手から手へ 松居直の社内講義録

第25回 福音館の本づくりの原点⑩ 赤ちゃん絵本の源流

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月刊絵本「こどものとも」を創刊し、多くの子どもたちに愛される絵本や童話の数々を送り出した編集者・松居直(まつい ただし)。この連載では、松居が2004年9月から2005年3月にかけて福音館書店の新入社員に向けて行った連続講義の内容を編集し、公開していきます。

福音館の本づくりの原点⑩ 赤ちゃん絵本の源流

ブルーナ作品との出会い ─ オランダ

2度目のフランクフルト・ブックフェアへ行く前に、松岡享子さんがアムステルダムの児童図書館を見学されるというので、私もくっついて行きました。町の中にある小さな児童図書館です。普通の家を図書館に改装したもので、下が図書館で、上がストーリーテリングの部屋になっています。

そこで館長のダーナさんが「出たばかりの本です」と言って見せてくださったのが、ディック・ブルーナ(Dick Bruna *1)さんの本だったんです。まだ「うさこちゃん」シリーズは刊行されていなくて、『ちいさなさかな』『きいろいことり』『さーかす』『ふしぎなたまご』、この4冊でした。「これはオランダの本です」と言って、オランダ語から英語に直して読んでくださった。この本を見た瞬間に、僕は「これは子どもは喜ぶよ」と思ったんです。

実は「こどものとも」の刊行を続ける中で、3歳ぐらいの子どもでも物語を理解できるんじゃないか、4歳以下の子どもに向けた物語絵本も可能性があるんじゃないかという、ひとつの仮説をもっていたものですから、ブルーナさんの本を見たときに「これだ」と思ったんです。

当時はブルーナさんがどういう人か知りませんでしたけれども、シンプルで平面的な、オランダらしい絵本だなと思いました。哲学者のスピノザ(Baruch De Spinoza *2)を生む土壌があり、モンドリアン(Piet Mondrian *3)などのストイックな抽象画家を輩出するオランダの美術の伝統もある。そういう中でこそ、こういう本が生まれてくるのだということを感じました。

ブルーナさんの色と線、そして真四角の判型という、この構図。真四角の本というものは、ほとんどないんです。なぜかというと、工場で製造される紙は長方形ですから、長方形の紙から真四角の本を作りますと、無駄が生じます。にもかかわらず、ブルーナさんはあえて真四角の本を作っている。そういうところに、この人のオランダ人らしいこだわりを感じました。

それと、描かれる動物や人が正面を向いている。ちゃんとその絵本を見る子どものほうを向いています。後に、児童心理学者の早川元二(*4)さんに「 “うさこちゃん” は子どもが喜びますよ。子どもの目をちゃんと見ていますからね」と言われて、なるほどなあと思いました。正面性がはっきりしている絵本も意外に少ないんです。そういった今までの本にないイラストレーションを、この真四角という形の中で実現しているディック・ブルーナという人に、非常に強い関心をもちました。

赤ちゃん絵本の源流

帰国してから、版権をもっているブルーナ社(*5)に手紙を出して、図書館で紹介してもらった4冊に興味をもっていると言いましたら、そのすぐ後に刊行された「うさこちゃん」の絵本4冊も送ってきたんです。

私はこちらのほうがもっと子どもが喜ぶと思って、その4冊(『ちいさな うさこちゃん』『うさこちゃんと うみ』『うさこちゃんと どうぶつえん』『ゆきのひの うさこちゃん』)を先に契約しました。

 
次に、初めの4冊(『ちいさなさかな』『きいろいことり』『さーかす』『ふしぎなたまご』)を契約し、この8冊を4冊ずつケースに収めて、「子どもがはじめてであう絵本」というセット名をつけ、1964年に日本で刊行したわけです。

日本ではまだこういった、造形的にしっかりした哲学をもっている絵本は、作ることができませんでした。ですからアムステルダムでブルーナさんを見つけたのは、非常に幸運なことだったと思います。

このブルーナさんの本に刺激されて、1969年に、せなけいこ*6)さんが真四角の判型で「いやだいやだの絵本」セット(『いやだいやだ』『にんじん』『ねないこ だれだ』『もじゃもじゃ』)を出します。 

後の月刊絵本「こどものとも0.1.2.」につながる、現在までの赤ちゃん絵本の流れが、そこから始まるわけです。 

人口と出版 ─ スウェーデン

スウェーデンでは、ストックホルムで『ペレのあたらしいふく』(1976年に日本語訳を刊行)を出しているアルバート・ボニエ(Albert Bonniers)という出版社を訪ねました。

エルサ・ベスコフ 作・絵 おのでら ゆりこ 訳

スウェーデンを代表するエルサ・ベスコフ(Elsa Beskow *7)の絵本ですから、それを出したいと思って、副社長の方にお会いしたのかな。いろいろな話をする中で、その方が「日本はうらやましいですね」とおっしゃいました。「どうしてですか?」と尋ねたら、「スウェーデンの人口を知っていますか?」とおっしゃる。そして、「スウェーデンの人口は、東京都と同じなんですよ。1千万人弱です。そこで出版をするということが、どんなに大変かおわかりになりますか?」と言われたんです。日本の人口は当時、1億人ぐらいでした。「そんなところで出版をしてみたいよ」とその副社長はおっしゃって。

そう言われてみると、北欧の出版社はだいたい共同出版なんです。ほかの国の出版社にも出版を呼びかけて、文章だけ差し替える形で一緒に印刷をすれば、コストが下がって安くなります。

後にコペンハーゲンへ行ったときも、「デンマークの出版社にとって一番大切なのはドイツ語の市場です。ドイツ語で出るか出ないかということが、出版社にとっては大問題なんだ」とよく聞きました。デンマークはスウェーデンよりさらに人口が少ないのです。

海外でよい本を見つけるには? ─ デンマーク

『あおい目のこねこ』(1965年に日本語訳を刊行)に出あったのは、コペンハーゲンです。中央図書館を訪れて、「デンマークの子どもが好きな本はどういう本ですか?」と図書館の方に聞きましたら、最初に出してくださったのが、エゴン・マチーセン(Egon Mathiesen *8)のこの本でした。

エゴン・マチーセン 作 瀬田貞二 訳

海外で子どもの本を探すんだったら、出版社よりも図書館へ行くことです。図書館の方に「子どもはどの本が好きですか?」「なぜ好きですか?」と尋ねて教えていただくと、本当に参考になります。

私はデンマーク語を全然読めませんでしたけれども、この『あおい目のこねこ』は絵を見ただけでお話がわかりましたから、これはすごいと思って、日本に帰ってきてからすぐに出版社と契約をして、瀬田貞二さんの翻訳で出しました。

コペンハーゲンの中央図書館

図書館へ行けば、どういう作家が子どもたちに人気があるのかは、たちどころにわかります。出版社は自分のところの出版物のことしか言いませんけれども、図書館員は客観的に言ってくれますからね。

また、デンマークで一番有力な出版社のギルデンダール(Gyldendal)で編集長にお会いしたときに、「アンデルセンの絵本はお出しになっていないのですか?」と聞いたら、「アンデルセンの絵本なんて出したら殺されてしまいます」という答えでした。アンデルセンの物語を絵本にするのは至難の業で、うっかりそういうものを出したら厳しく批判されるということ、もうひとつはアンデルセン自身が選んだ絵描きが全集の絵を付けているので、それを差し置いて別の人が絵を付けるということは、本当に慎重にやらなければならないということでした。「もちろん絶対にやらないということではないけれども、デンマークの人々が納得できるような挿絵を厳選してやらなければいけないんです」ということをおっしゃいました。

*出版社の記載のないものは、福音館書店刊
イラスト・佐藤奈々瀬

 

 ディック・ブルーナ(1927-2017年) オランダの絵本作家、グラフィックデザイナー。1953年に初めての絵本『de appel』を刊行。1955年には『nijntje』(日本語訳『ちいさなうさこちゃん』いしい ももこ 訳)を刊行し、以降、人気作家として長く活躍した。
*2 スピノザ(1632-1677年) オランダの哲学者。アムステルダムの貿易商の家に生まれる。神と自然は一体化したものという存在論的な概念に基づいた思想を展開した。『エチカ 倫理学』上・下(岩波文庫/畠中尚志 訳)など。
*3 モンドリアン(1872-1944年) オランダの画家。アムステルダム国立美術アカデミーで美術を学ぶ。色と線で平面的・幾何学的な表現を探求した抽象絵画の先駆者のひとり。「リンゴの樹」の連作が有名。
*4 早川元二(1920-1967年) 児童心理学者。編集者を経て、日本女子体育短期大学などで教鞭をとる。著書に『年齢と発育にあわせた子どものしつけ』(国土社・品切)など。
*5 ブルーナ社は、ディック・ブルーナの父親が経営していた出版社 A.W.BRUNA & ZOON を指す。ディック・ブルーナの作品もブルーナ社から刊行されていた。
*6 せなけいこ(瀬名恵子・1931-2024年) 絵本作家。童画家の武井武雄に師事。「いやだいやだの絵本」4冊セットでデビュー。同作で第17回産経児童出版文化賞を受賞した。他に「あーんあんの絵本」4冊セット(福音館書店)、『めがねうさぎ』『おばけのてんぷら』(ともにポプラ社)など。
*7 エルサ・ベスコフ(1874-1953年) スウェーデンを代表する絵本作家。『もりのこびとたち』『ブルーベリーもりでのプッテのぼうけん』『おりこうな アニカ』(いずれも福音館書店)など。
*8 エゴン・マチーセン(1907-1976年) デンマークを代表する絵本作家。『あおい目のこねこ』(福音館書店)、『さるのオズワルド』(こぐま社)など。
 

 
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