芸会
33「みかんのミイラ展」 しまおまほ・こがわあゆ
残ったスペースに詰められるだけ詰め込みました。冊数だけでも限界本棚の限界を突破できるかな? と思いましたが、大江さんの本にスペースをとりすぎて、そこまで数が伸びませんでした(残念)。
※ ZINE・同人誌の品切状況は記載を省略
34『本が語ること、語らせること』 青木海青子 著/夕書房
35『定本 日本近代文学の起源』 柄谷行人 著/岩波現代文庫
36『叫びと祈り』 梓崎優 著/創元推理文庫
\限界本棚はほかにも…/
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行ってきました!
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あの人の ほっとするとき ほっとするもの
母の気も知らぬきみ
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