「こどもとわたし」は、さまざまな方面で活躍する方々に「こども」というテーマでエッセイを執筆していただく連載です。書き手は、毎回変わります。
第6回は、シミー書房として、手作りの本を制作している岡部亮(おかべ りょう)さん。幼少期、絵本を読み聞かせしてもらった記憶はないという岡部さんに、絵本制作に向かう中で再会した子ども時代の記憶、そして特別な絵本についてつづっていただきました。
岡部 亮(シミー書房)
シミー書房という名前で本をつくっています。妻の新明史子がテキストを、私が絵を担当し、二人で、デザイン、印刷、製本もすべて、生活する家の一角でおこなってきました。できあがった本は、札幌市を中心に展示し販売しています。


新明とは30年ほど前、大学の美術科で知り合いました。私は彫刻作品を、新明は現代美術の作品として「一点ものの本」を作っていました。一緒に本を作るようになったのは共同生活をはじめてからです。入院のお見舞いに小さなマンガの本を描いたり、新明に頼まれて彼女の詩に絵を付けた小さな詩集を作ったり、本づくりは私的な楽しい遊びでした。ちょうどその頃、私は数人で借りていた広いアトリエを手放し、生活のスケールに合わせて制作できるものを模索していました。仕事をしながら何かを作り続けていきたいと思っていましたが、彫刻作品は、作るのにも置いておくのにも場所が必要でした。とはいえ、絵を描いたり本を作ったりすることが、自分の将来の表現手段となるとは、この頃はまだ思ってもみませんでした。


シミー書房の活動を本格的にはじめたのは30代、娘が生まれてから。遊びとして作っていた本たちでしたが、徐々に読んでくださる方が増え、仕事として本づくりを捉えるようになったことと、子育てによって絵本の存在がぐんと近づいたことがきっかけでした。そして、じつは私にも今の自分につながるような大切な絵本との出会いが幼い頃にあったことを、本づくりをする中で少しずつ思い出しました。
私の両親は絵を描いたり版画を作ったりする作家で、父は大学の美術の教師でもありました。家は美術の本や画集だらけで、二人の兄の本もたくさんありました。でも幼い頃に絵本を読み聞かせてもらった記憶がありません。両親は子育てや家事、仕事が忙しかったので、子どもに本を読んであげる時間がなかったのかもしれません。「絵本は読んでもらうもの」という意識が子どもの頃なかったのはそのためかもしれません。

娘が生まれた時、それぞれの実家から、子どもの頃に読んだ絵本を持ってきました。妻の絵本はたくさん残っていましたが、私の絵本で残っていたのは数冊だけ。物置のダンボールから古い絵本を探し出してきました。
妻も娘もそれぞれ家庭や保育園で絵本を読み聞かせてもらって育ちましたが、私は一人で読んでいました。文字が読めない頃は絵だけ眺めていました。とくに好きだったのは3冊のフェリックス・ホフマンの絵本です。『おやゆびこぞう』(グリム童話/大塚勇三 訳/ペンギン社 ※現在は品切)、『クリスマスのものがたり』(しょうの こうきち 訳/福音館書店)、『しあわせハンス』(グリム童話/せた ていじ 訳/福音館書店 ※現在は品切)。買ってくれた父は絵本を絵画として、画家としての好みで選んだのでしょう。いい絵だから眺めるだけでも十分だろうとひそかに考えていたかもしれません。ホフマンの絵本は絵の素晴らしさは言うまでもなく、何より豊かであたたかな信頼できる世界であることに惹かれます。子どもの頃の私も同じように感じていたのでしょう。


私は小さくやせっぽっちで、集団の中にいると目立たない地味な子どもでした。声も小さくいつもメソメソしていました。野球など大勢での遊びが苦手で、誘われないように逃げていました。一方で笹やぶをかき分けて探検したり、森でどんぐりを拾ったり、虫を探して調べたり、飼育したり、樹々のにおいに包まれていることが好きでした。家では、飼っていた犬や野良猫をマンガに描いて本を作り、図鑑をとっかえひっかえめくって眺めているような子どもでした。

私が子ども時代を過ごした場所は、まだ農村地帯の名残をとどめた札幌市近郊の新興住宅地でした。真新しいアスファルトの道、家並、商店、ところどころに空き地や畑が広がっていました。広々としてまだ牧歌的ですらあったはずなのに、私は整備された新しい町よりも、まわりに広がる昔からある森や沼が好きでした。

町内の児童養護施設の私有地に森がありました。森には深い沢と沼があって、よく施設の友人らと遊びに行きました。うっそうとしたけもの道をおりていくと、樹のすきまから射す光が水底のやわらかい泥を照らしていたのを覚えています。私たちは水辺のふちに沿ってザリガニやサンショウウオをとって遊びました。日が沈むと暗い恐ろしい森に変わってしまうので早めに帰っていたと思います。
娘のために実家から持ってきた古いホフマンの絵本を開いたら、子どもの頃眺めていた絵がそのままそこにあって、封じていた当時の自分が本と一緒に開かれたようでした。集団でいることが苦手だったり、みんなと好みが違っていたり、共感を得たり感じたりすることが難しかった子ども時代。楽しかった森や沼での遊びのように、ホフマンの絵本は小さく気弱な少年を包み込んでくれていたことに、大人になって気が付きました。父が買ってくれた絵本は読み聞かせの記憶がなくても、やはり私のために贈られた特別なものだったと今はわかります。

本を作ることを目指して生きてきたわけではありませんが、森も沼も、一人で眺めていた絵本も、子どもの頃苦手だったり難しかったりしたことも、娘が生まれたことも、すべてシミー書房として本を作っている今につながっているのだと思います。
文・絵 岡部 亮
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