こどもとわたし

「ふたつの海」小池水音(小説家)

子育て |
アイキャッチ画像
「こどもとわたし」は、さまざまな方面で活躍する方々に「こども」というテーマでエッセイを執筆していただく連載です。書き手は、毎回変わります。

第3回は、小説家の小池水音(こいけ みずね)さん。子どもの思いがけない一言をきっかけにした、深く水中に潜るような思索の跡をつづっていただきました。

ふたつの海

小池 水音(小説家)

「ねえ、わるいイルカっている?」

いつかの電車内でまだ幼い子どもが、おかあさんのようにみえる大人にそう尋ねるのを聞いたことがありました。4歳から5歳ほどの女の子でした。

女の子のその問いは、そばに立って素知らぬ顔をしていた私の心に、深く響くものがありました。それは私が大学生のころに3年間、幼稚園でアルバイトをしていた経験も関係しているかもしれません。子どもたちの瑞々しい言動に心惹かれる日々から遠ざかり、慌ただしく働く会社員になって何年も経っていたからこそ、ひさびさに触れたそうした疑問に耳が奪われたのだとおもいます。


女の子の手を握るおかあさんのような女性は、いったいどんなふうに答えるのだろう。そう耳をそばだてていましたが、さあ、いるんじゃないの、といったあっさりとした答えがあって、それで話は終わってしまいました。女の子もそれ以上食い下がることはなく、ターミナル駅に着くとふたりは人混みに紛れ、車両から降りていってしまいました。大人の女性は、何かの考えごとをしていたのかもしれません。女の子は女の子でそれほど熱心な疑問ではなかったのか、あるいはそうした疑問を大人に投げかけることは、その子にとってありふれた日常だったのかもしれません。

そのとき、おそらく私は 27 歳前後だったはずです。女の子が口にした疑問がその後もどうにも忘れられないまま、私は 28 歳ではじめて書いた小説のなかで、登場人物の子どもがおなじことを尋ねる場面を書きました。「わからないままで」というその小説は私にとってのデビュー作となり、そして小説を読んでくれたひとの多くが、ほんの短いその場面について感想を口にしてくれました。

さあ、いるんじゃないの──そう答えた大人がもしかしたら頭に思い浮かべたかもしれない「わるいイルカ」というものを、私自身も思い描くことができます。限られた餌をわがものにしようというイルカ。群れのなかで弱い個体を攻撃するイルカ。そうした人間の社会でも生じるようなあらゆる「わるい」行いをするイルカが、広く厳しい海の世界のどこかにいても、なんらおかしくありません。

同時に、またべつの疑問が浮かびます。「わるい」行いをするイルカはすなわち、「わるいイルカ」なのだろうか? 一度でも「わるい」行いをしたら、生涯「わるいイルカ」だという烙印から逃れられないのか。「わるいイルカ」のする「いい」行いは、その烙印に埋もれてしまっていいものなのだろうか。小説に書いた登場人物の女性もまた思い悩みます。「わるいイルカ」がいるとして、じぶんもまたそれとおなじ「わるい娘」や、「わるい母親」だっただろうかと。

こうした込み入った考えごとをするうちに、小説がどうにも書き進まなくなった記憶があります。「わるい」ことや「いい」ことについて、突き詰めて考え抜いた答えのようなものを、小説のなかで示さなくてはならないのではないか。当時、どこかでそう気負ったところがあったのだとおもいます。

結局のところ私が書いたのは、重い病に伏せる登場人物が、海中深くを泳ぐイルカの姿をただのひとつの景色として思い浮かべる場面でした。人間の考える「いい」だとか、「わるい」だとかいった観念から逃れて、悠々と海を泳ぐイルカ。そのさまをお守りのように思い浮かべることで、登場人物は束の間、安らかに目を閉じていられると語ります。

そもそもじぶんはこのような疑問に、倫理学の教授のように明快に答えることなど、できっこないのだ──そんな開き直りが半分、けれどもう半分は、電車で女の子の疑問を耳にしたときから私は、頭であれこれ考えるかたわら、胸のなかではまさしくそうしたイルカの姿を、はっきりと浮かべていたのだとおもいます。そしてまた小説の登場人物が抱いたのとおなじ安らぎを、すでに分け与えられていたのだと。

私が小説のなかで苦労をして実現しようとする多くのことは、そのようにひとが暮らしている日常の端々で、長い文章も、気の利いた展開も必要とせずに、あっけなく起こっていることばかりです。ひとがひとと接して、何かを受け渡そうとすること。あるいはその何かが、惜しくも失われてしまうこと。

ひとは「子ども」と呼ばれる幼い時期、どうやらそのような受け渡しを通して、世界の手触りのようなものをたしかめてゆくようです。その手触りを子どもたちとともにたしかめ直した 20 歳前後の日々が私に、小説を書くときはもちろん、日々生活を営むうえでの柔らかな手足のようなものを与えてくれたことは、疑いようがないことです。

まだまだここに書きたいような、幼稚園の子どもたちの言動がたくさん思い出されます。しかしそれよりもずっとたくさんの、もうすっかり忘れてしまった膨大な言動の数々が、かつてたしかにありました。子どもがさめざめと泣くのを待ちつづけた時間の静けさや、お弁当のあとで好き好きに遊ぶ子ども同士が楽しげに叫んだ言葉は、時とともに鮮明には思い出せなくなってきています。

正直に言えばそれはとても残念なことです。しかし、たとえそのひとつひとつが思い出せなくとも、あるいは電車で見知らぬ女の子から分け与えられるようなことがなくとも、自分自身であらたに世界と接するための術を、じぶんはもう教わっている──そのことを私は、折に触れて思い出すようにしています。

数十頭もの群れのなかをイルカは泳ぎます。嵐の日には荒れた海面を出たほんの一瞬で息を吸いこんでは、暗く穏やかな海中深くへと沈むことをくりかえします。晴れの日にはきらめく海面を突き破っては、水面にからだを気持ちよく打ちつけます。

ときおり一匹がほんのすこしだけ群れから離れて、水泡のないまっさらの海中をゆくとき、背や腹に触れる水温が、なぜだか冷たく感じられます。冷たさはその一匹に言いようのないおそれと、おなじだけの好奇心を与えます。より冷たく、より暗いこの流れに、身を委ねてしまおうか。そんな思いつきがひとときイルカの頭を占めては、群れから届く鳴き声によってわれにかえり、ふたたび浅海に向けてひれを打ちます。

イルカは群れにもどります。まるで何もなかったかのように装いながら、その頭には実のところ、海の深くへと泳いでいったかもしれないみずからの姿が思い浮かんでいます。そこにあるはずの静けさに、いっそう冷ややかな海水に、まるで実際に触れたかのようにはしゃぎながら、隣にいるイルカと胸びれを擦り合わせます。そして海の深くに向け、歌に似た声を投げかけます。

餌となるイワシやアジの大群を嗅ぎつけた群れの先頭集団は、40 キロ、50 キロと、いっそう速度をあげてゆきます。その群れから離されないようにと流線のからだをくねらせながら、たったいまこのときもイルカは、青々とした海と、深く暗い冷たい海と、ふたつの海を悠々と泳ぎつづけます。

イラスト・三溝美知子

 

この記事をシェアする