北海道で、長年にわたり、子どもの心に寄りそってきた児童精神科の先生がいます。
田中康雄先生は、発達障害や不登校など、子どものこころの悩みとからだの症状に、真摯に向きあってきました。
診察室で先生は、子どもに、親に、どんな「ことば」を伝えるのでしょうか?
子育てのヒントが詰まった連載です。
第5回は、スマホに夢中で部屋にこもりっきりの中1のけんとくん。スマホのことで相談する親が増えているそうです。
みなさん、こんにちは。
今回は、中学1年生のけんとくんのお話です。
中学生になって、念願のスマートフォンを手に入れてから、自室にこもりっきりになり、スマホを手放せなくなっているそうです。
《問診票より》
8月某日
・けんとくん(仮名)、中学1年生。
・中学に入ってから、スマホでゲームや動画視聴に夢中になり、寝る時間が午前0時を過ぎることもしばしば。朝はなかなか起きられず、授業中に寝てしまうことも。心配した両親が、けんとくんを連れて診察へ。
けんとくんは両親と一緒に診察室に入ってきました。
手にはスマホを持っています。待合室でもスマホに集中していました。
いつものように挨拶をしてから、今日ここに来てくれた理由を尋ねます。けんとくんは、「特にない」とスマホを見ながら答えます。母親が何度もスマホを切るように言いますが、けんとくんは聞き入れません。
僕はけんとくんに、ふだんスマホで何をしているのか、夢中になっているゲームや、よく見るYouTubeについて尋ねます。答えてくれた情報をiPadで検索すると、けんとくんはiPadをのぞき込み、あれこれと話してくれます。「よく知っているね」と言うと、ようやく僕と目を合わせて笑顔を見せてくれました。
「今日は、けんとくんがスマホにハマっていて、生活がうまくいかなくなっているのではないかと、ご両親が心配して来ることにしたみたいだよ」
そう伝えると、けんとくんは小さくうなずきました。僕は続けます。
「でも、きっと今のけんとくんには、スマホは必要で大切なものなのだろうと思う。お父さんお母さんにあれこれ言われないような上手な使い方を一緒に考えたいけど、どうだろうか?」
けんとくんは小さくうなずき、またスマホを触り始めました。
「じゃあ、これから定期的に来てもらって、作戦を一緒に考えよう」
そして、けんとくんには退席してもらいます。
両親からは、けんとくんの日々の様子が語られます。
小学校時代にちょっとしたいじめにあったこと。学校は休まずに登校しているもののあまり楽しそうではないこと。成績は特に低いわけではないけれども学習意欲があまりないこと。自室では誰かと話しながら夜遅くまでスマホでゲームをしていて、声を聞く限りは楽しそうにしていること。休日は午前中いっぱい寝ていて、あまり外出はしたがらないこと……など。また、中学生になってから、特に父親とは話しにくくなっている、とも。
「今の状態ってスマホ依存ってことでしょうか?」と母親が尋ねます。
「そうですね。好きなことにハマっていることは確かですね。ただ、きちんと登校しているし、今日もこうして来てくれましたし、生きがいというと大げさですが、今のけんとくんにとって、スマホは大切な必需品ということなのでしょうね」
それから僕は続けます。
「さっき提案したように、その支えとなっているスマホと上手に付き合う方法と、それ以外の大切な必需品を一緒に見つけたいと思います。しばらく一緒に通ってくれますか?」
ということで、通院が始まりました。

スマートフォンに熱中して生活がままならない、という相談者は増えています。多くの親はそんな子どもにどうかかわるか戸惑っています。
「子どもから無理矢理スマホを奪って隠しても、必ず見つけてしまうんです」
「何も言わないでいると何時間も使い続けて、朝起きられないので遅刻続きです」と、親からは疲弊した声が聞こえてきます。
確かにあまりにも熱中してまったく手放せなくなり、結果登校もできず、自室に引きこもっている子もいます。その場合は、受診もままならず、しばらくは親からの相談のみに対応することになります。
親だけの受診が継続していくなかでちょっとした変化が生じることがあります。親が通院していることを子に伝え続けていく中で、子ども本人が「僕も相談してみようかな」という気持ちになるのです。また親が通院しながら、何度も本人の受診を勧めることで観念して本人が登場する場合も。時間は多少かかりますが、けっこう変化はあるものです。
今回のように、生活リズムは乱れているけれども、一応登校はできている場合、僕は監視を強めるのではなく、その子が熱中しているゲームなどの情報を集め、その子と話します。その子がスマホに強く惹かれた理由が何かしらあると思っているからです。
そしてふだんの生活の中で、困っていることや楽しいことを確認します。それを手がかりに、診察室での話を広げていこうと思っています。
でも、その話が年寄りの僕にとって異次元の内容で、歯が立たないこともあります。そんなとき、僕は同僚の心理師にその子の相談相手になってもらいます。同僚の心理師は僕にない力を持っていて、子どもたちと意気投合する姿を見せてくれます(もちろん治療的視点はもったうえで)。
また、ときに、子どもから見て僕が「親寄り」に見えてしまうこともあります。それは、親と対立すると継続しての受診が成り立たないことがあるからです。親側につくことはありませんが、子どもからすれば少し警戒したくなることもあるでしょう。心理師は、親とは一定の距離を置けるので、まっとうに子どもと一緒に過ごせます。そういうところでも、僕はとても助けられています。
子どもたちが、スマートフォンという空間の中で息継ぎをしたい理由はあるはずです。リアルな日常にある「生きづらさ」から、しばし逃れるためのもうひとつの世界、それが彼らのスマホやゲームの世界なのではないか。心理師からの報告を受けるたびに、痛感します。
僕は、その息抜きと、リアルな生活のバランスが取れる手立てを考えたいのです。
そのためには、彼らがなぜ息抜きが必要なのかを探る必要があります。
親は、何がなんでも強制的でもよいから現状を改善したい、という方から、あれこれ言っても仕方ない、そのうち徐々に、と鷹揚に構えている方までさまざまです。ひとりひとりの親の思いを大切にし、それぞれの家庭のスマホへの取り組み(時間が来たら回収する、使えないようロックするなど)に対して完全には肯定も否定もしないという曖昧な態度をとりながら、子どもには、「スマホは君にとって必要な息抜き手段のひとつなんだよね」ということを、ゆっくりと伝えていきます。
この親と子どものいずれにも偏らない態度を僕はよくとります。ずるいかもしれないですが、「三方一両損」ということを念頭に、バランスをとるのです。
話していく中で、けんとくんは、人間関係でちょっと戸惑っていることがわかりました。すぐに誰かと親密になるということが苦手であること、小学生時代にいじめにあったことがつらかったこと(両親にとっては、ちょっとしたいじめという印象でした)、中学のクラスにすぐに馴染めなかったこと。そして、そのときに手に入れたスマホは、「なんとなく自分を裏切らない『武器』のように感じた」と話してくれました。
「けんとくん、悩んでいたんだね。そんな中で手に入れた武器は、そうそう簡単には手放せないね」と僕は伝えました。
けんとくんは、「でも、親が心配していることもわかる……僕もなんとかコントロールしたい。でも……」と冷静に言い、そこで話が止まります。
「なんとかしたいと思っていることは素晴らしいことで、それを僕や心理師の先生と一緒に考えていこう」と僕は伝えました。
その後、けんとくんは、自分にとって仮のリアルな世界であったスマホのゲームを、心理師と共有しました。心理師と一緒にゲームをしながら──心理師はカウンセリングと称して(笑)、子どもたちと一緒にゲームをします。ときには子どもたちを負かしてしまうのです──日常の愚痴をこぼし始めます。子どもが見つけたスマホのゲームという息抜きは、二人で行うことで、仮ではなくリアルな世界に変化していくように感じています。
そんな関係を作っていく中で、ある日、けんとくんは、「今日はゲームではなく、相談したい」と語り、心理師は「その内容は医師へ伝えた方がよい」と助言し、彼の心の内(クラスに馴染めずに少し孤立感を感じていたこと、スポーツで活躍している弟に親の関心が向きすぎているように感じること、話を聞いてくれず叱るばかりの父のこと……など)を聞き取ることができるのです。
主な対応は引き続き心理師にお願いしつつ、僕は、必要であれば学校に連絡したり協力を要請したり、また弟や父への思いをどう整理していくか等の作戦を、けんとくんと一緒に考えていきます。
さて、僕の手の内は、相変わらずこんな感じです。けんとくんが心理師に見せる表情を僕には見せてくれないことが、ちょっと悔しいのですが、「役割分担」と思うようにしています。

けんとくんの日々の行動自体に大きな変化はありません。でも生活は特に大きく乱れることなく、ときどき親から小言を言われながら過ごしています。
中3になり、高校を検討するとき、けんとくんは初めて自分の野望を語ります。進学先を決めると、受験のために「しばらくゲームを封印する」と心理師に語ったそうです。
心理師とのやりとりの中で、けんとくんは自分のこれからの道を見つけたようです。心理師はゲームの師匠から人生の師匠になりました。
桜が咲いた春、それまで孤軍奮闘していた母親は、晴れ晴れとした表情で診察室を訪れました。
イラスト・早川世詩男
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