手から手へ 松居直の社内講義録

第23回 福音館の本づくりの原点⑧ ネコの目とヤギの目/『おおかみと七ひきのこやぎ』

絵本 |
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月刊絵本「こどものとも」を創刊し、多くの子どもたちに愛される絵本や童話の数々を送り出した編集者・松居直(まつい ただし)。この連載では、松居が2004年9月から2005年3月にかけて福音館書店の新入社員に向けて行った連続講義の内容を編集し、公開していきます。

福音館の本づくりの原点⑧

ハンス・フィッシャーの『ブレーメンのおんがくたい』

スイスのチューリッヒで再会したベッティーナ・ヒューリマンさんに、ハンス・フィッシャー(*1)の絵について質問したことがあります。

ヒューリマンさんのお宅へうかがいましたら、応接間にフィッシャーの『ブレーメンのおんがくたい』の原画が掛けてあったので、「これはどうされたんですか?」と聞きましたら、「ハンス・フィッシャーさんがくださったんです」ということでした。それなら、この方に聞けばわかるかなと思ったのです。

スイスは当時、非常に絵本のレベルが高かった。岩波書店がアロイス・カリジェ(*2)の絵本や、ハンス・フィッシャーの『こねこのぴっち』(1954年)を出していました。私も原書を取り寄せていましたが、ハンス・フィッシャーの作品では、『ブレーメンのおんがくたい』が残っていましたから、契約をしたのです。

『ブレーメンのおんがくたい』 グリム童話 ハンス・フィッシャー 絵 せた ていじ 訳

ところが、ドイツ語に訳された初期のものを見ると、ある場面で、ロバが建物の手前に描いてある。それが、後の版では後ろにいるんです。その理由が知りたくて、ヒューリマンさんにお尋ねしたら、「私もそれは気がつかなかった」とおっしゃって、『ブレーメンのおんがくたい』の印刷をしているチューリッヒの印刷屋さんへ案内してくださいました。印刷屋の社長は、「それはハンス・フィッシャーさんが描き直されたんです。初期の版は、手前にロバがいたんです。でものちに、後ろにいたほうがいいだろうということで描き直されたので、こちらが最終的なハンス・フィッシャーの判断です」とちゃんと教えてくださいました。

『ブレーメンのおんがくたい』より

有名な、ことにリトグラフの印刷では、ヨーロッパで指折りの印刷屋さんでした。当時、美術書はスイスが抜きん出ていましたから、そういったスイスの印刷工場が見られたことも、とても勉強になりました。

ネコの目とヤギの目/『おおかみと七ひきのこやぎ』

スイスの作家で、フェリクス・ホフマン(*3)のこともお話ししておきますと、ホフマンさんの絵本は、当時どの出版社も手をつけていなかったので、契約をさせていただくことにしたのです。

『おおかみと七ひきのこやぎ』 グリム童話 フェリクス・ホフマン 絵 せた ていじ 訳

初めは『おおかみと七ひきのこやぎ』を出そうと思ったんですけれども、編集部員から指摘を受けました。水口健(*4)君と薮内正幸(*5)君が、「この本はこのままではだめです」と言うんです。「どうしてだめなの?」と聞くと、「間違っています」と。「何が間違っているの?」と聞いたら、「ヤギの目が違う」ということでした。

ネコをよく知っていらっしゃる方は、ネコの瞳がどういうふうに切れてみえるかわかると思います。ネコは縦なんです。だけど、ヤギは横なんです。ホフマンさんの絵は、それが縦になっていたんです。水口君は獣医の資格をもっていましたから、家畜のことをよく知っている。動物画家の薮内君も、動物のことなら何でも来いという方ですからね。

ネコの縦長の瞳と、ヤギの横長の瞳

私は大急ぎでホフマンさんに、「ヤギの瞳が間違っている」と専門家が言っております、と手紙を出しました。そうしたら丁寧な返事が来ました。「おっしゃる通りです。日本の方は自然に非常に親しみをもっていらっしゃるということを聞いておりますが、さすがですね。直します」と。『おおかみと七ひきのこやぎ』は当時、イギリスでも、アメリカでも、ドイツでも、北欧でも、間違ったまま翻訳出版されていたんですよ。日本人が初めてそれを指摘したんです。その後、修正された絵のフィルムが届きました。ほかの国のものも、その後、みんな直りました。福音館ってうるさいところですね(笑)。

横向きに修正されたヤギの瞳/『おおかみと七ひきのこやぎ』より

動物や植物は怖いですよ。植物なら、葉っぱがどういうふうについているかとか、花がどこにつくかとか、そういうことを、ちゃんと専門家に聞かないといけないんです。安野光雅さんのような方は、そういうことをものすごくよく知っていらっしゃいますが、僕は動植物は苦手な方ですから、水口君と薮内君がいてくれて本当によかったと思いました。それ以降は、動物だったら何でも「これ見て」と持っていっていました。

そういうことで、『おおかみと七ひきのこやぎ』(1967年)より、『ねむりひめ』(1963年)の方を先に出すことになったのです。

『ねむりひめ』 グリム童話 フェリクス・ホフマン 絵 せた ていじ 訳

単身、アメリカへ

チューリッヒで、フランクフルトから同行していた日本の出版界の皆さんとお別れをして、私はひとりでアメリカへ行きました。心細かったです。飛行機に乗っても、日本人なんかひとりもいないんです。本当にこれ、ニューヨークに行くんだろうなあ? と思って、最後まで心配でした。降りたらニューヨークだったので、安心しました。
 
空港には松岡享子さんが迎えに来てくださいました。松岡さんはアメリカに留学をされて、ウェスタン・ミシガン大学大学院をお出になった後、ボルティモアのイノック・プラット・フリー・ライブラリー(Enoch Pratt Free Liblary)という有名な古い図書館に勤めていらしたのです。私は英語が苦手なので、手伝っていただくことになっていました。
 
ちなみに、私は松岡さんを慶応大学時代から知っています。「こどものとも」を出すと毎号はがきが届いて、そこに的確な批評が書いてあるんです。どういう人だろうと思っていたら、慶応大学の図書館で働いている人だと聞いて、会いに行きました。それが松岡享子さんです。

『あおくんときいろちゃん』のこと

アメリカでは、松岡さんとニューヨークの公共図書館の児童室を訪ねました。なぜかというと、私はどうしてもアメリカの図書館員の方々に聞いてみたいことがあったんです。「レオ・レオーニ(*6)の『あおくんときいろちゃん』(日本語訳は至光社より刊行)は本当に子どもが喜ぶか」ということです。実は、その前に私は『あおくんときいろちゃん』と『ひとあし ひとあし』(日本語訳は好学社より刊行)の原書を手に入れて読んでいましたが、こんな抽象的な絵が子どもにわかるだろうか? ということが気にかかって、出すか出さないかを本当に迷っていたのです。

それで図書館の児童室の責任者の方に、「この絵本を子どもは喜びますか?」とうかがったら、「喜びます」とおっしゃった。「ニューヨークの子どもたちはこの絵本がとても好きです」と。私はそのとき、絵本の見方をもっともっと勉強しなければだめだなと思いました。

帰国してすぐに、原書を刊行している出版社に手紙を出しましたが、梨のつぶてだったんですよ。何度か出したんだけど返事がないので、そのままになっていたんですけども、後で調べたら倒産していたことがわかりました。その後、その版権がランダム・ハウスに移って、至光社の武市八十雄(*7)さんが版権を取られるわけです。武市さんが出すならいいよと私は思いました。尊敬している編集者の一人でしたから。

*出版社の記載のないものは、福音館書店刊
イラスト・佐藤奈々瀬

 

 ハンス・フィッシャー(1909-1958年) スイスの画家、デザイナー、絵本作家。ベルンに生まれ、ジュネーブの美術学校で学び、パウル・クレーからも教えを受けた。『ブレーメンのおんがくたい』や『たんじょうび』(おおつか ゆうぞう 訳/ともに福音館書店)、『こねこのぴっち』(石井桃子 訳/岩波書店)などの絵本は、自身の子どもたちのために描いたもの。ほかに『長ぐつをはいたねこ』(やがわ すみこ 訳)など。
*2 アロイス・カリジェ(1902-1985年) スイスの画家、絵本作家。絵を手掛けた絵本に『ウルスリのすず』『大雪』(ともに岩波書店)などがある。
*3 フェリクス・ホフマン(1911-1975年) スイスの画家、絵本作家。アーラウに生まれ、バーゼルの美術学校、ドイツのカールスルーエの美術学校で学ぶ。故郷の中学校で美術を教えながら、創作活動を続けた。80冊以上の本の挿絵を手掛け、自身の子どもたちのために描いた『おおかみと七ひきのこやぎ』『ねむりひめ』『ながいかみのラプンツェル』(いずれも福音館書店)は、今も読み継がれている。
*4 水口健(みなくちたけし/1926-2013年)。現・帯広畜産大学を卒業。1958年に福音館書店に入社し、絵本の編集などに従事。「母の友」編集長も務めた。文章を手掛けた絵本に『かいたくちのみゆきちゃん』(こどものとも1959年11月号)がある。
*5 薮内正幸(1940-2000年) 動物画家、絵本作家。幼少期から動物が好きで、独学で描きはじめる。高校卒業後、生物の図鑑の挿絵を描くため福音館書店に入社、国立科学博物館の研究者・今泉吉典の指導を受けながら標本画の技術を磨いた。図鑑の企画は頓挫するが、動物の絵本を多く手掛けるようになる。1971年以降はフリーランスの画家として活躍。絵本に『どうぶつのおやこ』『しっぽのはたらき』『どうぶつのおかあさん』(いずれも福音館書店)、挿絵の仕事に『冒険者たち』(岩波書店)などがある。山梨県北杜市の薮内正幸美術館で多くの作品を見ることができる。
*6 レオ・レオーニ(1910-1999年) オランダ出身の絵本作家。イタリア・ミラノでグラフィックデザインの仕事を始め、1939年に渡米、アートディレクターとして活躍。1959年、初の絵本『あおくんときいろちゃん』(至光社より刊行)を出版。『スイミー』『フレデリック』『アレクサンダとぜんまいねずみ』(いずれも好学社)など多くの作品を残した。
*7 武市八十雄(1927-2017年) 児童書出版社・至光社で編集者として絵本の企画制作に取り組み、後に代表取締役を務めた。
 

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