こどものこころの保健室

《こどものこころの保健室》第7回 自分で自分を傷つける──自傷行為|精神科医・田中康雄  #子育て #発達

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北海道で、長年にわたり、子どもの心に寄りそってきた児童精神科の先生がいます。
田中康雄先生は、発達障害や不登校など、子どものこころの悩みとからだの症状に、真摯に向きあってきました。
診察室で先生は、子どもに、親に、どんな「ことば」を伝えるのでしょうか?
子育てのヒントが詰まった連載です。

第7回は、子どもの「自傷行為」について。

きょうの相談

みなさん、こんにちは。今回は、少し深刻なテーマになります。
外来には、自分で自分の腕に傷をつけてしまったり、市販薬を多めに服用してしまったり、というお子さんの相談に来られる方々もいます。大人が思っている以上に、そこにはつらい思いが隠れているのです。

《問診票より》

・9月某日
・さなえさん(仮名) 中学1年生
・小学4年生まではクラスでも明るく元気だったが、5年生のクラス替え以降、ときどき登校渋りをするように。
・中学入学後、1学期は比較的元気に登校していたが、夏休み明けから生活が昼夜逆転。自室で自分の腕や手の甲をカッターやカミソリで切ったり、買ってきた市販薬を過量服用したりしていることに気づいた母が相談の予約を入れた。

診察室にて

待合室へ迎えにいくと、さなえさんは母親の隣でスマホを操作していて、父親は少し離れて座っていました。さなえさんが無言で診察室に入ると、ご両親がそのあとについてきました。

僕はいつものように挨拶をし、今日会いに来てくれた理由を尋ねます。さなえさんは、下を向いたままです。「先生が聞いているから」と母親が促しても、さなえさんはちょっと困ったような笑顔を母に向けて無言のままです。父親は、さなえさんと距離を取ったところで黙って座っています。

僕は学校や家での生活について具体的に尋ねますが、さなえさんはずっと黙っています。

「お母さんやお父さんは、さなえさんが自分で腕を切ってしまったり、市販薬を多く飲んでしまったりすることを心配しているようだけど」と伝えると、小さくうなずきました。

そして、尋ねます。

「この診察室にやって来るほかの子から教えてもらったことなんだけど……自分で自分の体に傷をつけたり、薬を多めに飲んだりすると、安心してほっとするというんだ。それまでの不安や緊張が少しだけ楽になるっていうんだ。さなえさんはどう?」

すると、さなえさんははじめて顔をあげて、うなずきました。

「自分で自分の気分を調整している、安定剤のような力があるって、みんな話すのだけど、さなえさんも似たような感じ?」という質問にもうなずきます。

「──ということは、その手立てで救われているということになるけど、そうするまえに、なにかつらいというか不安というか、どうしようもない気分になるってことかな?」と伝えます。

そして改めて、今の生活における「生きづらさ」を確認するのですが、その前にいったん「ご両親がいると話しにくいかな?」と本人に確かめます。その回答によっては両親に退席を促すこともあります。さなえさんは退席を希望しませんでしたが、それ以上語ろうともしませんでした。

僕は、「さなえさんの行動は、自分で自分の気持ちを守るものではある。でも、勝手かもしれないけれど、できれば、別の方法を一緒に探したいと思うので、少し定期的に通院してくれませんか?」と通院を継続するようお願いをします。小さくうなずいてくれたさなえさんに、お礼を伝えます。

「このあと、次回の日程など、ご両親と少しだけ話をしたいので、さなえさんは待合室に戻っていてくれるかな」

少しほっとした表情を見せ、さなえさんは診察室を後にします。

そのあと、ご両親に話を伺います。さなえさんが、学校生活で学習や人間関係などに負担を感じていないか、家での様子に変化や気になる点はないか、など。

そのうえで、僕はさなえさんの自傷行為と薬物の過量服用は、自分で自分の気持ちを調整しようとしているからなのでは? という仮説を伝え、今後の通院で明らかにしていきたいと伝えました。

こんなとき気をつけていること

自傷行為とは、意図的に自分の体を傷つけることや、治療目的でない薬物を必要以上に服用することをいいます(特に自殺以外の意図で行うことを「非自殺性自傷」と呼ぶことがあります)。

最近、思春期の子どもによる自傷行為を、親や学校が心配して受診させるということは多くなっているように感じます。傷の場合はその具合によって外科や皮膚科を経て、過量服用の場合は病院の救急医療を経て、児童精神科外来に紹介されることもあります。

思春期に入っていると、子どもは容易に大人と話をしてくれません。そもそも医者を信用してくれません。医者は注意をして小言を言ってくる、あるいは「わかる」と簡単に言って近づいてくる、などと思って、不信感と警戒心を強くもたれるような気がします。

僕は無理に距離を詰めるよりは、いずれ話をしてくれると信じ、次に会う約束をとりつけることを大切にしています。どうしても本人の受診が続かない場合は、親だけでも継続してもらうようにしています。

最初、さなえさんに伝えたように、「自傷行為は、究極的には、自分のこころを守るためのものなのでは?」という仮説から相談を進めていきますが、そのまま本人に伝えて通院をお願いする場合もあれば、「その行為にはなにかしら意味があるはずだから、その意味を一緒に探そう」と言って通院を勧める場合もあります。

家族は、子どもからカッターナイフやカミソリを取り上げたり、市販薬の購入や所持をチェックしたりすることがあります。ですが、自傷行為はその子にとっては自分の命を守る行為でもあるため、家族には、止めさせることはそう簡単ではないことを伝え、なにかあればすぐに連絡してほしいと伝えます。

通院を続けるなかで、自傷行為のことを話題にできるようになれば、どう関わってほしいか、救急対応はどうするか、などの課題をオープンにして本人と話を進めます。

あとは、継続的な関わりのなかからヒントを探していきます。

どのように配慮するか

その後、さなえさんは通院を続けました。その間にも何度か腕に傷をつけて、外科に送られることがあったり、市販薬を過量服用して、急きょ受診したこともありました。

そうこうするなか、次第に、話をしてくれるようになりました。

小学5年生のクラス替え以降、クラスメイトから無視やいじめにあっていたこと。中学に入りいったん仕切り直しができていたのに、夏祭りで小学時代のいじめっ子に再会してから、ひとりでいたいという気持ちになったということ。でも、寂しいので、ネットで遠方の見知らぬ人と会話をして気を紛らわしたりしたけれど、日々の現実がつらく感じられるようになったということ。

自傷や薬の過量服用は、つらさを一時的に軽減してくれるけれど、根本的な解決にはならないということは、自分でわかっている。けれども、どうしてよいかわからない、と語ります。

「自傷行為でほっとするのは、痛みを自覚するから? それとも血が出るから?」と確認すると、「痛みかな」と言います。
「じゃ、今度、手首に輪ゴムをつけて、それを伸ばして手首にパッチンってしてみたら?」と伝えました。返答が「血が出るから」という場合は、「輪ゴムでパッチンしてから赤いペンで傷を描いてみたら?」と提案します。

その後の受診では、少し残念そうに、「やってみたけど、だめだった」と語りました。

でも、医者の役に立たない提案についてやりとりを重ねるうちに、さなえさんは自分でどうしたらよいかを考え始めました。さなえさんは、YouTubeを見たり、音楽を聴いたり、最近は一行日記や詩を書いたり。僕の提案の代わりに、一所懸命に自傷行為の代わりとなるかもしれない行動を考え、実践していきます。

さて、僕の手の内は、相変わらずこんな感じです。

過去のつらさは消えませんが、今はとりあえず安全であること、以前と違って、さなえさんが相談できる場所があること、この2つを伝え続けます。そして、大人はまったく役に立たないわけではないが、それほど役立つわけでもない、ということを暗に伝えようとします。

確かに、いろいろな自傷行為は「心のつらさ」を一時的に和らげてくれる、またつらい状況に今いるということを示してくれていると僕は考えています。だからといって肯定しているわけではないのですが、代替案が見つかるまでは、100%否定もできないと思っています。さなえさんがあれこれと代替案を見つけようとしている、その気持ちを応援します。よりよい手段、やり方を一緒に探していきたいと伝えたいのです。

ちょっとした顛末(てんまつ)

さなえさんは、定期的に通院しながら、僕がいかに役立たないかに言及し、それでも、「いざとなったら少しは助けてくれるかも、と思うこともある」とふざけた様子で話していきます。自傷行為は完全に止まっているわけではありませんが、その頻度が減ったり、先述の輪ゴムパッチンをしてしのいだり、市販薬を「間違って買ってきちゃった」と言って僕に預けたりしてくれます。

そんななか、さなえさんは中学2年生になって、部活に入り直し、ギアが変わったようです。
もちろん、これからも紆余曲折はあるだろうし、壁もあるだろうから100%安堵しているわけではないのですが。

この経過において、実は、ご両親をいかに応援し続けるかということも重要です。簡単には治まらない、我が子であるさなえさんの行動に一喜一憂しながら、諦めずに一緒に通院してくれる親の思いとその努力を、毎回短い時間のなかで労(ねぎら)い、感謝し、愚痴を聞き続けることも、診察においては大切なことなのです。

当初距離をおいていた父親が、忙しい母に代わり、ときどきさなえさんを連れてきてくれるなど、家族の距離感も微妙に変化したことを実感しています。


イラスト・早川世詩男

 

 

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