親の知らない 子どもの時間

第12回 「成長」と「ありのまま」 ─ 子どもたちの1年 ─

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子どもと過ごす時間を大切に思っていても、いつも一緒というわけにはいきません。入園すると子どもは親の手を離れ、園で多くの時間を過ごします。わかっているようで、じつはよく知らない「子どもの園生活」。この連載では、大阪府堺市の「おおとりの森こども園」で園長を務める松本崇史さんの目を通して、子どもたちの日々を覗いていきます。

「成長」と「ありのまま」 ─ 子どもたちの1年 ─

4月から始まった保育も1年が経とうとしています。山あり、谷あり、笑いあり、涙ありの1年でした。今年も土を耕し、花を植えました。気持ちよかった春の散歩。夏にはピザを食べ、流しそうめんもやりました。暑い日のプールは最高でした。田んぼではいつも泥々になりました。秋には落ち葉で遊び、焼き芋をしました。どんぐりも毎年欠かせない秋の楽しみです。冬には氷遊び、そしてクリスマス会は大盛り上がりでした。園庭の畑でとれた大根で沢庵や切り干し大根もつくりました。そうそう、運動会や発表会も子どもたちは本当に頑張りました。

こうして、春夏秋冬の生活を繰り返していくのですが、そこにいる子どもたちの姿は毎年違います。同じような出来事や遊びの中でも、一人ひとりの子どもたちが感じたり、気づいたりすることは違うのです。

子どもたちは、4月から3月までの1年の間に、劇的な変化を起こします。ただ単に背が大きくなった、いっぱい食べられるようになったということだけでなく、目には見えない心の「成長」をしているのです。

この時期になると、「え! そんなことするようになったの?」という瞬間が度々訪れます。

Sちゃんはね、もうお姉ちゃんだから

0歳児から園にいる3歳児のSちゃんは、とても甘えん坊。4月の頃は、朝の用意()がとてもゆっくりで、少しでも気が乗らないと何もしません。大人の誰かがやってくれると思っているのです。夏になっても、秋になっても、相変わらずそんな様子でした。誰かに言われて、やっと動きます。

2月のある日(つい先日です)、ふと見るとSちゃんが朝の用意をテキパキしています。「お!」と思って見ていると、自分の準備を終わらせて、赤ちゃんの部屋に向かいました。気になって「どうしたの?」と尋ねると、「わたし、もうお姉ちゃんだから、赤ちゃんのおてつだいするの」とSちゃん。──赤ちゃんたちの朝の用意がすでに全部終わっていたことはご愛敬です。

私はSちゃんの変化に驚きました。自分のことは自分でする……その余裕があることに、どこかでふっと気がついたのでしょう。さらにSちゃんは赤ちゃんを手助けすることまで考えて、行動していました。優しさとは、余裕があるから生まれるものです。Sちゃんがそこまで園の生活に馴染んできたことがわかります。

このような「育ち」を、どんな言葉で表現したらよいでしょうか。「学び」「発達」「成長」という言葉に置き換えられそうですが、Sちゃんは何を学び、何が発達し、何が成長したのでしょうか。

「思いやり」「基本的生活習慣」「コミュニケーション能力」「自分の気持ちを言葉にする力」「自分自身の今を認知する力」……どれも間違いではないかもしれません。でも、どこかモヤモヤするのです。それはおそらく今挙げたものが、どれもSちゃんの心の内側まで表現していないからでしょう。

Sちゃんが今まで培ってきた経験のすべては、「今」に集約されています。そしてSちゃんの人生の主役はSちゃん自身です。その大切なストーリーが、先ほどの言葉を当てはめた瞬間に抜け落ちてしまう、そんな気がするのです。

*朝の用意 =「リュックから服を取り出してたたむ」「水筒を決まった場所にかける」「出席ノートにシールを貼る」「園庭で遊ぶ準備をする」等

あのね……

3歳児のKちゃんは、よく友だちとトラブルを起こします。何かトラブルがあると話し合いになります。そういう時、「なんでそんなことしたの?」と聞かれても、Kちゃんは「なんで?」とそのままオウム返しをしたり、「いやな気持ちだから」とパターン化した返事をしたり……。周囲からの「なんで?」という質問にちゃんと答えることができません。

つい先日も、Kちゃんが友だちを押してしまい、友だちと言い合いになりました。「なんで、そんなことしたの?」とその友だちに聞かれたKちゃんは、「あのね……じゃまだったから」と悲しそうに答えました。

その一言を聞いた時、私は心の中で「おー!!」と思いました。もちろん、押された子の気持ちを考えると、まだ喜んではいけない状況です。それでも、1年をかけて、友だちの「なんで?」に答えることができるようになった。それは、まさに「成長」です。

今までは理由を聞かれても答えることができず、保育者に「こういうこと?」と代弁してもらっても、その意味を理解できない状態が続いていました。でも今、ようやく物事のつながりの中で話すことができました。「じゃまだったから押した」ことは悪いこと。でも、そのやりとりに成長を感じずにはいられませんでした。

どれどれ、どんなのかな?

この連載の 第2回「友だちの見つけかた」には、恐竜好きのRくんが登場しました。ひとりで遊ぶことの多かったあの子は、この1年でどうなったでしょうか。

最近、いろんな材料をつかって恐竜を作ることがはやっているグループがあります。そこに恐竜好きのRくんがやってきました。「どれどれ、どんなのかな?」と年下の子どもたちが作った恐竜を品定めしていきます。そして「ふむ、これはスピノサウルスですね。ここにギザギザがいります」と自分の知っていることを伝えていきます。「ふむふむ、これはなかなかよいですね。アロサウルスですか」と、まさに恐竜博士です。(ちなみに、アロサウルスにはちゃんとギザギザがついていました)

──ちょっとした出来事ですが、友だちの遊びの輪にうまく入れなかったRくんが、恐竜を作っている年下の子どもたちに教えにきた瞬間です。

この1年の間に、Rくんにも少し友だちができました。一緒にいる時間が長く、鬼ごっこなどにも興じています。友だちを見つけたのです。また、恐竜ばかりだったRくんが、ある時、木の枝で見事なカブトムシを作りました。自分なりにいろんなものを巧みに作れるようになっています。得意分野の恐竜については、年下の子に教えることもできるようになりました。ここにも「成長」を感じます。

「成長」と「ありのまま」

Sちゃん、Kちゃん、Rくんの成長が垣間見えた瞬間をご紹介しましたが、この子たちが元々もっていたもの……「ありのまま」の部分は、今もその子の中にあります。Sちゃんは今でも甘えん坊です。Kちゃんは、人の話を聞くのが、やっぱりちょっと苦手です。Rくんも、まだ友だちと遊ぶことに躊躇する時があります。

子どもたちは1年で「成長」します。ですが、完全に変身するわけではありません。
「ありのまま」の自分は、ずっと心の中に「在る」のです。「ありのまま」が消えてしまったら、その子は人生の主人公ではなくなってしまいます。

だからこそ、この1年が、その子のストーリーになるのではないでしょうか。
「成長」と「ありのまま」の共存こそ、一人ひとりの美しい物語を誕生させてくれます。
 

 イラスト・おおつか章世
  

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