親の知らない 子どもの時間

第8回 言葉があふれるとき

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子どもと過ごす時間を大切に思っていても、いつも一緒というわけにはいきません。入園すると子どもは親の手を離れ、園で多くの時間を過ごします。わかっているようで、じつはよく知らない「子どもの園生活」。この連載では、大阪府堺市の「おおとりの森こども園」で園長を務める松本崇史さんの目を通して、子どもたちの日々を覗いていきます。

言葉があふれるとき

「言葉」。一体どれだけの言葉に、僕たちは毎日囲まれているのでしょう。

家族の言葉、友人の言葉、大好きな人の言葉、苦手な人の言葉、近所の人の言葉、通りすがりの人の言葉……人から人へ伝わっていく言葉。さらに文字の言葉もあります。新聞の言葉、本の言葉、雑誌の言葉、スマホの言葉、絵本の言葉、SNSの言葉。

──さまざまな言葉が世の中にあふれています。時代が進むにつれて、言葉の総量も増えつづけています。そうした状況の中で、言葉は今、どのように子どもたちの中へと入っていくのでしょうか。

園の子どもたちには、さまざまな言葉にふれる環境があります。その中で子どもたちは、どのように言葉を聞き、言葉を読み、言葉を発し、言葉を交わしているのでしょう。 今回は「日常の言葉」と「絵本の言葉」に光をあててみようと思います。

日常の言葉

まず「日常の言葉」から。1日のはじまりの朝から、子どもたちの言葉を追いかけてみます。

◆ 登園して玄関に入ってくるときは、多くの子が「おはよう!」と元気に飛び込んできます。1日の始まりの言葉です。

◆ ロッカーで朝の準備をしながら、「きょう水遊びするんだ」「きょうはAちゃんと遊ぶ」と声が飛び交います。「僕もやる」「Yちゃんもいっしょにやる」そんな返事も聞こえてきます。

◆ 大好きな保育者の姿が目に入ると、「いっしょに鬼ごっこしよう!」「いっしょに給食を食べよう」と話しかけます。保育者も「いいよ! 仲間が集まったら誘ってよ」「給食は他の子と約束してるんだよ」とそれぞれ言葉を投げ返します。

◆ 遊びが始まると、言葉がもっと豊かになります。「なかまにいれて~」「みて! 園庭にな、バッタがおった」「ここを押さえといて、僕がテープ貼っていくから」……友だち同士で言葉があふれます。

◆ こちらでは5歳児の女の子たちのごっこ遊びが始まりました。「たいへん! むこうにおばけがいたわよ!」「え~なんですって!」「みんなでにげないとたべられちゃうわ」……ごっこ遊びでは、よりバラエティに富んだ言葉が飛び出します。

◆ 給食中は楽しいおしゃべりの時間。「きのうな、ぼくなテレビでな!」「あのな、この前な、ママとな!」とにぎやかな会話が繰り広げられます。

こんなふうに、子どもたちは1日の多くを、言葉とともに過ごしています。聞き合い、話し合い、対話しつづけているのです。周囲の子どもとのかかわりの中で、また大人とのかかわりの中で、子どもたちは言葉を日々獲得していきます。

絵本の言葉

絵本もまた、素敵な「言葉」のやりとりを生みだします。
絵本の言葉は文字の言葉です。しかし、その言葉を誰かが声に出して読んで、その言葉に誰かが耳を傾けると、そこにかかわりが生まれます。そのかかわりを通して絵本の言葉が子どもたちの中に入り、日常の中に入っていきます。絵本はそんな魅力的なツールなのです。

子どもたちは遊びの中で、生活の中で、絵本から得た言葉を使うようになります。
その様子も少しのぞいてみましょう。

◆ 積木でつくった家に、ノックをしながら「い~れ~て!」。すると中から「めっそうもない!」と、絵本と同じ返答が。そこから「ごっこ遊び」が始まります。

「こぶた、こぶた、おれを いれとくれ」「だめ、だめ、だめ。めっそうもない」
『三びきのこぶた』より

◆ 散歩に出かけると、前から車がやってきました。「 “みいちゃん” みたいにできるかな?」と保育者が声をかけると、みんな “みいちゃん” のように、ぴたっと壁につきます。

みいちゃんは どきんとして へいに ぺたっと くっつきました。
『はじめてのおつかい』より

◆ 1歳児が石を集めています。その石を並べながら、「おおーきく、おおーきく」とつぶやいています。それから保育者を呼んで「ん!」と石を指さし、「おおーきく、おおーきく」と語りはじめました。

おおきく おおきく
『まるてん いろてん』より

◆ 砂場を掘っていると、砂の中から根っこが出てきました。その子が「うんとこしょ、どっこいしょ」という掛け声とともに、根っこを引っぱりはじめます。最初はひとりでしたが、だんだん人数が増えて、みんながつながって、掛け声をかけながら引っぱりはじめます。

うんとこしょ どっこいしょ
『おおきなかぶ』より

◆ 段ボールでつくった基地に子どもたちが集まって、「あーそ-ぼ」「あーとーで」。「あーそ-ぼ」「いーいーよ」。リズミカルな言葉のやりとりを楽しんでいるようです。

「ぶーたこちゃん あーそーぼ」「あーとーで」
『あーそーぼ』より

──これらの言葉を、子どもたちが絵本から得ていることを、保育者は知っています。絵本の時間を子どもたちと共に過ごしているからです。ほんの一瞬の言葉のやりとりの背景には、濃密な絵本の時間が存在しているのです。そして、その絵本の時間は、日常生活における関係性やコミュニケーションがあるからこそ、成り立っているものです。そこにも常に言葉があります。

子どもたちは、さまざまな「絵本の時間」を経験していきます。子ども同士で楽しむこともあれば、ひとりで楽しむこともあるし、大人と子どもが一緒に大勢で楽しむこともあります。

絵本には「絵」があるので、子どもたちは「絵」を手がかりにして、「言葉」が示すものを頭の中にイメージします。段ボールの基地で「あーそーぼ」と遊びはじめた子どもの頭の中には、絵本『あーそーぼ』に登場する女の子の顔が浮かんでいることでしょう。その場面の状況も思い浮かべているはずです。それだけではありません。そのときに絵本を読んだ読み手の表情や、一緒に聞いている友だちの顔、そういうものも「絵本の時間」に含まれています。それらが遊びや暮らしの中の何かと結びついたときに、「あーそーぼ」のような言葉が生まれます。そこには常に共に生活している人の姿があります。

絵本の言葉で、日常を豊かにしていく。
子どもたちは、なぜそんなことをするのでしょうか? 

それはきっと、
自分で自分の人生をより楽しいものにするため。
自分で自分の生活をより豊かにするため。
他者とのつながりをより深いものにするため。

──子どもたちを見ていると、そんなふうに思います。
人とのかかわりの中で豊かな言葉にふれる環境があること、それはとても幸せなことだと思うのです。 
 

 イラスト・おおつか章世

 

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第1回 春とともに

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