いそがしい日々のなかで、ほっと一息つきたいとき、どうしていますか? この連載では、気になるあの人に「ほっとするとき ほっとするもの」をうかがいます。
第 12 回は、『モノレールのたび』『キャンピングカーのたび』などの著作があり、新刊『LRT しんかした ろめんでんしゃ ライトレール』を刊行したみねおみつさんです。

仕事机の横の壁にウクレレが掛けてある。手を伸ばせば届く距離だ。絵を描く集中力が途切れた時に、ポロンポロンと思い付きのメロディを爪弾いたり、鼻歌に伴奏を付けたりして気分を変える。5分も演(や)ればOK。また仕事に戻る。
昨年、中学校時代の同級生S君と数十年ぶりに再会した。彼は中学当時、既に「アルハンブラの思い出」を弾きこなす程のギターの名手であった。だが、社会人になってからは全く楽器を手にしてこなかったという。そこで余っていたウクレレをプレゼントすると、時折、拙宅を訪ねて来るようになった。彼が来ると、仕事はさておき、ウクレレ練習のお相手をする。昔取った杵柄(きねづか)なのか、彼の上達は目覚ましい。最近はパートを分けて合奏するまでになった。それはそれで楽しいのだが、次に彼が来るまでに自分のパートを練習しておかねばならない。
今では、ウクレレを手にしてほっとするより、上達しなければと焦っている自分がいる。

左手の甲に白い古傷が残っている。小学生の頃、犬に嚙まれた痕だ。その頃、犬は番犬と称して庭先で飼うのが普通だった。通学路につぶらな目をした飼犬がいた。触ってみたい気持ちを抑えきれず、ある日、庭先に入り込んで頭を撫でようとした。瞬間、ガブリ! 狂犬病の何たるかも知らぬ小学生は、首から上が犬の頭になってよだれをダラダラと流している自分を想像して、恐怖のどん底に落ちた。それ以来、私は動物と意思の疎通を図ろうなどと思わなくなった。
ところが数年前、ホームセンターで、またつぶらな瞳に出会ってしまった。その目はアクアコーナーの水槽の中から「私を連れていって」と訴えていた。彼らは今、私の家で暮らしている。餌を貰う時以外、人には無関心だ。無心に泳ぐ彼らを見ているとほっとする。水に指を入れると餌と間違えて口で突いてくるが、よもや狂魚病は無いだろう。

絵を描いていると運動不足になりがちだ。仕事に集中していると、散歩に出かけるタイミングさえ逃してしまう。そこで目を付けたのが、エアロバイク。天候、気温、時間、服装、それらに関係なく、家の中ですぐに運動を始められる。最近、このバイクにストリートビューと連動させる装置をつけた。ペダルを漕ぐと移動画像をモニターに再生できるのだ。
手始めに宗谷岬から襟裳岬まで走ってみた。1日1時間前後の走行を目指し、途中で出会った風景をスクショして、走行後に記録をつける。リアル感を出すため、走行負荷を登坂では強く、下降は減ずるマイルールを決めた。670 kmを 40 時間かけて走破した。実走とは別物だが、それなりの面白さはある。その後、納沙布岬に向かい、現在は知床半島を走行中だ。1時間も走ると結構汗もかく。これは、ほっとするものではなく、ホットするものだ。
文・写真 みねお みつ

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