こどものこころの保健室

《こどものこころの保健室》第6回 親がかかえる悩み「問題は私」|精神科医・田中康雄  #子育て #発達

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北海道で、長年にわたり、子どもの心に寄りそってきた児童精神科の先生がいます。
田中康雄先生は、発達障害や不登校など、子どものこころの悩みとからだの症状に、真摯に向きあってきました。
診察室で先生は、子どもに、親に、どんな「ことば」を伝えるのでしょうか?
子育てのヒントが詰まった連載です。

第6回は、子どものことで訪れた親が、自分自身のことで問題を抱え悩んでいるケースについて。

きょうの相談

みなさん、こんにちは。

児童精神科の診察というと、相手は子どもばかりと思われるかもしれません。でも、子どもと同じくらい、場合によっては親の方が、より大きな悩みをかかえていることもあります。
今回登場する親子、最初は不登校気味の子どもについての相談だったのですが──。

《問診票より》
8月某日

・かよこさん(仮名) 38歳
・娘である小学4年生のさちこさん(仮名)が不登校気味

診察室にて

初診でやってきた娘のさちこさんと母親のかよこさん。診察室に入り、状況を語ります。

さちこさんは小学3年生の3学期頃に登校を渋りはじめ、4年生になってからは朝起きると腹痛や頭痛を訴えることが増えてきた。それでも頑張って登校はしているそう。ここまでの段階では、第2回(子どもが学校に行けなくなったとき…「不登校」とどう向きあう?)のあかねさんの場合のような対応を僕は心がけ、さちこさんから学校の状況、友達関係などを聴き取り、これから継続して通院してもらうことを約束しました。

今回の連載で取り上げるのは、実はこのあとのことです。

さちこさんに退室してもらい、診察室で母親とふたりで話をしていると、「娘の不登校は、私の問題ではないかって……ずっと私には問題があると思っているんです」と突然言いました。そして、かよこさんは、「娘の登校を促したり、無理させないように心がけたりしていくなかで、自分が子どもだったころを思い出したんです。ちょっといいですか……」と語りはじめました。

かよこさんは、幼くして両親が離婚し、母親に育てられました。感情的になりやすかったというかよこさんの母は、かよこさんの立ち振る舞いになにかと厳しく、ときに冷たい対応をしたといいます。かよこさんは、母子二人きりの生活のなか、それでも、おいしい食事を用意してくれたり、テストの結果などでほめてくれたりする母を嫌いにはなれなかったそうで、どうしたら母の機嫌をよくすることができるかばかりを考え続けたといいます。

かよこさんは本当は大学に行きたかったそうですが、母からは早く働くことを求められ、高校卒業後は飲食店に就職しました。子どもの頃から医療福祉系で働きたいという思いがあり、介護職として施設に転職。施設の支援制度を活用し、資格を取得します。そんななか知り合った男性と結婚し、さちこさんが生まれますが、仕事をあまりしない夫とうまくいかなくなり、離婚。かよこさんは、その後も努力を続け介護福祉士の資格を取得し、今の職場ではリーダー的な存在となっているそうです。

かよこさんが「自分の問題」だと語る理由は、仕事が忙しく、娘にあまり手をかけられなかったのではないかということ、そして、自分の母のように感情的にならないよう努めているつもりだが、心のどこかで「いい加減にして」と娘に対して思ってしまうときがあり、それが見透かされているような気がするということ。不登校の原因は、こうした自分の対応のせいなのでは、と思ってしまうといいます。

ときどき連絡が来る母に近況報告すると、「あなたがしっかりしていないから」と厳しく叱責されるそうです。

「仕事はやりがいがあり頑張っているのですが、娘とはどう関わってよいか正直わからないんです」

母として話をされていたときのしっかりした感じが消え、かよこさんは涙を流しました。僕は、娘のさちこさんとは別に、母であるかよこさんにも定期的な通院を提案しました。

こんなとき気をつけていること

子どもの相談に訪れた親から、配偶者との間に抱える悩みや、経済的な困窮や仕事の困りごと、あるいはわが子の問題から自分の子ども時代を振り返って相談されることは、少なくありません。

子どもの相談のときは親(保護者)という立場ですが、悩みを抱えているひとりとして、親自身のことを継続的に診察していく必要が生じることもあります。

通院中の子どもにあまり心配をかけたくないというので、僕は、それぞれ別の日に来てもらうことを提案しました。今回の場合、さちこさんの通院時は母親として、ご自身のときには「かよこさん」として受診してもらいます。

子ども以上に長く生きてきた歴史があるので、話しやすいところから聞き取り、かよこさんの生い立ち、子ども時代の様子から今に至るまでの聞き取りで、かよこさんの年表が作られていきます。その中で「これまで生きてきた中の悩み」が語られることになります。

これは僕の感覚ですが、わが子のことで相談に見えた方が、途中から自分が患者さんとなる場合、子ども時代の「なにか」が潜んでいる場合が少なくありません。

かよこさんのように、子ども時代に関わった自分の親との関係性で未消化だった部分が、親となり、わが子の言動を通して浮上してくる、ということもあります。その場合、(広い意味で)心に傷を負っていることも少なくないため、無理に聞き出すよりも、その方の人生の振り返りに耳を傾けます。

そうすると、自然と語り始めることが多いのです。そうして語られるのは、長く封印されてきた「心の傷」のこと、そして話すことがはばかられてきた理由。ひょっとしたら、かつて誰かにそのことを話し、笑われたり、乗り越える努力を強いられたりしたのかもしれません。心の傷については、できれば忘れてしまいたい、誰に話してもどうせわかってもらえないと思い、心の奥底に閉じ込めてしまったりします。結果、そのことにはあまり触れず、語るとしても感情が麻痺したかのように、他人事のように、その出来事を淡々と語る場合があります。

そのときのかよこさんの感情を理解しようと努めつつ、心がけているのは、急いで聞き出すのではなく、かよこさんがこの診察室で安心して話ができるようになることです。

どのように配慮するか

かよこさんは、娘との関わりを通して、自身の子ども時代、母親とどう関わっていたかを思い出していました。常に母の機嫌を伺い、できるだけ母が「優しい母」のままでいられるように、娘である自分が「振る舞う」ということをルーティンにしていたといいます。そして、その優しい母が変貌したときは、自分はあのときどう振る舞うべきだったかと「ひとり反省会」を開いていたのです。

このひとり反省会は、かよこさんの人生において今も続く、もうひとつのルーティンでした。でも、反省会ですから、結局は自分を責め、さらに状況をより鋭敏に察知する洞察力と、さらなる先を見据えた対応を自分に課して終了となります。「自分はまだできていないなぁと、落ち込むんです」と、かよこさんは、悲しそうに笑いました。

僕はただただ、かよこさんの語りを聞き、大変なことだった、よく耐えたね、それはつらいなぁと言葉を挟みます。心がけているのは、対応策があるというような、一見前向きな、でもできない提案をしないことです。

過去、かよこさんは自分で対策を講じてきました。それでもいかんともできないでいた、かよこさんのこれまでの努力と苦しみに対して、これまで頑張ってきたこと、今日まで生き延びてくれたことに感謝し、それを労(ねぎら)い讃(たた)えます。

ですが、なにを言っても、かよこさんはやはり常に「ひとり反省会」で答えを出し続けます。

かよこさんは、ここで話そうとしてもまとまらないからと、次第に言葉ではなく文章を書いてくるようになりました。
僕はその文章を読みながら、わからないところは正直に「これって、どういうことかな」と尋ねてみたり、「なるほど、ここに関しては、僕はこんなふうに思います」と自分の考えを伝えてみたり、対話を続けていきます。

そのように文章(ときに口頭)での相談を重ねていくなかで、かよこさんは、自分の職場のスタッフや娘であるさちこさんとのやりとりにおいて、母との関わりを重ね、「どうしたら、相手の機嫌を損ねないか」ばかりの対応になってしまい、結果息苦しくなっていることに気づきはじめました。

でも、それを今すぐに改めることは、これまでかよこさんが自分を守ってきた手段を手放すことになると僕は感じ、まずは「そこに気がついたことだけでも素晴らしい」と伝えました、

さて、僕の手の内は、相変わらずこんな感じです。

心に傷を負っているときの関わり方のイメージは、急いで解決するのではなく、焦らず相手のペースに合わせること。先に出て手を伸ばすのではなく、斜め後ろを歩き、ときどき振り向いたり足を止めたりしたときに、言葉を交わすこと。励ましというよりは労(ねぎら)いを込め、診察室でのやりとりが、これまでの生き方と重なるよう、振り返り続けます。

ちょっとした顛末(てんまつ)

さて、その後、娘のさちこさんは、担任の先生の協力と行事ごとの友人の支えで、少しずつ登校ができるようになりました。高学年になるとちょっと生意気な言葉を母にぶつけるようです。母は閉口しつつも、これも成長と受け止めています。そして「あの子はあの子、私は私」と言います。

かよこさんは自分の診察の際には、仕事での葛藤を具体的に相談したり、ときには娘の理不尽さに怒りを表出したりします。そんな娘にどうしたらよいかわからなくなるけれども、娘は娘でなんとかしていくでしょう、と語りました。そして、娘の問題を私のせい、と「思わないようにしている」と苦笑しました。

かよこさんは、少しずつ自分の母との関係性を見つめ直し、「ひとり反省会」と、診察室での「ふたり反省会」を活用していると言います。かよこさんが少しずつでよいから癒やされていけばよいなと願っています。


イラスト・早川世詩男

 

 

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