月刊絵本「こどものとも」を創刊し、多くの子どもたちに愛される絵本や童話の数々を送り出した編集者・松居直(まつい ただし)。この連載では、松居が2004年9月から2005年3月にかけて新入社員に向けて行った連続講義の内容を編集し、公開していきます。
『くりひろい』は、近年の中国の絵本のお話を、日本で初めて紹介した作品だと思います。私は、戦後の日本の子どもの本にアジアのお話をできるだけ取り入れたい、特に中国の現代の作品を取り入れたいと思っていましたから、中国へいらっしゃる方にお願いして、あちらの絵本を買い集めていたんです。当時は、薄くて小型の造りのよくない絵本しか出ていませんでした。それでも中には、ストーリーがおもしろいものがあるんですね。
その中に、この厳大椿(イエン・ターチュン)さんの「くりひろい」というお話がありました。この話ならいけるだろうということで、「こどものとも」のラインナップに入れました。上海の少年児童出版社から出ていた本で、厳大椿さんはそこの編集者をしていらした方でした。
上沢謙二さん(*1)が編んだ本に収められている、チェコのボヘミア地方の昔話を絵本にしたものです。そして、荻太郎さんが絵を描かれた最初の絵本です。荻太郎さんは、新制作協会の洋画部門の画家で、本当に実力のある方でした。
荻太郎さんにこの絵本を描いていただいたとき、「スイスでは、こんなによい絵本が出ているんです」と、5冊ほど持参しました。その中にアロイス・カリジェ(*2)の作品もありました。カリジェの絵本は、岩波書店から『アルプスのきょうだい』や『大雪』が刊行されています。荻さんはそれを見て本当に感心されました。その後、完成した絵を拝見すると、カリジェの影響が現れているように感じました。
ちなみに荻太郎さんと同じ新制作協会の洋画の部門で、私が好きだった方に、脇田和(わきた かず・*3)さんがいらっしゃって、後に単行本の『おだんごぱん』(1966年)を描いていただくことになります。
この絵本は私が物語を書いています。編集者である私がなぜ物語を書くようになったかというと、蒸気機関車を主人公にした物語絵本を出したいと思ったけれど、イメージに合うお話を書いてくださる方がなかなか思い浮かばなかったんです。それでも何とか刊行したいと思って、絵描きさんをまず探しました。
この絵本の絵を描いているのは、新制作協会展に洋画を出品していらした太田忠さんという絵描きさんです。展覧会を見に行きますと、太田忠さんの絵はかなり大きな風景画で、非常に不思議な遠近法を使っているんです。西洋の遠近法ではなくて、東洋の三遠法(*4)という遠近法に近い絵を、油彩で描いていらっしゃる。そして、どの作品にも、どこかに汽車が描かれているんです。それが印象的でした。
展覧会場でばったり荻太郎さんにお目にかかった時に、「この絵を描いたのは、どういう方ですか? いつも汽車を描いていますね」と質問したら、「この作者は国鉄の機関士ですよ」と教えてくださいました。それで僕は太田忠さんがいらっしゃる広島へ飛んでいきました。
その頃はもう現役を退いていらしたんですけど、お会いしてみると、本当に叩き上げの国鉄の機関士なんですね。油絵の画家としても、新制作協会の中ではすでに名前が通っていました。それで「汽車の絵本を描いていただけますか?」とお尋ねしたら、「喜んで描きますよ」と。
この訪問の時、広島駅で太田さんに「機関車に乗ってみますか?」と言われたんです。「それはもう乗りたいですよ、そんなの夢です」と言ったら、「じゃあこの菜っ葉服(*5)に着替えなさい」と言われて、私は背広の上から菜っ葉服を着まして、機関士が乗っているところへ乗せてもらいました。広島から三次(みよし)へ行く間です。
僕はそのときに太田さんの絵の秘密がわかりました。機関車というのは、ものすごく背が高いでしょう。しかも、だいたい土手の上を走っていますよね。機関車から見ますと、近景は下に見えるんですよ。そして、ちょうど家の2階ぐらいのところに機関士と機関助士がいて、釜を焚いているんです。下の方に近景が見えて、向こうに遠景が見えて、さらに山が見える。ああ、太田さんの絵はこれか、それで三遠法みたいな絵になるんだなと思いました。とってもおもしろい経験ができましたから、私はその時の経験をもとにして、この絵本のストーリーを作ったんです。
長新太さんにお願いした最初の絵本です。中川正文さんに物語を書いていただいて、あまりにおもしろいものですから、まず堀内誠一さん(*6)のところに持って行ったんです。でも、その頃にはもう堀内誠一さんには別の仕事を頼んでありました。当時お願いしていたのは、グリム童話の『七わのからす』だったんですけれど、最初と最後の場面がなかなか仕上がらなかったので、「それなら違う話を持っていこう」と思ったんです。すると、堀内さんは原稿を読んで、「僕より適任者がいますよ」とおっしゃった。
……そういうところが堀内誠一なんだな。ぱっと読んで、これに合う人というのが思い浮かぶんです。堀内さんは本当に、アートディレクターであるとともに、プロデューサー的なセンスがある方でした。「ご紹介します」と言われて、後日、堀内さんのオフィスで長新太(ちょう しんた)さんに会いました。
私はそれまで長新太という名前を聞いたことがなくて、漫画家ということは堀内さんからちらっと聞いていたんですけどね、会ってみると本当に愛想のない無口な人で、何もしゃべらないんです。それでも話をつないでいると、漫画家のアンドレ・フランソワ(*7)の話題になった。長さんは、フランソワにものすごく興味をもっていたんです。日本ではまだ知る人ぞ知る存在でした。「あら、この人はフランソワが好きなのか」と、ちょっとおもしろいと思った。しかも堀内さんが推薦するんですから、これは賭けてみようと。
この絵本の原画が完成するまで、私は長さんの絵は1枚も見ていないのです。長さんは途中で編集者に絵を見せるような人じゃない。絶対に途中で見せないかわりに、締め切りはきちんと守りました。またその絵が大きいんですよ。天地左右が本の倍ぐらいの、大きな絵なんです。そんなに大きな絵を、絵本のために描く人は珍しかった。私が編集部でその絵を見ていたら、瀬田貞二さんがひょっこり現れて、長さんの絵を、もう本当にじーっとご覧になるんです。しばらくして「日本にも国際級の絵描きさんが生まれましたね」とおっしゃった。瀬田さんは長さんのもっている何かを見抜いたんですね。
最初に会った時に長さんは、「『こどものとも』で山中春雄さんという人が絵を描いているでしょう、僕は大好きなんですが」とおっしゃったんです。そして、「山中さんが絵本を描けるんだったら、僕も描けるかもしれないね」とおっしゃった。その感じが私は大変気に入ったんです。
このような絵描きさんや作家とのやりとりの中で、私はごく新人の編集者として仕事をしてきたわけです。
『でてきて おひさま』は、丸木俊(まるき とし・*8)さんが描いています。夫の丸木位里(まるき いり)さんとともに「原爆の図」を第10部までお描きになって、間もなくの頃の作品です。丸木俊さんは、デッサンの非常によくできる方です。それを存じ上げていましたので、丸木俊さんにこのスロバキアの民話の挿絵をお願いしたんです。
『ピー、うみへいく』は、山本忠敬(やまもと ただよし・*9)さんが描いた最初の絵本ですね。山本忠敬さんはアニメーションの会社の研究所にいらしたから、乗り物に表情をつけて擬人化するような手法に理解のある方でした。
*1 上沢謙二(1890-1978) 児童文学作家。絵本に『3びきのこどものひつじ』、編著に『世界クリスマス伝説集』(中央出版社)、『クリスマス童話伝説集』(ヨルダン社・1975年)など。
*2 アロイス・カリジェ(1902-1985) スイスの画家。挿絵を担当した絵本に『大雪』『ウルスリのすず』(岩波書店)などがある。1966年に国際アンデルセン賞を受賞。
*3 脇田和(1908-2005年) 洋画家。東京藝術大学で教鞭をとり、名誉教授まで務めた。長野県の軽井沢の脇田美術館が多くの作品を所蔵。
*4 三遠法は、主に水墨画で用いられる遠近法。高遠(下から見上げる)・平遠(水平に見る)・深遠(深く見下ろす)の3つ視点を、ひとつの絵の中に落とし込む手法。
*5 菜っ葉服は、青色の作業服のこと。国鉄の機関士が着用していた作業服を指す場合もある。
*6 堀内誠一(1932-1987年) デザイナー、絵本作家。14歳で伊勢丹百貨店に入社し、1955年にアド・センター株式会社を立ち上げ、デザイナーとして活躍。雑誌のデザインのほか、絵本の挿絵も多く手掛けた。『ぐるんぱのようちえん』『たろうのおでかけ』『こすずめのぼうけん』『てんのくぎを うちにいった はりっこ』『ちのはなし』など。
*7 アンドレ・フランソワ(1915-2005年) フランスのグラフィックデザイナー、画家、絵本作家。「VOGUE」等の雑誌の表紙も手掛けた。
*8 丸木俊(1912-2000年) 洋画家。丸木俊子の名前で活動した時期もある。広島で原爆投下後の惨状を目にし、夫の丸木位里とともに一連の作品群「原爆の図」を描いた。
*9 山本忠敬(1916-2003年) 絵本作家。東京美術学校を卒業後、東京シネマ漫画映画研究所員に。その後、中学校講師やデザインの仕事を経て、絵本の挿絵を手がけるようになる。『しょうぼうじどうしゃ じぷた』『しゅっぱつ しんこう!』『ずかん・じどうしゃ』『とべ! ちいさいプロペラき』など。
*出版社名の記載のないものは福音館書店刊
イラスト・佐藤奈々瀬
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