親の知らない 子どもの時間

第15回 自立と自律 ─ オムツとパンツ ─

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子どもと過ごす時間を大切に思っていても、いつも一緒というわけにはいきません。入園すると子どもは親の手を離れ、園で多くの時間を過ごします。わかっているようで、じつはよく知らない「子どもの園生活」。この連載では、大阪府堺市の「おおとりの森こども園」で保育に携わる松本崇史さんの目を通して、子どもたちの日々を覗いていきます。

自立と自律 ─ オムツとパンツ ─

赤ちゃん──保育に長年携わっていても、不思議だなと思う存在です。ただ寝転んでいるだけで愛しい存在ですが、その時期はあっという間に過ぎ去っていきます。人の一生の中で、最も成長による変化が激しい時期かもしれません。

ミルクしか飲めなかった赤ちゃんが、1年ちょっとで大人と同じようなものを食べるようになります。抱っこやおんぶをしてもらわないと寝られなかった子が、自分でベッドに入って寝るようになります。オムツをして、おしっこもうんちもそのまま出していた子が、トイレで出すようになります。その変化は、人として生活していくために必要なことを会得していくプロセスでもあります。

泣きながら自立していく子どもたち

お昼寝から目覚めた0歳児のMくんが、トイレにやってきて便器に座りました。そばで保育者が手を握ったり、歌を歌ったりしています。ここにくると、保育者が笑顔で優しくかかわってくれます。

その日、Mくんは「しー」と便器でおしっこが出ました。人生で初めての体験です。何が起こったかわからず、Mくんはびっくりして、「わー!!」と泣きはじめました。──でも、目の前の保育者たちは「わー!!」と喜んでいます。自分の「わー!!」とはようすが違います。みんなが笑顔で、喜びにあふれ、拍手をしながら「やったねー!」と言っています。涙を頬につけたまま、Mくんは「うん?」と不思議そう。まわりの大人が喜んでいるのを見て、Mくんもだんだん笑顔になっていきます。

これは、毎年のように目にする光景です。排泄という営みにおける、大きな「自立」(自分のことは自分でするという心のありよう)の瞬間です。

保育者は、子どもたちの人生初の体験に立ちあいます。子どもたちと共に過ごしていて感じるのは、「自立」の瞬間に、「泣く」ことが少なからずあるということです。何かが「できた」ときの心の表現は、笑顔だけではないのですね。

憧れ ─ 主体性を生み出すもの

こども園では、少しずつ周囲の友だちがオムツからパンツに変わっていきます。「今日からパンツだね」という言葉を、周りのみんなが聞いています。

ある日、今までトイレに行こうとしなかった1歳児のAちゃんが、保育者に「しーしーいく?」と誘われて、「うん」とトイレに行きました。しばらくたっても、何も出ません。Aちゃんの顔はこわばっていきます。

それでも保育者がニコニコしながらそばにいると、「しー」とおしっこが出てきました。保育者が「出たねー」と言うと、パッと顔が明るくなりました。

憧れ──それは、子どもの主体性を生み出す最高の仕掛けです。憧れがあるからこそ、子どもたちは未来へ進もうとします。その憧れは、他者との関わりの中で生まれます。友だちがほめられていたり、共に喜び合っていたりする姿を見ていると、「自分もやりたい」「自分もそうなりたい」という思いが生まれます。そして、行動に移していきます。
保育者は、その気持ちを追いかけます。「あなたのままでいいんだよ」とただ肯定するのではなく、「次にいきたいんだね」と、共に歩みます。

おしっこが自分でできるようになることは、目に見える「自立」ですが、そこから目には見えない「自律」(他者のために行動できる心のありよう)につながっていくことがあります。現場感覚になりますが、パンツになった子はすこし顔つきが変わります。幼かった雰囲気から、ちょっと成長した幼児の雰囲気になっていきます。そして、色々なことにチャレンジしようとする子が現れます。そのチャレンジには、他者とのかかわりに関することも含まれています。

近年は、性能のよい使い捨てオムツがあるので、積極的に働きかけず、自分のペースでパンツになればよいという傾向が強くなっています。確かに、子どもにストレスがたまるような、強制的なパンツへの移行であれば、それはよいとはいえません。ただ、子どもが自立に向かうために、大人に何ができるか考えつづけることは大切だと思っています。

そろそろ自分でやったら?

ある6歳の男の子が、まだ自分でお尻をふけませんでした。母親がいつもきれいにふいてくれていました。その日も、その子は母親にふいてもらおうと思いました。すると、急に父親が「そろそろ自分でやったらどうだ?」と言いました。

その男の子は、頭をがーんと打たれたような感覚に陥ります。
でも、その日からお尻を自分でふくようになりました。お風呂も自分で入るようになりました。さて、この男の子は誰でしょう?

──それは、著者本人です。今も強く残っている思い出です。

「そろそろ」という言葉に、父親が込めた思いは何だったでしょう。
「いつまで……」という呆れもあったかもしれませんが、その裏には「成長してほしい」「できなかったら本人が後々困る」という思いがあったと思います。

そうした「前に進もう」という視座も、保育には必要なものです。思い留まらせることだけが、保育者の仕事ではありません。子どもが主体的に自立と自律に向かっていくこと──それが、子どもと共に過ごす私たち保育者の大切な方向性なのです。

 イラスト・おおつか章世
  

 
 

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