手から手へ 松居直の社内講義録

第24回 福音館の本づくりの原点⑨ 松岡享子さんと巡ったヨーロッパ ─図書館員の眼差し─

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月刊絵本「こどものとも」を創刊し、多くの子どもたちに愛される絵本や童話の数々を送り出した編集者・松居直(まつい ただし)。この連載では、松居が2004年9月から2005年3月にかけて福音館書店の新入社員に向けて行った連続講義の内容を編集し、公開していきます。

福音館の本づくりの原点⑨

松岡享子さんが勤める、ボルティモアの図書館へ

ニューヨークを訪れた後、松岡享子さんの勤めていらっしゃるボルティモアのイノック・プラット・フリー・ライブラリーの分館へ行きました。

文庫活動をされている方々とのお付き合いについて先日申しましたけれど、当時は図書館の方々とのお付き合いもたくさんあったのです。とりわけ石井桃子さんは、図書館という存在を非常に重要視していました。児童図書館研究会(*1)という団体があり、今も活動していますが、私も石井さんから影響を受け、当時会長をしていらした小河内芳子(こごうち よしこ・1908-2010年)さんにお会いして、話を聞いたことがあります。

その頃、日本の出版界、特に子どもの本の出版界では、図書館の児童室というものを少しずつ意識するようになっていました。当時、渡辺茂男(*2)さんもアメリカへ留学していらした。そういう背景があって、私はアメリカの図書館の現場を知りたかったんです。

ボルティモアの図書館では、学校が終わると、小学生ぐらいの子どもがぞろぞろ、ぞろぞろやってくるんです。よく見ていると、松岡さんに会いにくるんです。ものすごく人気がある。松岡さんはやって来る子どもの読書歴をちゃんとわかっていて、「あなた、この前あれを読んだでしょう。じゃあ今度はこれにしたらどう?」などと言っている。だから子どもたちは絶大な信頼感を松岡さんに抱いていて、松岡さんに推薦された本を借りて帰るんです。私は、児童図書館員とはこういうものなのか……と、そのときにしみじみと思いました。

ちなみに、マリー・ホール・エッツの『赤ちゃんのはなし』(1982年、福音館より日本語訳を刊行)の存在を知ったのも、この図書館でのことでした。

『赤ちゃんのはなし』マリー・ホール・エッツ 作 坪井郁美 訳

そういうふうに、いろいろな情報に、人づてではなく、できるだけ自分で当たるということで、経験を積んできました。

また、アメリカには図書館学という分野があると知って、現地の図書館で図書館学のことを尋ねたり、実際にアメリカの図書館で働いた方が日本に帰ってくると、よく会いにいったりもしました。『もりのなか』(1963年)を訳された間崎ルリ子(*3)さんは、ボストンで図書館学を学んでこられました。上條由美子(*4)さんもニュージャージー州で勉強して帰ってこられました。そういう方々に、海外との手紙のやりとりのお手伝いをしていただくこともありました。

『もりのなか』
マリー・ホール・エッツ 作
間崎ルリ子 訳
『ちいさなもみのき』マーガレット・ワイズ・ブラウン 作 バーバラ・クーニー 絵 上條由美子 訳

出版と図書館の関係性

当時はアメリカの図書館の全盛時代で、すばらしい図書館員がたくさんいたのです。図書館員が、出版された本について、厳しく評価をしておりました。出版がビジネスなのは確かなんですけれども、ビジネス面で成功を収めても、アメリカの図書館員は納得しないんです。図書館員の評価が伴わなければ、その本は図書館に並びません。

アメリカの図書館員たちがどんな仕事をしているのか、このときに少し知ることができました。出版と図書館の関係も、少しずつわかるようになりましたし、それを通して出版の文化性というものを、私はあらためて意識するようになりました。

松岡享子さんとの旅──2度目のヨーロッパ

翌年、1963年に松岡享子さんがアメリカの仕事を終えて、日本へお帰りになると聞いたものですから、できたらご一緒にヨーロッパを回りたいと、私はお願いをして、ロンドンで落ち合うことにいたしました。なぜかというと、松岡享子さんというすぐれた図書館員が何をどういうふうに見るのか、もっとよく知りたかったからです。それから、どういうことに対して、どういう関心をもっているのかも知りたかったし、できればちょっと盗みたかった。

ロンドンでは、イギリスの指導的な図書館員であるアイリーン・コルウェル(*5)さんに、松岡さんがどうしても会いたいということで、私はその驥尾(きび)に付して、郊外にある児童図書館へ付いていったわけです。

コルウェルさんが児童室でどういう仕事をしていらっしゃるのか、かいま見ることができました。実際の図書館員の仕事ぶりは、現場を見ないとわかりません。会うことによって、現場を見ることによって、いろいろなことを感じます。情報や知識ではない、感覚が大切なんです。ですから、著者でも、誰でも、会いに行かなければ話にならないと思っています。

それからボドリー・ヘッド(The Bodley Head)という出版社に行きまして、ジュディ・テイラー(Judy Taylor)とマーガレット・クラーク(Margaret Clark)という、2人の大変優秀な編集者に会いました。このボドリー・ヘッドから刊行された本も、後に福音館から翻訳して出しています。

当時、私は出版社よりも、編集者をマークしていました。どの編集者がどこにいるか。仕事を見ると “誰か” がいる、とわかるんです。本の中に編集者の存在を感じる本がある。会えるようなら、とにかく会いに行きました。

スイスのディミトリエ・シジャンスキー(Dimitrije Sidjaski *6)などもそうでしたね。もともとユーゴスラビアの人で、スイスに亡命して出版社を作ったんです。彼が掘り当てたのは、『ほらふき男爵の冒険』(1982年、福音館書店より日本語訳を刊行 ※品切)を描いたビネッテ・シュレーダー(Binette Schroerder *7)。すごい絵描きさんを絵本の世界に引っ張り込みました。

*出版社の記載のないものは、福音館書店刊
イラスト・佐藤奈々瀬

 

 児童図書館研究会は、公立図書館で経験を積んだ小河内芳子(初代会長)らが中心となり1953年に設立。児童図書館に関する研究を行い、図書館における児童サービスの向上など、子どもの読書環境の充実をめざして活動している。
*2 渡辺茂男(1928-2006年) 児童文学者、翻訳者。ニューヨーク公共図書館児童部勤務を経て、慶應義塾大学文学部図書館学科で教鞭をとる。文章を手掛けた作品に『しょうぼうじどうしゃ じぷた』『とらっくとらっくとらっく』『もりのへなそうる』など。翻訳作品に『かもさんおとおり』『エルマーのぼうけん』(以上、福音館書店)、「おさるのジョージ」シリーズ(岩波書店)など。
*3 間崎ルリ子 翻訳者。1937年、長崎県生まれ。ボストンのシモンズ・カレッジ大学院などで図書館学を学び、ニューヨーク公共図書館児童室に勤務。帰国後は、神戸で「鴨の子文庫」を主宰。また、東京子ども図書館の評議員と理事を歴任。翻訳した作品に『もりのなか』『いたずらこねこ』『ゆうびんやの くまさん』など。
*4 上條由美子 翻訳者。1932年、山梨県生まれ。ニュージャージー州のラトガース大学大学院図書館学校を卒業。在学中から、トレントン市立公共図書館児童室で働く。翻訳作品に『ちいさなもみのき』『ミリー・モリー・マンデーのおはなし』『クリスマスのちいさなおくりもの』(以上、福音館書店)、『農場にくらして』(岩波書店)など。
*5 アイリーン・コルウェル(Eileen Hilde Colwell/1904-2002年) イギリスの児童図書館員。40年にわたり児童図書館員として勤め、児童図書サービスの向上に取り組んだ。ストーリーテリングを児童図書館サービスに取り入れた人物で、ストーリーテリングの名手としても知られる。
*6 ディミトリエ・シジャンスキー(Dimitrije Sidjanski/1914-1998年) 作家、出版人。旧ユーゴスラビア生まれ。1945年にドイツからスイスに移り、執筆活動を始める。後に妻となるブリギッテと出会い、2人で出版社ノルドズッドを設立した。
*7 ビネッテ・シュレーダー(Binette Schroerder/1939-2022年) 画家、絵本作家。ドイツのハンブルクに生まれ、スイスのバーゼルデザイン学校で学ぶ。1969年、初めての絵本『お友だちのほしかったルピナスさん』(日本語訳は岩波書店より刊行 ※品切)でBIB金のりんご賞を受賞。
 

 
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