こどもとわたし

《新連載・こどもとわたし》「夕焼け小焼けの町」横山芙實(日本画家)

子育て |
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「こどもとわたし」は、さまざまな方面で活躍する方々に「こども」というテーマでエッセイを執筆していただく連載です。書き手は、毎回変わります。

第1回は、日本画家として活躍する横山芙實(よこやま ふみ)さん。絵本を傍らに携え、自然のなかで自身の創作活動と向き合う日々について、つづっていただきました。

夕焼け小焼けの町

横山 芙實(日本画家)

夕方5時になると、防災無線のスピーカーから流れてくる童謡「夕焼け小焼け」。100年以上も前に作詞・作曲されたこの曲は、誰しもが子どもの頃の原風景を思い出す、なじみ深い童謡ではないでしょうか。私がこの童謡の作詞者・中村雨紅の生家からほど近い、八王子市の奥地に移り住んで、今年で5年目になりました。東京都でありながら、山に囲まれ、時間のゆっくりと流れる美しい土地です。ここに自宅兼アトリエを構え、日本画家として活動し、ひっそりと暮らしています。

実は、ここは私の生まれ育った宮崎県の田舎町にそっくりなのです。とはいえ、私は野山に分け入って遊ぶような子ども時代を過ごしたわけではありませんでした。平日は習い事で忙しく、それ以外の時間は部屋にこもって自分で考えたマンガをコソコソと描いていました。また、母親が司書をしていた町立図書館の美術書コーナーに入り浸っていて、絵画やデザインに関する本を好奇心の赴くままに眺めていました。いつの間にか、私もアーティストとして自立して、華やかな都会で生活したいと漠然とした夢を抱くようになっていました。そして美術大学入学を機に鼻息荒く上京してきたのです。この時は、また田舎暮らしに舞い戻ってしまうなんて考えてもいませんでした。

絵本との再会がもたらしたもの

『雷の落ちない村』(三橋節子 作/小学館)、『スーホの白い馬』(大塚勇三 再話 赤羽末吉 画/福音館書店)、『きつねにょうぼう』(長谷川摂子 再話 片山健 絵/福音館書店)

もう10年ほど前のことでしょうか。大学院在学中、大学図書館で何気なく『三橋節子画集』(サンブライト出版)を手に取りました。これが、私にとって大きな転機となりました。美しさと物悲しさが同居する風景、シンプルでありながら含蓄のある人物の表情。私は彼女の日本画に衝撃を受けました。彼女はがんを患い35歳という若さで夭折(ようせつ)してしまうのですが、まだ幼い子どもたちのために、絵本『雷の落ちない村』(小学館)を描き残していきました。この作品は、彼女が家族と暮らした琵琶湖のほとりに伝わる昔話を下敷きに、自身の息子を主人公として創作した物語です。語りかけるような優しい文章と分かりやすい絵からは、我が子へ伝えたかった人生の教訓だけでなく、早世する母親の悲しみや深い愛情が苦しいほどに伝わってきます。絵本という媒体の持つ奥深さに触れた、思い入れのある1冊です。

この出会いから、日本画の制作中に何かヒントを得たいと思った時には、まず絵本を手に取るようになりました。例えば、赤羽末吉さんの『スーホの白い馬』(福音館書店)です。絵本のなかに、どこまでも続くモンゴルの草原が広がっているのです。私は日本画で縦2メートル、横5メートルほどの大作を描くことが多いのですが、この絵本は、それよりもずっと大きな絵に見えます。見開きいっぱいに引かれた地平線を軸に綿密に画面構成され、その上で鑑賞者に想像の余地を残したおおらかな描写が織りなす、本当に美しい絵だと感じます。このように子どもの頃に一度出会っている名作絵本からも、改めて感銘を受けました。

大学を出た後も、よく市民図書館の絵本コーナーに通いました。そんななかで手に取ったのが『きつねにょうぼう』(福音館書店)です。人間の女に化けたきつねと、農民の男が夫婦となり子どもをもうけ、幸せに生活するも、やがて悲しい別れが訪れるという物語です。片山健さんの叙情豊かな油彩で日本の田園風景が描かれています。特に驚いたのは登場人物の表情です。大胆な筆致で描かれているというのに、なんとも複雑な機微が見て取れるのです。にょうぼうの正体が露わになった後の夫婦の微妙な距離感まで想像できてしまいます。そして長谷川摂子さんの、歌うような、懐かしい響きの文章と見事に調和していて、声に出して読んでいると思わず込み上げてくるものがありました。事あるごとに読み返す素晴らしい絵本です。

絵画の参考として絵本に触れるなかで、世代を超えて親しまれる普遍的な日本画作品を描きたいと強く考えるようになりました。おのずと静かで自然豊かな制作環境を求めるようになり、気がつけば生まれ故郷とよく似た「夕焼け小焼け」の町にたどり着いていたのです。

『きつねにょうぼう』は何度読んでも涙が出てしまいます。愛犬に読み聞かせをする図。

生き物たちとの生活

夫とともにこの土地に越してすぐ、日本犬の一種である甲斐犬を家族に迎え入れました。1年後にもう1頭加わり、今では盤石の2頭体制です。猟犬としても活躍する犬種のため運動量が多く、とにかくお散歩が大好きです。この地域との相性も良いのでしょう、彼らは出不精な私を山や川、雨のなか雪のなか、ありとあらゆるところへ引っ張り出してくれます。もし私の子ども時代に彼らが存在していたら、今頃違った人生を歩んでいたのかも……そんなふうに考えることもあります。

そして不思議と、ほかの生き物たちとの距離も近づいたような気がします。猟犬の血が騒ぐのか、散歩中に道端で出会うカラスにさえも果敢に立ち向かっていくので、まあ困ったものです。このような暮らしのなかで、人間の生活と地続きに存在する、生き物たちへの畏怖を肌で感じるようになりました。おのずと、人物画を中心としていた私の絵にも犬や鳥が登場するようになり、これもまた一つの転機となりました。

「夢の頃」S6号/2024年/岩絵具、土絵具、雲肌麻紙/個人蔵

2度目の子ども時代

今の生活に多少不便を感じることもあります。それでも、犬たちとの散歩中、川の向こうの山々に夕日が沈んでいくのを眺めていると、ここに移り住んで良かったとしみじみ思うのです。今日も「夕焼け小焼け」のチャイムが鳴り、子どもたちが各々の家庭へ帰っていきます。私たちは犬の首輪をピカピカと点滅させて、薄暗くなった近所をもう一回りして家路につくのです。

自然のなかで動物とあそび、絵本をめくり、好きな絵を描いているなんて。30代も半ばにさしかかりましたが、もう一度やってきた子ども時代を謳歌(おうか)しているような、そんな日々を過ごしています。

「夕焼け小焼け」の町で、夕方の散歩。

※メイン画像の作品は「叢日記」F10号/2025年/岩絵具、土絵具、雲肌麻紙
 

 

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