月刊絵本「こどものとも」が、2026年、創刊70周年を迎えました。
小さい頃に読んでもらったり、入社して出会ったり、子どもに読み聞かせたり……これまでに刊行された「こどものとも」から、福音館社員が思い入れのある1冊をご紹介します。
第15回は入社19年目、かがくのとも編集部・Uの1冊。
かがくのとも編集部・U

父の仕事の都合で、生まれてすぐにメキシコに移り、5歳までそこで過ごしました。
40 年以上も前のことですから、いまのようにクリックひとつで日本の品が届く時代ではありません。
気軽に一時帰国することも叶いません。
現地の幼稚園に絵本というものはなく、母が日本から携えてきた数冊だけが、わたしと絵本との接点でした。
そんな事情で、5年の間に新しい絵本が追加されることもなく、『ひとまねこざる』『ちびくろ・さんぼ』『ちいさいおうち』『クリスマスのものがたり』『こぶじいさま』『だいくとおにろく』『わすれられない おくりもの』の7冊(*)を、帰国するまで繰り返し楽しみました。
7冊のなかに、「こどものとも」の絵本が2冊あります。
『こぶじいさま』と『だいくとおにろく』です。
いずれも、赤羽末吉さんが絵を、松居直さんが再話を手がけた日本の昔話です。
『こぶじいさま』を開くと、お堂を囲んで踊る鬼たちの熱気が、肌に伝わってくるようでした。音頭に一節加えたじいさんに鬼たちが歓喜する場面では、赤鬼や青鬼がページから飛び出してくるのではないかと思ったほどです。
柔和だったり、鋭かったりする目つきから、それぞれの鬼の感情が心のなかに流れ込んでくるような感覚を覚えました。


『だいくとおにろく』は、大工と赤鬼との緊張感とコミカルさが入り混じったやりとりが好きでたまりませんでした。
大工がわざと名前を間違えて鬼を喜ばせ、最後に正解を突きつける瞬間の爽快さたるや!
ページをめくる直前に、わたしに答えを促すよう微笑む母の顔は、いまも鮮明に記憶しています。母と連携して読み進めるような心地よさがありました。


両作ともカラーのページとモノクロのページが交互に並びますが、すべての場面が美しく色づいていたのだと、長らく思い込んでいました。
想像のなかで自由に色を再現できてしまうほど、物語の世界に深く浸っていたのだと思います。
赤羽さんの絵は、おぼろげで柔らかく、あえて輪郭を描ききらない。
絵の具の滲みは「うつつ」と「まぼろし」の境界のようです。
日本の絵本が醸す湿り気を湛(たた)えた色彩は、メキシコの鮮やかな色彩とは似ても似つかないものでした。
けれど、両親が家の中で話す日本語で綴られた世界に、現実にはまだ知らないはずの郷愁を確かに感じていたのです。
わたしだけ人種が違い、「ここは自分の故郷のようで、故郷でないかもしれない」というアイデンティティの絶え間ないゆらぎがつきまとうなか、「この絵本で描かれたところが本当の故郷なのではないか」と、心の寄る辺を求めていたのでしょうか。
当時の心持ちを言語化するなら、このようなことだったのかもしれません。
遠い海の向こうで、まだ見ぬ故郷らしきものの感触を示してくれたこの2冊は、これまでの数ある出来事や経験のなかでも、芯の部分でわたしを勇気づけ、支え続けてくれています。
そんな、かけがえのない作品です。

『こぶじいさま』
松居直 再話 赤羽末吉 画
額に大きなこぶのあるおじいさんが、山へ木を伐りにいって日が暮れてしまい、お堂で寝ていると、鬼が大勢やってきて歌い踊りはじめました。おもしろくなったおじいさんが、いっしょになって歌い踊ると、鬼たちもよろこんで、明日も来い、額のこぶは預かっておくといって、こぶをとってくれました。翌日隣のおじいさんが真似をして鬼といっしょに踊りますが……。おなじみの昔話の絵本。
*「こどものとも」1964年1月号
* 現在は「こどものとも絵本」シリーズとして刊行
*『ひとまねこざる』『ちびくろ・さんぼ』『ちいさいおうち』(以上、岩波書店)『クリスマスのものがたり』『こぶじいさま』『だいくとおにろく』(以上、福音館書店)『わすれられない おくりもの』(評論社)。現在『ちびくろ・さんぼ』は岩波書店から刊行されておらず、瑞雲舎から刊行されています(とらとバターの話のみ収録)
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