もし自分の蔵書を、ひと箱(35㎝四方)に絞らないといけないことになったら、そこには何を入れますか? 本好きが集まる出版社の社員たちが、本棚として成立する“限界”まで本を減らした、「限界本棚」を覗いてみましょう。第16回は、科学書編集部・Yの本棚をご紹介します。
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幼少期を過ごした1960-70年代は全集モノの全盛期で、身のまわりにはさまざまな全集やシリーズものがありました。1冊にいくつもお話が載っていて、好きなページをつまみ食いできるサブスクのような存在でした。実家は団地で、近くに図書館がありました。小さな分館の棚もまた貴重なサブスクでした。クヌルプ、マーティン・ピピン、吸血鬼ハンターD、鞍馬天狗……古今東西の「さすらいの旅人」に心奪われました。
仕事に就いて30余年、増え続ける資料本に囲まれて、ここでもまたサブスク気分を満喫しています。そんな蔵書の中から、ひと箱に収まるだけ選ぶとしたら……

1『少年少女 世界の名作文学 10』
小学館 品切
2『校正の散歩道』
古沢典子 著/日本エディタースクール出版部 品切
あるとき、仕事で出会ったある方と話をしていたら、2人とも「少年少女 世界の名作文学」シリーズで育ったことが判明、ニッチな短編の話や登場人物の口まねで大いに盛り上がりました。川端康成が監修者として関わっている、思えば贅沢な全50巻です。音楽に懐メロがあるように、本にも懐スト(懐かしのストーリー)があることを幸せに思います。
『校正の散歩道』は、岩波書店で校閲の仕事に携わっていた著者が描く、古き良き出版社の一隅。良質のドラマを観ているような気分になる1冊です。言葉を扱う現場の楽しさと厳しさ、丁寧な仕事ぶりに多くを学ばせていただきました。

3『鞍馬天狗1 角兵衛獅子』
大佛次郎 作/小学館文庫
4『冒険としての社会科学』
橋爪大三郎 著/毎日新聞社 品切
5『脱原発のエネルギー計画』
藤田祐幸 文 勝又進 絵/高文研
図書館の棚で鞍馬天狗シリーズを手に取ったのは1970年代後半。小学校高学年の頃でした。初筆は1924年とのこと、およそ50年の時を隔てた出会いでした。幕末の動乱期を颯爽と駆け抜けるヒーローに夢中になり、あっという間に読了。「もう続きがない!」とガッカリしたものでした。今、手元にある本は、当時読んだ文庫シリーズではなく、2000年刊行の選書です。選者の鶴見俊輔氏は巻末の “おぼえがき” で、鞍馬天狗を「永久革命の理想をになう人物」と位置づけています。勤王派でありながらも、佐幕派との対立を憂い、次の時代を希求する──確かに鞍馬天狗は、勧善懲悪の論理では割り切れない、人間くさいヒーローでした。
後に、橋爪大三郎さん執筆の『冒険としての社会科学』で学生運動の来し方を振り返ったとき、『脱原発のエネルギー計画』で現代の課題に向き合う物理学者、藤田祐幸さんを知ったとき、ふと天狗を思い出しました。激動する社会の中で、答えの出ない命題と向き合い、考えつづけることを諦めない。そんな姿勢に感銘を受けます。

6『地球全史』
白尾元理 写真 清川昌一 解説/岩波書店
7『深海』
クレール・ヌヴィアン 著 伊部百合子 訳/晋遊舎
8『渡り鳥』
内田清之助 著/岩波書店 品切
9『緑の世界史』上
クライブ・ポンティング 著 石弘之・京都大学環境史研究会 訳/朝日新聞社 品切
『地球全史』は、46億年の間に起きたさまざまな出来事の「痕跡」をまとめた写真集です。地球の酸素増加に貢献した原核生物シアノバクテリアの地層、隕石が衝突して出来たクレーター、氷河が動くときに岩を擦った跡……著者がひたすら現地に足を運んで撮影した写真の、確かな “眼触り” と説得力に脱帽します。
『深海』は、海洋学研究者の協力の下、潜水艇や潜水ロボットが撮影した写真を一堂に集めた写真集です。光の届かない深い海で暮らす生きものの、思いがけない美しさに息を呑みます。
日焼けでタイトル文字が消えてしまっている1冊は、戦時中に創刊された叢書 “少国民のために” の1冊『渡り鳥』(こちらは戦後改訂版です)。鳥が渡ってゆく極北の春の描写は、長い冬を耐え忍んだその先に広がる光を感じさせてくれます。若い人に世界の広さ、自然の豊かさを語る執筆者の熱意が伝わってきます。
『緑の世界史』は人類の営みが環境に及ぼす影響を、ヒトの起源までさかのぼって掘り下げる、上下巻の環境史。文明発達史がポジだとすれば、こちらはネガ。いわく「環境問題は新しい問題ではない」。30年以上前の出版物ですが、最終章には「世界人口は二〇世紀末には六〇億を超えると予想される」という一節が。そこからたった4半世紀で80億超えかと思うと、再読するのがコワくなります。

10『Das Kleine Buch der Edelsteine(Nr.54)』
11『Das Kleine Buch der Meereswunder(Nr. 158)』
12『Das Kleine Baumbuch(Nr.316)』
Insel Bücherei
13『Shoes : A Celebration of Punps, Sandals, Slippers & more』
Linda O’Keeffe 著/Workman Publishing Company
14・15『Fairy Tale Weddings – Paper Dolls』『Debutante Gowns of the 1800s-Paper Dolls』
Tom Tierney 作/Dover Publications, Inc. 品切
眺めて楽しい、海外のビジュアル本をいくつか。
Insel Bücherei
ドイツの「インゼル文庫」は、自然科学から人文科学まで、幅広い分野からさまざまなテーマをとりあげる掌サイズの図鑑シリーズ。樹木、鉱物、昆虫、きのこなどを扱った数冊を、雑貨屋さんで入手しました。表紙はデザイン的ですが、ページを開くと、見開きを贅沢に使って、美しい絵がずらり。巻末には解説もついています。1912年から近年に至るまで、戦禍や東西分断を乗り越えて刊行を継続、1500以上のラインナップがあるそうです。いつかシリーズをまとめて閲覧してみたいものです。
『Shoes: A Celebration of Punps, Sandals, Slippers & more』
靴の写真が集まっているだけで、なぜこんなにときめくのでしょう。奇抜なデザインあり、卓越した機能性あり。日本のぽっくりからハイブランドの勝負靴まで、古今東西のアイデア満載の1冊。
『Fairy Tale Weddings-Paper Dolls』
『Debutante Gowns of the 1800s-Paper Dolls』
着せ替え人形遊びの絵本。やや劇画調の絵柄ですが、歴史上の人物やおとぎ話、社交界などを題材にした華やかな衣装が見所です。当時幼かった娘をびっくりさせたくて購入したものの、もったいなくて切り取れず、カラーコピーで遊んでもらいました。

16『チバユウスケ詩集 ビート』
チバユウスケ 著/HeHe
17『シド・バレット全詩集』
シド・バレット+ロブ・チャップマン 著 茂木信介 訳/DU BOOKS 品切 ※電子版あり
音楽を聴きながら、歌詞を目で追うのは楽しいものですが、ひとりのアーティストによる歌詞が1冊にまとまった状態で読むと、また違った面白さが。制作時の走り書きやイラストに思考の痕跡を見たり、繰り返し用いられる単語に気づいたり──書き手のものの感じ方や、言葉遣いの傾向が改めて意識されます。thee michelle gun elephant(後期は大文字)やThe Birthdayのフロントマンとして活躍したチバユウスケ、同世代の天才の早過ぎる他界が惜しまれます。
となりには、ロックバンド Pink Floyd の草創期に活躍したシド・バレットによる歌詞集を。ファーストアルバムのタイトル “The Piper At The Gates Of Dawn” は、K. グレアムの児童文学『たのしい川べ』(岩波書店)にちなんでいるとのこと。子ども部屋を歌った「マチルダ・マザー」は、ナイーブな幼少期を彷彿とさせる1曲です。メジャーデビュー後、ドラッグ中毒と心身不調により1年でバンドを脱退、数年の活動を経てほぼ完全に引退してしまったアーティストですが、その作品に触れるたび、この音楽が聴ける時代に生まれてよかったと思います。
18『吸血鬼ハンター“D”』菊地秀行 作/ソノラマ文庫 品切
19『クヌルプ』ヘッセ 作 高橋健二 訳/新潮文庫
20『黄金の壺』ホフマン 作 神品芳夫 訳/岩波文庫
21『水妖記―ウンディーネ』フーケー 作 柴田治三郎 訳/岩波文庫 品切
22『農場にくらして』アリソン・アトリー 作 上條由美子・松野正子 訳/岩波少年文庫
23『ヒナギク野のマーティン・ピピン』エリナー・ファージョン 作 石井桃子 訳/岩波書店 品切
24『ゲイルズバーグの春を愛す』ジャック・フィニィ 著 福島正実 訳/ハヤカワ文庫
25『ARCH』Andy Goldsworthy・David Craig 著/Harry N. Abrams
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