読み聞かせは子どもにいいらしい。そんな話を耳にしたことはありませんか? でも……絵本がいいってほんと? この連載では、さまざまな角度から、絵本と子どもの関係を解き明かしていきます。
今回は、長年にわたる幼稚園教諭としての経験を持ち、現在は国立音楽大学で幼児教育学を教えている林浩子先生にお話をうかがいました。国立音楽大学附属幼稚園の園長も兼任されている林先生。子どもたちの笑い声が聞こえる中でのインタビューとなりました。
──保育現場で、絵本はどのような存在なのでしょうか? 家庭での読み聞かせと違う部分はありますか?
園のみんなで同じ絵本を楽しむ時間を共有すると、子どもたちの世界の広がりが、よりダイナミックになると思います。
もう30年ほど前のクラス担任をしていたころになりますが、植物園に遠足に行ったときに、鬱蒼とした森を見て、ある子が「“めっきらもっきら” の森だ!」と言いました。ちょうどその月に何度も読んでいたのが『めっきらもっきら どおん どん』だったのです。その子の言葉をきっかけに、ほかの子どもたちも「ほんとだ!」と言って、絵本に出てくる呪文を唱えながら、みんなで森の中を歩きはじめました。

同じ森にいても、その雰囲気と『めっきらもっきら どおん どん』が結びつかない子もいるわけですよ。けれど、誰かが「あ、“めっきらもっきら” の森だ!」と言ったら、一緒に楽しむことができる。同じ絵本をみんなで読んでいたからこそ、個人の気づきを超えて、絵本の世界と森の雰囲気が重なる瞬間をみんなで楽しむことができた……家庭で読んでいても、なかなかここまでの広がりは生まれないですよね。子どもたちが集団で過ごす園という場所だからこそ生まれた時間だったなと思います。
──絵本の世界と、現実の世界が重なる時間ですね。
「幼年童話」の場合は、広がりがさらに大きくなることもあります。
別のクラスで、『エルマーのぼうけん』シリーズを何週間もかけて読んでいたことがありました。ある日、フラフープが園庭のいろんなところに置かれているのを見た子が、「あ、“ぴょんぴょこいわ” だ」と言いはじめたんです。

そこから、フラフープを岩に見立ててピョンピョン跳んだり、「みかん島はここにしよう」と新たに場を作ったり……園庭を『エルマーのぼうけん』の世界に重ね合わせながら、みんなで遊びはじめました。その遊びがさらに広がっていって、その年の生活発表会では、『エルマーのぼうけん』をオペレッタにして、みんなで演じました。
幼年童話は、読むのに何日もかかるので、お話を通して毎日エルマーと会っているような感覚になります。その時間があったからこそ、『エルマーのぼうけん』が子どもたちの共通言語のようになって、園庭のフラフープを見たときに「あ!」となったんだと思います。これが、集団で絵本を読む醍醐味ですね。
一方で、子どもたちひとりひとりに好きな絵本を選ばせてみるのも、大人にとっては発見があるんですよ。
いろんなジャンルの絵本を用意して「この中から好きな絵本を選んでごらん」と言うと、意外な絵本を選ぶ子がいるんです。やんちゃでちょっと乱暴な子が、あたたかく柔らかい世界観の物語絵本を選んだり、いつも物静かでおっとりしている女の子が、機械の仕組みを扱う科学絵本を選んだり……絵本を通して、その子のまた違う一面を見ることができます。親御さんが、「うちの子がこの絵本を選んだんですか?」ってびっくりすることもあるくらい。子どもを見る目が変わりますよね。
──絵本の時間は、いろいろな面で保育を支えているんですね。その一方で、現場で働く若い先生の中には、保育の中で絵本をどう活かしていくか迷ってしまう方もいらっしゃるようです。
保育を学ぶ学生に向けて、大学では「保育内容 言葉の指導法」という授業があり、その中で「指導案」を作成させます。学生が初めに取り組むのが、絵本や手遊びなどの指導案で、その中に、「この絵本を読むねらいは何か」を書かせる項目があります。指導案で「ねらい」を書き続けていると、どうしても絵本を読むときに「何のために」というのを意識してしまいますよね。読んで楽しいだけではいけないような気がしてしまう先生もいるのかもしれません。
親御さんもそうですが、最近は「何かを子どもに伝えるために絵本を選ぶ」という傾向が強くなっているように思います。もちろん、読み手から聞き手に作者のメッセージを伝えることは大切です。ただ、子どもたちは絵本と実際の体験を行き来しながら、世界を広げている。その様子に気づけなくなってしまうのは、ちょっともったいないなと思うんです。
──絵本の読み方についてもうかがいます。大勢の子どもたちに向けて読む場合、「みんなお話を聞けているかな」「退屈そうにしている子がいないかな」など、気になってしまうこともあるかなと思うのですが……
絵本の時間を子どもたちと一緒に楽しめているなら、「ちゃんと読み終えなければ」「しっかりお話を聞かせなければ」というプレッシャーはあまり感じなくてよいと思います。
5才児のクラスで、久しぶりに『ぐりとぐら』を読んでいたときに、ひとりの子どもが「あ! わかった!」と言って、お話の途中で図書室にダーッと走っていったんです。なにかと思ったら、『いやいやえん』を持ってきて、「ほら、ここにおなじおおかみがいる!」「こぐちゃんがいる!」って、クラスのみんなで頭を寄せ合って『いやいやえん』を見はじめました。それから「『ぐりとぐら』の森と『いやいやえん』の森は、おんなじ森だったんだね」と言ったんです。


そうしたら、今度は別の子が、「ぐりとぐらが出てる絵本がほかにもある」って言いだしました。『そらいろのたね』なんだけれど、また図書室から持ってきて、「ここに、ぐりとぐらがいた!」って言いあっているんです。

結局その日、『ぐりとぐら』は最後まで読めませんでした(笑)。でも子どもたちにとっては、『ぐりとぐら』を何度も楽しむ中で生まれた疑問を自力で解決していく、大切な時間になったと思います。
──それでもいいということなんですね。
それでもいいし、そういう時間も大事にしたいと思います。「こういうことを学ぶために、この絵本を読みます。みんな聞いてね」というだけではなくて、もっと絵本を柔軟に捉えていい。絵本というのは、誰かと一緒に見て、みんなで同じ世界に入っていくおもしろさの中で、新たな気づきや発見をしながら心を動かしていくものでもあるのです。5才の子どもたちが、中川李枝子さんと大村百合子さんの世界観を楽しんでいるんですもの!
わたしは「保育には絵本が絶対必要」と常々言っているのですが、子どもと共に絵本を楽しむ時間を通して「子どもを知る」「子どもの世界を知る」ことができる、というのがその理由のひとつです。
絵本を読んでいるときに、子どもの反応を丁寧に見ていると、表情がパッと明るくなったり、「えっ?」という顔をしたりします。そうやってよく観察していると、ひとりひとりの頭の中で何が起きているかを知ることができるのです。
読み聞かせは、子どもたちの発見や疑問を一緒に味わいながら、子どもの考えや、見方を知る時間。そう考えると、必ずしも最後まで読み通すことだけが目的ではないんですよね。絵本を介して、今その時間・場や空間を、子どもと一緒に楽しめていれば十分。
お話を聞かせなきゃ、というスタンスから、絵本を共に読みながら子どもの声を聴こう、というスタンスに変わったら、保育のあり方も変わりますよ。「この子はこの場面で喜んでいたから、あとでこんなふうに声をかけてみよう」「園庭でカエルを見つけたので、今日はカエルが出てくる楽しい絵本を読んでみよう」など、絵本と生活を行き来することが増えていって、保育がどんどん豊かになっていきます。

保育って、ジャズみたいなもの。ジャズって即興的に創られていくけれど、基本がないと成り立たない。保育も同じで、「子どもを丁寧に見る」とか、「子どもと信頼関係を築く」とか、そういう基本がきちんとあって初めて即興が成り立っていくものです。そのために、まずは、子どもの「needs(必要としていること)」「wants(願い)」「interests(関心)」を知ろうとすること。
雨が降った次の日に、園庭にできた水たまりをのぞき込んでいる子がいたら、その日はそこから保育をはじめてみる。教師の計画が先にあるのではなく、子どもと共に保育を創るとき、保育がおもしろくなっていくのです。
──読み聞かせも、保育も、向き合う姿勢や考え方ひとつで大きく変わっていくのですね。ただ、園の先生も、子育て中の方々も、子どもとしっかり向き合う余裕をもつのが難しいときもあるのかな……と思います。
もちろん、園現場でも家庭でも、ずっと余裕をもって子どもに向き合うというのは難しいですよね。絵本は子どもと同じものを見て関わる時間そのもの。絵本を読んでいる時間だけは、子どもと同じ目線になって、同じものを見ながら、子どもや子どもの世界を知っていこうと思うだけでも違うのではないでしょうか。
──子育て中の方から、「一生懸命読んでいるのに、子どもがしゃべってしまって先に進めない」という悩みが寄せられることがあります。なにかアドバイスをいただけますか?
ひとつの絵本を囲んで、指さしたり、話したりしながら過ごせているなら、それでいいと思いますよ。先ほどお話したように、読み通すことだけでなく、一緒に楽しむ時間が大事。そこから生まれる信頼関係や関わりが育っていって、初めて最後まで絵本を楽しめるようになります。
「読み聞かせ」という言葉を使うから、「最後まで聞かせないと」なんてプレッシャーを感じるのかもしれません。代わりに、「読み聴く」というのはどうでしょう。子どもの表情や視線の動き、体の動き、声……それらを聴こうとすると、絵本の味わい方が変わってくる。絵本を読むことも、保育も、子育ても、「させる」ではなく、「共に」が大切です。そのことを、絵本がわたしに教えてくれました。
そういうわたしも、息子と娘が小さいころ「絵本読んで」と言われて、「え、今日読んだじゃない?」なんて言ってしまったことがありました。読んだのは、仕事先の幼稚園の子どもたちにだったんですけれど、混ざってしまって(笑)。そんな疲れてどうしようもないときには、「じゃあ今日はママに読んで」って言ってみたり、お話のCDを一緒に聞いたりしていました。自分が「読んであげる」ことよりも、子どもの反応を見ながら「一緒に楽しむ」ことを優先して。
忙しい毎日の中で、子どもがテレビや動画を見ている間に家事を片付ける、ということもあると思います。そういうときに、家事をしながら親も一緒に歌うとか、子どもが踊っているところに合いの手を入れるとか、少しでも共に楽しんで、関わりの時間にできるとよいのではないでしょうか。
そんないろいろなメディアがある中で、なぜ子育てや保育に絵本が大切なのか。それは、絵本の時間には、必ず読んであげる「人」が必要だからだと思います。絵本を読む声や、触れ合っている体のぬくもり……そういうものの記憶が、その子の人生を支えていくのです。
※園の写真はイメージです。
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