子どもと過ごす時間を大切に思っていても、いつも一緒というわけにはいきません。入園すると子どもは親の手を離れ、園で多くの時間を過ごします。わかっているようで、じつはよく知らない「子どもの園生活」。この連載では、大阪府堺市の「おおとりの森こども園」で園長を務める松本崇史さんの目を通して、子どもたちの日々を覗いていきます。
「ダメ!」
「早く!」
「なんでできないの!」
──子どもが大人から投げかけられる言葉の中で、とても数の多いものかもしれません。
自分で口にするときも、ほかの人が言っているのを聞いたときも、どこか心の中がモヤモヤします。きっと、言われている子どもたちも同じでしょう。こうした言葉を言われると、不安が大きくなります。
そのため、保育の現場では、「子どもをしかってはいけない」とされていて、保育者は極力しからないように努めています。
しかられたり、怒られたりすると、子どもも大人も関係なく、心持ちがしんどくなるものです。「しかる」と「怒る」の違いについては、論理的か感情的かという部分で分けて語られることもありますが、当事者である乳幼児期の子どもたちにとって、その違いはわかりにくいかもしれません。「しかられた」=「否定された」と受け止め、しかってきた大人は自分のことが嫌いなんだ……と感じてしまうかもしれません。
4月のはじめのころ、3歳児のKくんが絵本を持ってきました。「よんで!」というので、膝の上に座らせて、読みはじめました。
読み終えると、そのままどこかへ行こうとするので、「あ、Kくん、この絵本をもとのところに戻しておいてね」と言うと、「え!?」とポカンとした顔をしています。「自分で持ってきた絵本はちゃんと返しておいて」と笑顔で伝えると、「怒る人なの?」と悲しい顔をして不安そうに聞いてきました。
この出来事を皆さんはどう思われますか?
このとき、声を荒らげたり、怖い顔をしたりということを、私は一度もしていません。Kくんは「こうしてね」というお願いを、「怒られた」と捉えているのです。まだ3歳児なので、言葉の理解の不足や、自立心が育っていないことが、背景にあるかもしれません。
ですが、「自分のことは自分でする」ことや、「自分で使ったものは自分で片付ける」という生活の営みが、園の生活の中にこれまでなかったこともうかがえます。
当時、私は園に移って日が浅かったので、以前からいる保育者に尋ねました。すると、決して否定的な言葉を使ったり、しかったりしてはいけないと教えられてきたので、子どもが物をほったらかしにしても、やるべきことをやらなくても、指摘することをしていなかったそうです。危ないことをしたり、他人を傷つけたりしても、子どもたちと話をすることはなかったといいます。すべて、「そうしたかったんだね」と受容していたのです。
受け止める行為そのものは、間違えていないと思います。ですが、何か違和感を覚えるのも事実です。

そのKくんが卒園するときに、私にお手紙をくれました。
そこには、「いっぱい遊んでくれてありがとう。しかってくれて、ありがとう」と書かれていました。
「どうしてこの言葉を書いてくれたの?」と尋ねると、「ぼく、よくわかってなかったことが、園長がしかってくれて、いろいろわかるようになったから」とKくん。「そっか、でも怖かったんでしょう!?」と聞くと、「うん、でも園長、ぼくのことすきだから」と答えてくれました。
その後、お母さんと話をする機会がありました。お母さんも、Kくんの手紙の内容を知っています。お母さんは、こんなふうに話してくれました。
「どうやって子育てしてよいかわからない中で、園長先生がこの子のよいところも、頑張っているところも、たくさん褒めてくれました。でも、本当にダメなときには、この子が自分でやれるようになることを願って、しかってくれました。家庭でも、子どもの様子が変わっていくのがわかったんです。子どもたちのために、これからも頑張ってくださいね」
こんなこともありました。
ある日、5歳児のAちゃんのお母さんが、楽しそうに前日の話をしてくれたのです。
「小学生のお兄ちゃんがあまりに話を聞かないし、自分のやるべきことをやらないので、私が怒っていたんです。そうしたら、横で聞いていたAが急に、『あのね、お兄ちゃん、お母さんはお兄ちゃんにいい大人になってほしいから言ってくれているんだよ。お兄ちゃんのこと、好きだからだよ。だから聞いた方がいいよ』って話してくれたんです。お兄ちゃんはポカンとしていましたけれど」
──私たち大人は、子どもを見くびっていないでしょうか? 幼いから、何もわからないと思っていないでしょうか? その子の個性をつぶしてはならないと思い、囲いすぎてはいないでしょうか。
本当にその子が守られたいと思っているのか、立ち止まって考えてみる必要があります。本当は、自分で考え、一歩を踏み出そうとしているのかもしれません。

褒められたい……これは大人であれ、子どもであれ、誰も変わらずもっている感覚です。ただ、大勢の前で誰かを褒めれば、それができていない子は間接的にしかられていると感じるかもしれません。大勢の前で誰かをしかれば、それができている子や、やろうとしている子は、間接的に褒められているように感じる可能性もあります。
──しかることと、褒めることは、表裏一体なのです。どちらも、その子を愛し、その子の成長を願うことです。どちらかの方がよいという極論よりも、その子が後々どうなったかということが、答えなのかもしれません。
子どもたちに、こんなふうに育ってほしいと願うのは、大人として当たり前のことです。自分でできるようになってほしい、責任のある行動をとれるようになってほしい、誰かのために行動できるように育ってほしい……そういう気持ちから、生活の中で「しかる」という行為をとってしまうのは、やむをえない部分があります。
ただ、それがいきすぎたものにならないよう、保育現場においては「しかる」基準が必要になります。
「命を脅かすようなことをしたとき」「悪意、あるいは何も考えずに人を傷つけたとき」「人の話を一方的に拒絶したとき」。この3つについては、しかることが必要な場合もあります。時々の状況によりますが、基本的に言い訳は通用しません。
しかし、そういうときでも、気をつけていることがあります。頭ごなしにただ怒るのではなく、必ず次の3つを子どもたちと話し、伝えることです。
① 自分は、どうありたいのか? どんな人になりたいのか?
② そのためにできることを、自分で、みんなで考えよう。
③ そのためなら、いくらでも力を貸すということ。
──幼い子どもには、難しい問いかけでしょうか?
私は、問いかけられた子どもが答えられなかったとしても、それでよいと思っています。子どもたちは必死で考えます。しかるということは、問いかけなのです。「あなたはどう生きたいのか?」という、問いかけです。それを忘れてはいけないと思っています。
今までしかった子どもたちに対して、後悔がないかと言えば嘘になります。ごめんね……と今も思う、自分もいるからです。
イラスト・おおつか章世
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