わたしの限界本棚

「ファンタジー」と「虫」から広がった読書……文庫を中心にギリギリまで詰め込んだ39冊の本棚|とものま編集部・I

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もし自分の蔵書を、ひと箱(35㎝四方)に絞らないといけないことになったら、そこには何を入れますか? 思い出の本や、何度も読み返したい本、さらにはもう手に入らないから手放せないという本まで……本好きが集まる出版社の社員たちが、本棚として成立する“限界”まで本を減らして詰め込んだ、「限界本棚」を覗いてみましょう。第2回は、「とものま」編集部・Iの本棚をご紹介します。

子どもの頃から「虫」が好きです。見つけるのも、つかまえるのも、飼ってみるのも! そんな少年が、ファンタジーに出会い、本の楽しさを知っていきました。

──とはいえ、育ったところが田舎だったので、虫捕りにはよいけれど、本に出会える場所は街道沿いの小さな本屋さんか小学校の図書室ぐらい。そのため全体像を見誤り、この頃は「この世にある本をぜんぶ読むぞ!」と心に決めていました。ある時、一生かけても読み切れないほどの本が存在することを知って、茫然……。出会える本には限りがあると気づいて以来、本選びはいつも真剣です。

今は、自室の壁一面を造り付けの本棚にして、祖父から譲り受けた大きな本棚も入れ、そこに本を並べています。数が多いのは小説で、自然系の本や詩の本、絵本もたくさん。子どもの頃の虫好きが高じて自然のもの全般に惹かれるようになり、森や海辺で見つけた木の実や鳥の羽、貝殻なども一緒に並べて楽しんでいます。

そんな蔵書の中から、ひと箱に収まるだけ選ぶなら…… 

1『ライオンと魔女』(ナルニア国物語)
 C.S.ルイス 著 瀬田貞二 訳/岩波少年文庫
2~10「指輪物語」シリーズ全9巻
 J.R.R.トールキン 著 瀬田貞二・田中明子 訳/評論社文庫

まずファンタジーの古典から2つ。『ライオンと魔女』に出会ったのは、小学校2年生のときのこと。担任の先生が教室で冒頭の部分だけ読んでくれました。末っ子のルーシィが衣装箪笥の中に入り込み、いつの間にか雪の降る真夜中の森の中へ。ぽつんとたたずむ街灯のあかりのもと、フォーン(半人半獣)のタムナスさんに出会う──そのあたりまでです。どこかに別の世界が存在していて、いつか自分のためにもその扉は開くかもしれない。そう思うと、いてもたってもいられず、学校の図書室に借りに行き、一気に続きを読みました。自宅には子どもが入れる衣装箪笥がなかったので、代わりによく押し入れに潜り込みました。ナルニア国への扉は開きませんでしたが、膨大な本の世界に続く扉を開けてくれた1冊です。

『指輪物語』も鮮烈な印象を残しました。冒頭の部分では、ホビット庄の穏やかな日常と、そこでの暮らしをこよなく愛するホビットたちの姿がとても丁寧に描かれ、最初はすこし冗長に感じたのですが、いざ冒険が始まると、その対比で心に響く響く……。また、一緒に旅立った仲間は最後まで共に旅を続けると思いきや、途中でバラバラになってしまい、それぞれに大きな試練が訪れます。ファンタジーの醍醐味がすべて詰まっている『指輪物語』。シリーズものはスペースをとるけれど、迷わず全巻投入…!
 

11『どくとるマンボウ昆虫記』
 北杜夫 著/新潮文庫
12『さびしい王様』
 北杜夫 著/新潮文庫 品切
13・14『楡家の人びと』上・下
 北杜夫 著/新潮文庫 ※現在は全3巻で刊行
15『あくびノオト』
 北杜夫 著/新潮社

北杜夫の作品が好きです。初めて手に取ったのは、もちろん『どくとるマンボウ昆虫記』。好きなものが出てくる本は、それだけで嬉しくなってしまいますが、話題が昆虫からあちこちに飛び火するのも楽しい。随所に散りばめられたユーモアに心をつかまれ、気づけば北杜夫作品の熱心な愛読者に。『さびしい王様』は童話の連作の1作目で、初めて読んだ時は笑いが止まりませんでした。カタカナばかりの暗号電文がこれでもかと続く場面なんてもう……!

何度も読み返してきたのは、『楡家の人びと』です。精神病院を舞台に院長の基一郎をはじめ楡家の人びとの生き様を描いた小説ですが、北杜夫自身が精神科医であり、その父で歌人の斎藤茂吉も精神科医だったことをご存知でしょうか? 実在する家族や親族が多くモデルになっているため、読みながら「こんな人いないよ」と笑ってしまう一方で、「もしかしたら本当にこういう人だったのかも」と思ってしまう。戦争とともに楡病院も変遷していくのですが、平和な頃の軽妙な筆致との対比が見事で、心を揺さぶられます。

『あくびノオト』は、旅先で巡りあった1冊。北杜夫が高校時代を過ごした長野県松本市の古書店に並んでいたのを買い求めました。見返しに、北杜夫のサインと高校の恩師の名前が書かれています。
 

16『未來歌集 自選二十人集』
  白玉書房 品切
17『詩を読む人のために』
  三好達治 著/岩波文庫
18『詩のこころ・美のかたち』
  杉山平一 著/講談社現代新書 品切
19『こころはナニで出来ている?』

  工藤直子 著/岩波現代文庫 品切

『未來歌集』を選んだのは、とても個人的な理由から。この中に母方の祖父の短歌が収録されています。早くに亡くなった祖父は、大学で機械工学を教える人でした。その一方で短歌に傾倒し、歌人と研究者のどちらで身を立てるか悩み、生活のために研究の道を選んだと聞いています。今年ふと思い立ちネットで祖父の名を検索してみると、この歌集が見つかりました。アララギ派の歌誌「未來」の同人20名が自選した歌が収められています。「我が胸に安らぎ眠る嬰児(ちのみご)よ ひそひそと妻は買物に出づ」「幼兒(おさなご)の投げ捨て去りし目覺しの人無き部屋に暫くは鳴る」……歌の中の妻は祖母、子は母なのだと思うと、不思議な感慨にとらわれます。

そんな祖父の影響もあり、詩歌の本も手にします。『詩を読む人のために』『詩のこころ・美のかたち』は、詩のおもしろさを教えてくれたもの。魅力的な詩が多数紹介されているので、とびっきりの解説がついた詩のアンソロジーとしても。

『こころはナニで出来ている?』は、詩人の工藤直子さんのエッセイを集めたもの。工藤さんのエッセイや詩には、幼き日々の “直ちゃん” がそのまま存在していて、読んでいると、自分の中にふだん隠れている子どもが目を覚まし、一緒に遊びはじめます。  
 

ほかに選んだ本は……

20『虫とけものと家族たち』(ジェラルド・ダレル 著 池澤夏樹 訳/集英社文庫 ※現在は中公文庫から刊行)|21『日本の名随筆⑩ 虫』(串田孫一 編/作品社 品切)|22『オルカ』(水口博也 著/ハヤカワノンフィクション文庫 品切)|23『カワウソと暮らす』(G.マクスウェル 著/冨山房百科文庫 品切)|24『海辺の石』(石の人 著 川端清司 監修/グラフィック社)|25『フラジャイル』(松岡正剛 著/ちくま学芸文庫)|26『子どもは判ってくれない』(内田樹 著/文春文庫 品切)|27『アーロン収容所』(会田雄次 著/中公文庫)|28『破船』(吉村昭 著/新潮文庫)|29『或る少女の死まで』(室生犀星 著/岩波文庫 品切)|30~33『大地の子』全4巻(山崎豊子 著/文春文庫)|34・35『ノルウェイの森』上・下(村上春樹 著/講談社文庫)|36『思春期をめぐる冒険 心理療法と村上春樹の世界』(岩宮恵子 著/新潮文庫 品切)|37『Now we are Six』(A.A.MILNE 著 E.H.SHEPARD 絵/METHUEN CHILDREN’S BOOKS)|38『アンドリュー・ワイエス 創造への道程』(愛知県美術館・中日新聞社)|39「coyote No.2 特集 星野道夫の冒険」(Switch Publishing)

「限界本棚、思ったより入る!」と喜んでいたら、サイズを5cm間違えていました……。

▼限界本棚はほかにも…▼

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