こどもとわたし

「黒ばらさんと、我が母マダム・バタフライ」大木亜希子(小説家)

子育て |
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「こどもとわたし」は、さまざまな方面で活躍する方々に「こども」というテーマでエッセイを執筆していただく連載です。書き手は、毎回変わります。

第4回は、小説家の大木亜希子さん。児童文学が幼い大木さんにかけた “魔法” について、瑞々しい言葉でつづっていただきました。

黒ばらさんと、我が母 マダム・バタフライ

大木 亜希子(小説家)

私が中学生の頃の話だ。それまで専業主婦だった母が、占い師になった。
一家の大黒柱であった父が病に倒れたため、私を含む4人の娘たちの生活費を緊急で稼がなければならなくなったからだ。

とはいえ、以前から母は占いが特技だった。四柱推命やタロットカードなどを用いては、よく娘たちの恋愛相談に乗ってくれた。娘たちだけでなく娘の友達、つまりは私の友人の相談に乗ることもあり、その評判は上々だった。

当時、私は駆け出しの女優として芸能活動をしていたのだが、ある日、某人気俳優との不毛な恋に悩む同業の友人が母を訪ねてきたこともある。話を聞くなり母は「辛かったね」と言って慈愛に満ちた表情を浮かべ、彼女の痛みに寄り添った。

一方で、相手がいくら有名人だろうと関係なく、男性側の不誠実さについて率直に指摘し、最後は占いの結果を元に導き出した彼女の人生のポテンシャルの高さについて力強く述べてあげていた。

相手の話を決して遮らず、親身にはなるが決して流されない。

母の鑑定は一貫しており、最初は恋愛に疲れ切って沈痛な面持ちを浮かべていた友人も、最後は「なんか私、もう彼がいなくても平気だわ」と言って笑顔を見せられるようになっていた。

それが我が母、マダム・バタフライである。
プッチーニのオペラから占い師としての名を拝借するあたり、母の美意識の強さを感じる。
 
 

 
元よりコミュニケーション能力に優れていた母の占いはすぐ繁盛し、しばらくするとリピーターも増えたようだ。毎晩、自宅1階の空き部屋に籠っては、相談者の話を電話で聞いていた。しかし、私自身は常々、母から「仕事の最中は絶対に部屋に入ってこないでね」と念押しをされていたので、彼女が働く光景は扉越しにしか見たことがない。

それでも母が仕事を終えて立ち去った後、その部屋に足を踏み入れると、机の上には鑑定で使用したとみられる美しい絵柄のタロットカードや専門書が置かれており、それらを眺めているだけで、魔法使いの秘密基地にいるような気分になった。

続けて、こう思った。「黒ばらさんみたい」と。 


黒ばらさんとは、末吉暁子さんが書かれた児童書『黒ばらさんの七つの魔法』(偕成社 ※品切)に登場する主人公のことである。私はこの物語に小学生の頃に出会って以来、定期的に読み返しては、その世界観に浸っている。物語のあらすじは、ざっとこのようなものだ。

黒ばらさんは見た目こそ 40 歳だが、実年齢は 135 歳。本物の魔法使いで、飛行術と変身術を使うことができる。もちろん魔法が使えることは、周囲の人間達には内緒。 普段は駅ビルの一室を借りて、悩める人の愚痴を聞いてあげたり、相談にのってあげたりしている。チャーミングでおしゃれな彼女のもとには、日々さまざまな出来事が舞い込んでくる。


 

『黒ばらさんの七つの魔法』末吉暁子 作 牧野鈴子 絵/偕成社


ある日、黒ばらさんは車にはねられそうになった男の子を目撃する。
ハンドルの操作を誤り暴走した車が、道路を渡ろうとしていた彼に向かって突進したのだ。しかし、男の子が驚きの表情を浮かべた瞬間、なぜか車は停止して彼は無事だった。
不思議に思った黒ばらさんが後日その少年を探し出して話しかけると、彼の名は秀之くんといい、物の動きを止める力を持っていると分かった。

同じ団地に住んでいることが判明した2人は世間話をしながら帰路に就くが、彼はお母さんが病に臥していると教えてくれた。困った人を見ると放っておけない彼女は、その後も秀之くんと交流を深め、彼の話に耳を傾けながら良き相談相手になっていく。

物語が進む中で秀之くんのお母さんは亡くなり、お父さんも詐欺で捕まってしまうのだが、天涯孤独となった彼に黒ばらさんは「君、本物の魔法使いになる気はない?」と提案する。魔法学校に入学すれば、彼が自分らしく生きられるのではないかと考えたのだ。
最初は不安を感じていた秀之くんも彼女の優しさに触れるうちに心境が変化し、最終的にその提案を受け入れるのだった。
 


前段の、マダム・バタフライの活動に話を戻そう。
その後、しばらくのあいだ母の鑑定は繁盛していたが、ある日、諸般の事情により仕事を辞めざるを得なくなった。

「せっかくこんなにお客さんがついたのに……」そう言って引退を惜しむ私に向かって、彼女は潔い表情で言った。「占いは迷ってる人の背中を押せる素晴らしいものだけど、本当は誰でも自分で悩みを解決できる力を持ってるし、私がいなくても大丈夫よ」と。
その瞬間、再び私は黒ばらさんを思い出した。本作にも、このような一文があるからだ。

「もちろん、変身術や飛行術が役にたつことがあれば、おしみなくつかいますが、たいがいは、その必要もありません。ただ、ただ、自分のぐちをきいてもらえれば、それで気が晴れるという人が、ほとんどですから……。」¹ と。

母も黒ばらさんも困っている人がいたら惜しみなく助けるが、相手の可能性を信じ、より良い未来を模索して最後は本人の選択を尊重する。そして、その人がひとつの結論に到達した時は心の中で拍手を送り、以降はそっと遠くから見守る。
 


今日もこの世界には、黒ばらさんや母のような「魔法使い」が案外、大勢いるのだろう。日頃から人生に悩みまくっている私自身も、経験を積むことでその一員になれるかもしれない。大人になった今そのように思えるのは、長い時を経て効く黒ばらさんの魔法だろうか。

私は今でも、叶うことならば彼女に会ってみたくて仕方がない。

イラスト・杉田比呂美

1. 末吉暁子 作, 牧野鈴子 絵. 『黒ばらさんの七つの魔法』. 第1刷. 偕成社; 1991. p.109-110.

 

 

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