「こどもとわたし」は、さまざまな方面で活躍する方々に「こども」というテーマでエッセイを執筆していただく連載です。書き手は、毎回変わります。
第5回は、画家の森千裕(もり ちひろ)さん。旺盛な創作と絵本への思い、そして絵本を通じた娘さんとの深い絆についてつづってくださいました。
森 千裕(画家)
「千裕」という名前は、母がいわさきちひろの絵が好きで、「ちひろのような、すてきな水彩画を描く子になってほしい」という願いから名づけたと聞かされました。家にはちひろの絵本や画集がいくつかありました。
その母の思いを知ってか知らずか、わたしは物心つく前から鉛筆で絵を描きはじめ、そして特に意識していたわけではありませんが、偶然の流れで、今では水彩画を描いています。
わたしはひとり娘を持つのが夢で、もし生まれたらと名前はずいぶんと前から決めていました。最も尊敬する小説家、安部公房のひとり娘「安部ねり」からいただき、「ねり」と名づけました。
実はこの文章を書くお話をいただいたとき、とても感慨深く、驚いて自分の目を疑いました。以前から密かに、絵本についてのまとまった文章を、機会があればどこかで書いてみたいと考えていたからです。
40歳のころ、人生でたった一人だけ自分の子に会いたいと決心し、20年間猪突猛進で続けてきた制作の手を、初めて「少しの間だけ」と決めて止めることにし、新しい生命を産むことに全神経を集中させました。
そうしてついに出会うことができたひとり娘。
その娘が生まれる前から、心に強く決めていたことがありました。
それは生まれてきてすぐから毎日、絵本を読み聞かせる、あるいは触れさせること。
どれだけ疲れている日でも晴れの日でも雨の日でも、絵本を読み聞かせることだけは欠かさずつづけました。『しろ、あか、きいろ』* などの大好きなディック・ブルーナの絵本が、娘が触れた記念すべき最初の絵本です。
絵本にこだわった理由のひとつに、わたしが紙の感触が好きだということがあります。単なるメモ帳に走り書きするようにドローイングを描いたり、絵画制作でも日本製の和紙や、イギリスやフランス製の水彩紙など伝統的であたたかみのある紙を用いています。

娘を見ていると、デジタルに触れる機会がものすごい勢いで増えていく様子を目の当たりにします。それに反比例して、紙に触れる機会は減っていくであろう未来を想像しました。
せめて親と過ごす時間が長い幼少期だけでも、思いっきり絵本とたくさん触れ、紙をめくる音や、感触や匂いを通じて、紙にも親しみをもってくれたらと思いました。そして一緒に過ごす限りある時間と命の中、間近で聞く生身の人間の肉声も感じてほしいと思いました。私自身は残念ながら、自分が幼かった頃、母に読み聞かせてもらったことは忘れてしまいましたが……。日常とはそんなもので、娘も私の思い入れとは裏腹にすっかり忘れてしまうのかもしれません。でも絵本は本棚に残りますし、何かの記憶の破片が体や心を形成するどこかに少しでも残ってくれたらという思いで今は一緒に読んでいます。
母からの口伝えで聞いた貴重な話で、幼いころ、年子の妹に私が絵本を読み聞かせていたそうです。まったく記憶にありませんが、それを聞いて、わたしも案外いいお姉さんだったのかもしれないなと誇らしく、その微笑ましい光景が目に浮かびました。
それまでは制作意欲の赴くままに夜通し制作したりしていました。制作には自分のすべてを一滴残らず抽出するため、それ以外の時間は自分の精神や体調を整えることに最も留意していましたが、赤ん坊の誕生と共に一瞬にして二の次となり、絵本選びや読み聞かせはわたしの新たな肝煎り事項として、堂々一位に躍り出たのでした。音楽を聴きに行くことや映画を観に行くことは私自身と制作の生命線でもあるので、娘が生まれてからも一緒に楽しんだり、時間を作ることを死守しています。
それからは娘の成長をつぶさに観察するなかで、今この子の成長段階には何が必要か? どんな刺激を与えたら面白い変化が起こるかな? そんなことを考えながら本屋さんの絵本売り場をワクワクしながら物色することが、キラキラと輝く水晶が生えてくるように人生の大きな喜びとなりました。ときには、まだ幼くて直接言い聞かせても理解できないことは、絵本を通じて伝えたりもしました(それは今でも困ったときは続けています)。
忙しくて絵本売り場や図書館、古書店に行けない時期が続くと、ソワソワと段々落ち着かなくなり、お腹が空いたように、急いで物色に行くほどです。
この「お腹が空くような感覚」あるいは「喉が渇くような感覚」は私が物心つく前から絵を描きたくなるときに感じていた感覚と似ているのです。5歳頃に描いた、人が大きなパンにかじりつく絵がまさにこの感覚をよく表した絵で、どこから湧いてくるのかわからない、生きようとする欲求、そして表現欲求そのものなのです。
その感覚は太古の昔から脈々と続く根源的な生の欲求、 DNA螺旋からのメッセージ、そして生まれたときからもともと自分の中に備わっていた何か、なのだと感じました。

この春、娘が小学校に上がり、ある変化が起きました。
文字はずいぶん前に読めるようになっていたので、時々はひとりで読むこともありました。その娘がついに図書室で自分で選んで借りて、それを自分ひとりで読むことが増えたのです。
毎日新しいことを習い、規則が一気にたくさん増え、帰ってくると疲れきって、コテンと寝てしまう。家にある絵本の読み聞かせの機会は、ほとんどなくなってしまいました。
あまりの急激な変化が予想以上に早く、突然に訪れたため、心の準備ができていなかった私は、なんだかとても寂しい気持ちにおそわれ、落ち着かなくなっていることにそのとき初めて気づいたのです。娘を安心させるために読んでいたはずが、娘との絵本の時間が自分の心の安定にも繋がっていたことに!
こんなふうに娘と絵本の思い出を懐かしく掘り起こしながら、あれも書きたい、これも書きたいと頭の中で組み立てていると、数奇なことに、日頃から恐れていた学校からの緊急呼び出しがありました。
震える胸を抑えながら迎えに行くと、いつもうるさいほどに元気いっぱいの娘が保健室のベッドでグッタリと眠っていました。
生まれて初めての大怪我を負ったのです。
しかし意外なことにこのときも、絵本が大活躍してくれたのです!
娘は心身に大きな衝撃を受けたことで、とても不安になっているようでした。こんなことが本当にあるんだなぁと子どもの神秘を目の当たりにしたのですが、今まで全部ひとりでできるようになっていた寝食が、一時的にできなくなっていました。四六時中抱っこでピッタリとくっついて一緒に過ごしてあげなくてはならなくなりました。赤ちゃん返りでした。赤ちゃんのころの娘に再会したようなとても不思議な体験でした。
すっかり甘えん坊に戻った娘は、「10冊連続で絵本を読んで!」と怒ったようにお願いしてきました。いつもなら疲れてしまうので10冊連続はさすがに断っていたと思いますが、このときばかりは「もちろん、何冊でも!」と快諾して満足するまで好きなだけ読みました。
ついさっきまで不安そうにしかめっ面をしていた娘が、とても安心したやさしい表情になるのを見て、絵本の力と、これまでに築き上げてきた私と娘にとっての絵本の絆を、改めて再確認しました。感動的なできごとでした。
そして最後に。
娘と過ごした7年間に、絵本の影響で私の制作にも変化が起こり、いつの日か絵本を出版したいという新たな夢ができました。
私の描いたドローイングを元に、以前に美術館のプログラムなどで、東京や愛知、福岡で子どもたちに聞かせたことがあるお話で、タイトルは「たぬきまんじゅう」といいます!
いつか、娘やほかの子どもたちが「たぬきまんじゅう」を手にする日がくることを夢見て。

文・絵 森千裕
メイン画像・Eternal Itching(谷底で10万年ひとりで踊り続けるタヌキ) 2017
麻紙に墨、顔彩、鉛筆、木製パネルにマウント
*『しろ、あか、きいろ』ディック・ブルーナ 文・絵 まつおか きょうこ 訳/福音館書店
今月の「とものま」
来月は これ読もう!
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絵本の選びかた
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