「いそがしい日々のなかで、ほっと一息つきたいとき、どうしていますか?」 とっておきの場所で心地いい時間を過ごしたり、お気に入りのアイテムで気分転換したり……。気になるあの人に「ほっとするとき ほっとするもの」をうかがいます。
第9回は、『うんこ虫を追え』『すずめばち』に続き、新刊『はっぱのうえに』を刊行した舘野鴻(たてのひろし)さん。日々の暮らしのなかにある心安らぐ時間について、綴っていただきました。スケッチ風のイラストとともに、どうぞ。

私の体はカフェインに弱いらしく、コーヒーを飲みすぎると動悸がする。
けれどコーヒーが好きなので困ったものなのだが、それなら自分に合った節度で楽しめばよい。ということで毎日、お気に入りの豆を挽き、小さなカップに一杯のコーヒーを淹れ、それを半日くらいかけてちびちび摂取する。ここ数年はシナモンローストのモカがお気に入り。水分補給ではなく香りを楽しむわけだから、ごくりといってしまってはもったいない。
ついでにいうと私はアルコールにも弱くほぼ下戸であるが、各種のお酒も大好き。丁寧に時間をかけて作られたそれぞれの酒はどれも宝石のようだ。最近のお気に入りは……

日頃からいろいろな目的で野良(※)に出る。
これを取材しなければならない、という縛りがあれば入念に推理し計画し万全の意識と装備で観察地に向かう。それはさながら狩猟のようである、なんていうとカッコいい感じだが、狩猟採集は我々人類が持つ生きるための本来の能力だ。その能力を駆使しなければ目的は果たされないが、もちろん失敗することが多い。
野生は、自然は、人間の思う通りになっていない。想定外と予測不可能性を常に孕むのが野生であり自然界だ。そこに身を投じると緊張感と不安と、抑えきれないワクワク感が体の底から湧き起こる。
目的があってもなくても、野良に出てこれから出会うものや出来事の全てを待つという感覚、その根源的な「自然」との一体感には、私自身の存在を肯定されているという安堵感が、いつもある。
※ 野や山

国民には労働の義務がある。そういわれると不自由さしか感じないが、歴史や人類史を振り返り社会の構造を理解すれば、それは至極当然なことに感じる。
この「感じる」なんていうのはこうして簡単に変わってしまうものだ。そうして感じた数多のことがらを、絵本なり児童書に反映し形にしお金をもらうといのが目下私の労働となっている。
そこには自己実現だとかなんだとかもあるし、これだけ稼がないと暮らしていけないよというのもある。空腹で死ぬ、ということは幸い今の社会ではそれほど無さそうだが、それより深刻なのは、自己同一性の混乱なのではないか。
社会からの疎外感、孤独感というのは体に悪い。私もそう感じていたひとりだが、私が何者であるのか、その答えをくれるのは、仕事をしているその瞬間にある。
私は仕事が好きだ。
文・絵 舘野鴻
*
▼こちらもおすすめ▼
今月の「とものま」
来月は これ読もう!
親の知らない 子どもの時間
親子でたのしい! えほんやさんぽ
絵本がいいってほんと?
あの人の ほっとするとき ほっとするもの
こどもに聞かせる 一日一話
絵本の舞台を訪ねて
絵本の選びかた
母の気も知らぬきみ
わたしの限界本棚
あの人の ほっとするとき ほっとするもの
母の気も知らぬきみ
あの人の ほっとするとき ほっとするもの
わたしの限界本棚