北海道で、長年にわたり、子どもの心に寄りそってきた児童精神科の先生がいます。
田中康雄先生は、発達障害や不登校など、子どものこころの悩みとからだの症状に、真摯に向きあってきました。
診察室で先生は、子どもに、親に、どんな「ことば」を伝えるのでしょうか?
子育てのヒントが詰まった連載です。
第4回は、勉強でつまずいている小3のきよしくんが来院。読み、書き、計算にかかわる「学習障害」について詳しくお話します。
みなさん、こんにちは。
今回は、小学3年生のきよしくん。1年生のころから字を書くのが思うようにいかないことで困っています。
《問診票より》
6月某日
・きよしくん(仮名)、小学3年生。
・国語の時間、漢字を書くことがとても苦手で、だんだんノートをとらなくなった。
・字を書くことが苦手なことに母は1年生のときから気づき、家庭学習などで対応はしてきたが、夏休みを前に親子で来院。
いつものように、診察室でまずはきよしくんに挨拶をしてから、僕は「お母さんから、漢字がとても苦手で困っているって聞いたけど」と話しかけました。
きよしくんは、ちょっと考えてからうなずきました。
「漢字を読むのは大丈夫かな?」と聞くと、「だいじょうぶ」と答えます。
「勉強ってひとりひとり、得意、苦手があるものでね。漢字が得意な子もいれば、九九が苦手な子もいる」
「ぼく、九九はだいじょうぶ」
「そうか、すばらしい! きよしくんは漢字は読める、でも書くのは苦手なんだね」
きよしくんはこくんとうなずきます。
「文字ってね、『読めないと書けない』って言われている。きよしくんが読めるのに書けない理由を、すこし検査などで調べてみてもよいかな。あっ、検査っていっても痛いことではなくて、質問して答えてもらったり、それこそ書いてもらったりするものもあるけれど」
きよしくんはうなずいてくれました。
待合室できよしくんには待っていてもらい、母親にこれまでの経過を確認します。
持参してもらった漢字テストを見せてもらいましたが、書けている漢字自体が非常に少なく、書いてあっても創作的な文字になっていたりしました。さらに聞いてみると、ひらがなも一部鏡文字になっていたり、カタカナとひらがなの区別があいまいだったりのようです。
きよしくんは、小学校に入学してから集団生活で特に問題はなく、楽しく通えていて、1年生のときには先生に「みんなそれほどしっかり書けないので大丈夫です」と言われたとのことでした。
学習のつまずきは、注意力や記憶力、やる気の有無も関与するため、日々の生活において他につまずきがないかについても、同時に聞き取るようにしています。

字が書けない、読めないといった学習のつまずきは、だれかに指摘される前に、子ども自身で自覚しています。
僕が、最初に診察した子は当時中学2年生で、「ぼくは自分で自分のことを馬鹿だなとわかる程度なので、それほどではないんだと思っていた」と語っていました。精査の末、知的に問題はなく、「読み」と「書き」につまずきのある「学習障害」と診断したとき、彼は「僕の努力不足でも、馬鹿だからというわけでもなかったんですね」とほっとした表情で語ったことが忘れられません。
そのとき、僕は、彼が、「自分は努力してない」「ダメなんだ」と自己否定していたことを痛感したのです。勉強の結果を聞くこと、知ることは、本人にとって「できないこと」を示すことになります。
そこには何かしらの心の傷があったと思うので、その人ができないことだけでなく、「頑張って書こうとしている」「筆圧が強い」「丁寧に書こうとしている」といった、良い面を強調することを心がけています。
「学習障害」とは、知的な発達には遅れはないけれど、「読み」「書き」「計算」を体得することが難しい場合に、ひょっとして……と疑ってみる診断名で、今は「限局性学習症」とも言われています。
例えば、パソコンを例にしてみます。情報は、キーボードやマウスなどで入力します。その情報は、コンピューターの中枢で統合的に処理されます。このとき、実行の制御を行う装置(CPU)と記憶装置のメモリー(ROM、RAM、ハードディスクなど)の機能により、処理の速度や容量に大きな差がでます。そして、その結果はモニターやプリンターから出力されます。
人の場合、なかなか頭に入らない、誤って認識するという入力のつまずき。そして、かなりの時間がかかる、あるいはフリーズしてしまうという処理のつまずき。結果、正しいアウトプットができないという出力のつまずき。このような情報の入力、処理、出力により、「学習」の程度が評価されます。
「学習障害」という脳のタイプを僕たちが診るとき、この3つのどこがうまくいっていないのかを検討します。そこには、聞き間違いとか、不注意、不器用さも影響することがあります。なかなか一筋縄ではいきません。心理検査などを活用し、ここがうまくいかないのではないか? と都度仮説を立てていきます。
ただ、学習は学校内で工夫していただくしかないので、先生に連絡し、対応をお願いするのです。
以前、学習障害と診断した子のことで学校に赴き、理解を深めてもらおうとしたところ、「田中さん、漢字なんてね、100 回書いたら手が覚えてくれるの。この子は努力不足なんだよ」と言われたことは忘れることはできません。
それでもその子は漢字を 100 回書きました。でも、20 回目くらいからは形も崩れて最後は何がなんだかわからないものになりました。これがその子の頭のなかで起きていることだと僕は理解しました。ですが、その先生は、「ふざけているのか」と言ったそうです。
学習に関してはこうした「努力」を強いられる場面が多いのですが、学習障害の子の場合、100 回書いても書けるようになるとは限りません。また他者と比べられ、辛辣(しんらつ)な評価に晒(さら)されます。
かなり以前、学校に足を運んだときのこと、廊下にその教室の生徒たちの作文が展示されていました。そこで僕はひとりの生徒の作文を前に、足が止まりました。『うんどう会のおもいで 佑とう〇〇(〇〇は実際の名前)」その作文は何度も消しては書いていました。担任に確認をとったところその子は「佐藤」くんだったわけです。にんべんに左と書くべきところを、にんべんに右と書いた。「おしい!」と思いながら、担任の先生には、廊下に貼る前にその子に修正させてあげてほしかった、と感じました。
診断には、日々の生活や学習状況に加え、全般的な認知機能や言語発達の程度を確認するために知能検査を行います。他にも視覚認知検査や記憶力検査など多数の検査がありますが、僕は、学習に直接参考になる検査のほかに、心の状態のチェックもするようにしています。学習のつまずきだけでなく、今のこの子の思いをすこしでも捉えておきたいからです。
きよしくんは、知的には正常範囲と言えること、また、検査から「書き」だけでなく実際には「読み」も苦手であったことがわかりました。本人が「大丈夫」と言っていたのは、雰囲気でなんとなく読めるように感じていたからです。でも、実際に音読してみると、読めない語句を飛ばして読んでいたこともわかりました。
僕は、検査結果を親と本人に伝えました。これまでのつまずきは、知的な能力の問題や、やる気の有無ではないこと、そして、日本語を母語とする場合、文字はひらがな、カタカナ、漢字、英語の順番でむずかしくなると言われていることを。きよしくんの場合も、ひらがなやカタカナよりも、漢字の「読み書き」に課題があることは明らかでした。
あとは、学校との連携です。いつものように学校へ手紙を書きます。検査結果も詳しくお伝えし、学校でできる対応を探ります。
特別支援学級に行くことは、きよしくんも親も希望されませんでした。きよしくんには今のクラスに友達がたくさんいるのです。
すると、放課後に「ことばの教室(※)」を活用することを学校側が提案してくれました。
こうした学習の場の提供や提案については学校ごとに異なります。「まったく対応できない」と言われたこともあれば、「特別支援学級でないと無理」と言われたこともあります。「家庭学習で対応してください」ということもありました。
いずれにしてもその子にあった学習支援を検討しないといけません。
学習方法は複数提案します。よく行うのは、
1.ひらがなの短文を手拍子を使ってリズミカルに音読する。
2.次は国語の教科書の漢字にフリガナをつけてリズミカルに読む。読めたらフリガナを消して読む。
3.その漢字をカードに抜き出して、音読と書字を行う。
4.カードの表に読み、裏に漢字を書いて、フラッシュカードのように表裏を何度も反転させて見る。このカードを単語帳のようにして、時間があるときに確認し続ける。
5.書字については、その漢字だけのテストをする。書けなかった漢字は明日にまた取り組む。書けなかった漢字が5問中3問あれば、翌日は2問だけ新規の漢字にして5問を書く。
6.読み聞かせをして内容をどう把握しているかを口頭で答えてもらう。
……などです。これは提案であり、どれがきよしくんに合うかは試行錯誤となります。当然、学校の先生のほうがより正しい指導方法を見つけてくれると思っています。
さて、僕の手の内は、相変わらずこんなかんじです。
学習障害に関しては、学校側の取り組みが必須なので、一番連携が求められます。
※ことばの教室…言葉の発達や聞こえ、コミュニケーションに不安がある子どものために、小中学校や地域に設置されている公的な指導・相談の場のこと。

学習障害のある子が歩む道のりは、ひとりひとり異なり、時には試行錯誤の連続となります。当たり前のことですが、人の可能性や価値はひとつの側面だけで測れるものではありません。
きよしくんも、通院を重ねる中で、彼なりに歩んでいきました。その中で僕が大切にしているのは、きよしくんが自信を失わず、安心して自分らしく学び続けられるよう、しっかりと見守り続けることです。
経過のなかで、きよしくんは「聞いたことに答える」という素晴らしい強みを大きく伸ばしていきました。 そして、その強みを活かせるよう、口頭試問(口頭での質問に対し、口頭で回答する試験形式)による評価を、学校が柔軟に取り入れてくれました。現在は、記述式のテストと口頭試問を選択して受けています。これは、きよしくんが自分にある本当の力を発揮するための、今できる最善な環境づくりだと感じています。
イラスト・早川世詩男
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