手から手へ 松居直の社内講義録

第22回 福音館の本づくりの原点⑦ フランスで翻訳出版された『かばくん』

絵本 |
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月刊絵本「こどものとも」を創刊し、多くの子どもたちに愛される絵本や童話の数々を送り出した編集者・松居直(まつい ただし)。この連載では、松居が2004年9月から2005年3月にかけて福音館書店の新入社員に向けて行った連続講義の内容を編集し、公開していきます。

ペール・カストールに会う ─ フランス

次にパリで、山口智子さん──『おそうじをおぼえたがらない リスのゲルランゲ』(1973年刊行)の翻訳をしていらっしゃる方です──にお会いしました。

山口さんはパリに留学をして、そのまま住んでいらしたものですから、通訳をしていただいて、そのおかげでペール・カストールにも会うことができました。ポール・フォシェ(*1)というのが、ペール・カストールの本名です。

いちばん尊敬する編集者

ポール・フォシェは、「アルバム・ド・ペール・カストール」というシリーズを出版して、フランスの絵本を近代化した人です。すぐれた編集者であり、子どもの本の理解者だったと思います。学校も経営されていた。子どもの文化に対しての先駆者的な仕事をした方です。妻はリダというチェコ出身の方で、このシリーズをご夫婦でお作りになった。

彼は、私がいちばん尊敬している編集者でした。じつは「こどものとも」を創刊するときに、ペール・カストールのアルバムが大きなヒントになったんです。紀伊國屋書店さんなどによく出ていた原書を手にして、フランスにはすごい絵本を作る人がいるんだな、こういうふうに作ればいいんだなと思っておりましたから、どうしてもお会いしたかったのです。ベッティーナ・ヒューリマンさんにお願いしたら、紹介状を書いてくださいました。

ポール・フォシェさんは、パリのサン・ミッシェル地区に住んでいらして、家を探して行ったんですが、どうしても見つからない。山口さんがそこで遊んでいる子どもたちに「ペール・カストールさんのおうちはどこですか?」と尋ねたら、子どもたちがものすごく緊張した顔をしてぱっと立ち上がって、丁寧に案内してくれました。その表情を見ていたら、どれほどペール・カストールを尊敬しているのかということがわかるほどでした。子どもたちはアパルトマンのドアのところまで連れていってくれて、「ここです」と言って、静かに退散していきました。

ポール・フォシェの仕事

ポール・フォシェの家には、ちょうどポーランドのご婦人が彼の仕事を研究しに来ていらして、そのために今まで手がけた本が全部応接間に展示してあったんです。400 冊以上ありました。ポール・フォシェの仕事の全貌がわかりました。

そのとき、机の上をふっと見ましたら、ポール・アザール(*2)の『本・子ども・大人』という本の原書(『LES LIVRES, LES ENFANTS ET LES HOMMES』フラマリオン社)がありました。日本でも1957年に翻訳出版(矢崎源九郎・横山正矢 訳/紀伊國屋書店)されて、大変よく読まれていました。

山口さんを通して「これはあなたが編集されたものですか?」とうかがいましたら、「私が編集したのではありません。ただ、私がポール・アザールに執筆を頼んだんです。フランスの子どもの本が、ヨーロッパの文学においてどういう意味をもっているか、そういうことをフランスでも最高の文学史家のポール・アザールに書いてもらったのがこの本です」ということでした。これは、ポール・フォシェがどれほどの見識をもっている人なのか、どれほどちゃんと過去・現在・未来を見ている人なのかということを示しています。

フランスで翻訳出版された『かばくん』

この訪問のときにポール・フォシェにお見せしたのが、『かばくん』だったんです。彼は山口智子さんがその場で訳されるお話を聞いて、「これは、俳句ですね」、そして絵を見ながら「これは浮世絵の線ですね」と言いました。確かに、ヨーロッパの絵描きさんは、こういう線はあまり描きません。ところが、ポール・フォシェは「これは俳句で、この絵は浮世絵だ」と話し、「日本人がこういう表現をするということは、とても興味がある」と言いました。

『かばくん』より/岸田衿子 作 中谷千代子 絵

そして、「翻訳をして出すことを考えてみます」とおっしゃったんです。ポール・フォシェはそれまでに、外国の本を翻訳して出したことはないんです。すべてオリジナルです。本当にびっくりしました。『かばくん』のフランス語版は、1965年に刊行されました。それがきっかけになって、『かばくん』の画家・中谷千代子さんは、ポール・フォシェご本人にお会いになっています。

そういったことがありまして、日本の絵本がヨーロッパの絵本とは異質なものをもっているということと、世界的に通用する質をもっているんだということについて、私はある確信みたいなものをもつことができたわけです。

IBBYの創設者イエラ・レップマン ─ スイス

スイスのチューリッヒでお会いした方で非常に重要なのが、イエラ・レップマン(*3)というご婦人でした。この方がIBBY(International Board on Books for Young People/国際児童図書評議会・*4)の創設者です。ユダヤ系のジャーナリストで、ドイツがナチスの支配下になったのでロンドンに亡命します。第二次世界大戦が終わってすぐにドイツへ引き返してきて、ミュンヘンでホームレスの子どもがいっぱいいるのを見て、ミュンヘンに国際児童図書館を作るわけです。そこで子どもたちに絵を描く機会や本を読む機会を作ります。本当にすごい人だと思います。

IBBYの世界大会への参加

ただ、当時の日本には、IBBYのことを知っている人がまだ少なかった。
「来年ウィーンで第8回の世界大会をやりますから、そのときにぜひ日本からも誰か来てほしい」とレップマンさんに言われて、翌1963年に松岡享子さん(*5)とご一緒に大会に出席することになります。日本人でIBBYの大会に最初に参加したのは、私たちではないでしょうか。おそらく、日本のJBBY(日本国際児童図書評議会、1974年設立・*6)の方でも、レップマンに会った人はほとんどいないと思います。

国際アンデルセン賞

『JBBY 30周年記念特別号』(日本国際児童図書評議会)をお読みになりますと、IBBYがどういう活動をしてきたか、またJBBYがその中でどういう活動をしてきたかということがよくわかります。国際アンデルセン賞の第1回目からの作家賞、画家賞の受賞者も全部書いてあります。最初がエリナー・ファージョン(*7)、その次がアストリッド・リンドグレーン(*8)ですね、3番目がエーリヒ・ケストナー(*9)、それから4番目がマインダート・ディヤング(*10)です。その後がルネ・ギヨ(*11)、トーベ・ヤンソン(*12)、ジェームズ・クリュス(*13)、ホセ・マリア・サンチェス=シルバ(*14)、ジャンニ・ロダーリ(*15)、スコット・オデール(*16)、マリア・グリーペ(*17)……日本の まど・みちお(*18)さんもいます。

今は絵本がかなりブームになっていますけれども、児童文学の創作力は非常に落ちていると思います。これから十年、二十年先のことを考えるんだったら、この作家たちの作品というのは超一流ですから、これをもう一度徹底的に洗い直して、この中で本当にいいものを、日本の子どもたちにぴたっとくるような作品を選び直したらいいと思います。今はみんな、目先の新刊ばかり追いかけていますからね。

*出版社の記載のないものは、福音館書店刊
イラスト・佐藤奈々瀬

 

 ポール・フォシェ(1898-1967年) フランスの教育者、編集者。自然への感受性や創造的な表現が子どもにとっては重要と考え、その理念のもと、絵本シリーズ「アルバム・ド・ペール・カストール」を出版。亡くなるまでに刊行した同シリーズの作品は320冊に及ぶ。ペンネームの「ペール・カストール」は、フランス語で “ビーバーおじさん” の意。
*2 ポール・アザール(1878-1944年) フランスの文学研究者。リヨン大学、ソルボンヌ大学、コロンビア大学などで教鞭を執った。著書に『本・子ども・大人』(紀伊國屋書店)、『ヨーロッパ精神の危機』(法政大学出版局)など。
*3 イエラ・レップマン(1891-1970年) ドイツのジャーナリスト。ナチスから逃れてイギリスに移住し、戦後に帰国。1949年に開館したミュンヘン国際児童図書館の館長を務める。彼女が1954年に主催した児童書の国際会議が、IBBY(国際児童図書評議会)設立に結びついた。国際アンデルセン賞の創設者のひとりでもある。
*4 IBBYは、「子どもの本を通じて国際理解を促進すること」を目的とし、1953年にスイスのチューリヒで設立された国際団体。
*5 松岡享子(1935-2022年) 図書館員、児童文学作家、翻訳家。大学で図書館学を学んだ後、渡米。ウェスタン・ミシガン大学で児童図書館学を学び、ボルティモアの公共図書館で児童図書館員として働く。1963年に帰国、1967年に家庭文庫「松の実文庫」を開き、子どもたちとかかわりながら、創作や翻訳に取り組んだ。1974年、石井桃子らと東京子ども図書館を設立し、長く理事長を務めた。絵本の文章を手掛けたものに『おふろだいすき』『くしゃみ くしゃみ 天のめぐみ』など、翻訳の仕事に『中国のフェアリー・テール』『うさこちゃんと じてんしゃ』『くまのパディントン』などがある。
*6 JBBY(Japanese Board on Books for Young People)は、IBBYの日本支部。https://jbby.org/
*7 エリナー・ファージョン(1881-1965年) イギリスの児童文学作家。1956年に『本の小べや』(岩波少年文庫より『ムギと王様』『天国を出ていく』の2冊刊行)で国際アンデルセン賞とカーネギー賞を受賞。『天国を出ていく』(岩波少年文庫)、『クリスマスのくつした』(のら書店)など。
*8 アストリッド・リンドグレーン(1907-2002年) スウェーデンの児童文学作家。1958年に『さすらいの孤児ラスムス』(岩波少年文庫より刊行)で国際アンデルセン賞を受賞。『長くつ下のピッピ』『やかまし村の子どもたち』『山賊のむすめローニャ』(いずれも岩波少年文庫)など。
*9 エーリヒ・ケストナー(1899-1974年) ドイツの作家。1928年に子ども向けに書いた『エーミールと探偵たち』が人気を博し、次々と子ども向けの作品を発表した。1960年に『ぼくが子どもだったころ』で国際アンデルセン賞を受賞。『飛ぶ教室』『ふたりのロッテ』『どうぶつ会議』(すべて岩波少年文庫)など。
*10 マインダート・ディヤング(1906-1991年) アメリカの児童文学作家。1962年に国際アンデルセン賞を受賞。『青い目のネコと魔女をおえ』(文研出版)、『びりっかすの子ねこ』(偕成社)など。
*11 ルネ・ギヨ(1900-1969年) フランスの児童文学作家。1964年に国際アンデルセン賞を受賞。セネガルに移住し、20年以上をアフリカで過ごした。『Kpo the Leopard』『Sirga: Queen of the African Bush』『Oworo』など。
*12 トーベ・ヤンソン(1914-2001年) フィンランドの児童文学作家。絵画、小説、漫画、脚本、詩など、幅広く活躍した。「ムーミン」シリーズの作者。1966年に国際アンデルセン賞を受賞。『小さなトロールと大きな洪水』(講談社文庫)、『誠実な詐欺師』(ちくま文庫)、『島暮らしの記録』(筑摩書房) など。
*13 ジェームズ・クリュス(1926-1997年) ドイツの児童文学作家。1968年に国際アンデルセン賞を受賞。『ロブスター岩礁の燈台』『笑いを売った少年』(ともに未知谷) など。
*14 ホセ・マリア・サンチェス=シルバ(1911-2002年) スペインの作家、児童文学作家。1968年に国際アンデルセン賞を受賞。『Marcelino Bread and Wine』など。
*15 ジャンニ・ロダーリ(1920-1980年) イタリアの児童文学作家。1970年に国際アンデルセン賞を受賞。『羊飼いの指輪 ファンタジーの練習帳』『猫とともに去りぬ』(ともに光文社古典新訳文庫)、『パパの電話を待ちながら』(講談社文庫)など。
*16 スコット・オデール(1898-1989年) アメリカの児童文学作家。1972年に国際アンデルセン賞を受賞。『Island of the Blue Dolphins』『The King’s Fifth』『Sing Down the Moon』など。
*17 マリア・グリーペ(1927-2007年) スウェーデンの児童文学作家。1974年に国際アンデルセン賞を受賞。『Josephine』『Hugo』など。
*18 まど・みちお(1909-2014年) 詩人、作詞家。「ぞうさん」「一年生になったら」などの歌詞でも知られる。1994年に国際アンデルセン賞を受賞。『まど・みちお全詩集』(理論社)、『まど・みちお詩集』(岩波文庫)、『まど・みちお詩集 ぞうさん』(童話屋)など。その詩に絵をつけた絵本も多く刊行されている。
 

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