親の知らない 子どもの時間

第17回 身体ってなんだろう ─ 数秒の育ち

子育て |
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子どもと過ごす時間を大切に思っていても、いつも一緒というわけにはいきません。入園すると子どもは親の手を離れ、園で多くの時間を過ごします。わかっているようで、じつはよく知らない「子どもの園生活」。この連載では、大阪府堺市の「おおとりの森こども園」で保育に携わる松本崇史さんの目を通して、子どもたちの日々を覗いていきます。

身体ってなんだろう

子どもの成長にかかわる言葉で、「心」に着目したものはたくさんあります。好奇心、探究心、向上心、冒険心、羞恥心、自尊心、良心、関心、安心──ぱっと思いつくだけでもこれだけ出てきます。また、「心」という漢字は使われていませんが、主体性、自発性、思いやり、感謝、共感なども、子どもの内側を表現するときに欠かせない言葉です。

一方、「身体」の成長となると、それを表す言葉がどれほどあるでしょうか。微細運動(手や指先などを使う繊細な動作)、粗大運動(身体全体を使う大きな動作)、バランス、筋力、体力、速さ、大きさ、重さなどでしょうか。身体になると、数値的な言葉が多くなることに気づきます。それは、目に見える形で、身体が変化していくからでしょう。

その一瞬一瞬を、子どもたちは一生懸命生きています。

自分で進もうとする気持ち

ある日、2歳児のHくんのお母さんが、自宅で撮影した映像を見せてくれました。
Hくんは脳に障害があり、自分の身体を自由に動かすことが難しい子です。

映像が始まると、Hくんのお兄ちゃんで卒園児のAくんが、Hくんに「がんばれ! がんばれ!」と叫んでいます。Hくんが玄関からリビングに続く廊下を、自分でなんとか進もうとしていたのです。必死にエールを送るAくんとHくんを、親御さんがニコニコと見守っています。

そして、ほんの少し前に進めたHくんに、「すごいやんか!! 頑張ったね!!」と声をかけるAくん。時間にするとほんの5秒ぐらいの出来事ですが、そこにはHくんの大きな成長の瞬間がとらえられていました。

気持ちを尊重する

0歳児のMちゃんが、ハイハイで階段を降りようとしています。その先には大好きな保育者がいます。一緒にいたくて、ついていこうとしているのです。後追いの始まりです。

1段下の階段に必死で手をのばし、降りようとするようすは、まさに手探り。気づいた保育者は、Mちゃんがどうしたいのか考えながら、どんな動きにも対応できるよう目を配ります。「おいで」と迎えにいかないのは、Mちゃんの「行こう」とする気持ちを尊重しているからです。

この日、Mちゃんは初めて階段を1段降りることができました。わずか10秒ほどの出来事ですが、まわりにいた保育者も一緒に大喜びでした。

赤ちゃんの身体は休むことなく育っていきます。見て、聞いて、嗅いで、触って、味わって、身体を総動員しています。さらに、食べて、寝て、排泄して、着替えて、衣食住に関することも身体を動かしながら行ないます。──そう、とにかく動こうとするのが、子どもたちなのです。

行きたいところに行ける、ということ

0歳児のSくんが歩きはじめました。まだ、ヨチヨチと歩いています。指を前につきだし、「あ! あ!」と声を出して歩いていきます。

ホールにつくと、年上の子どもたちがステッピー(足首に装着してくるくる回して遊ぶ玩具)で遊んでいました。Sくんは、なおも「あ! あ!」と指さしながら、近づいていきます。4歳児のRちゃんが、「あぶないよ」とSくんに教えてくれました

──この指さしは、最初の言葉ともいえるものです。好奇心をもち、関心を抱いたものを示しながら、そこに向かって身体を必死で動かします。足を一歩一歩運びます。

このように子どもが自分の行きたいところに行ける環境があることは、身体の育ちにとってとても重要なのです。安全を守りたい気持ちがあるのは当然ですが、ほんのちょっとのケガがあっても、子どもの動きたい気持ちを尊重していきたいと思っています。

ほんの数秒の大きな育ち

1歳児たちが散歩に行きます。こども園の隣にある神社に行くのです。身体を動かすのが嫌いなSちゃんの姿も見えます。ベビーカーや抱っこ紐の中で長く過ごしてきたので、園に来て最初の頃は、自ら身体を動かすことがほとんどできませんでした。

1歳児の子どもたちが、神社に向かってスタスタ歩きはじめました。園から5秒もかからず到着する距離です。でも、Sちゃんは座り込んで歩こうとしません。保育者は車や自転車が来ないか確認しながら、神社の入り口で待っています。5分ほど待ったでしょうか。Sちゃんがぺたんと座った状態から立ち上がりました。そして、自ら歩を進め、神社の方にやってきました。「よくきたね」と保育者が声をかけます。

Sちゃんの、このたった数秒に大きな育ちを感じます。
今、親も保育者もこの数秒を待てないことが増えていますが、子どもが自ら動くからこそ生まれる身体の育ちは、こんな数秒の経験の積み重ねなのです。

子どもを信じること

5歳児のYちゃんは、なんでもできるリーダー的な女の子です。そんなYちゃんが竹馬をやりはじめました。

上達すると、竹馬の高さがどんどん上がっていきます。これまで一輪車でも何でも少し練習すればできることが多かったYちゃんですが、竹馬が一定の高さまでくると乗れなくなりました。 怖かったのです。みんなの前で披露する場面でも、乗ることはできませんでした。Yちゃんは少し涙を流しました。

その後も、園庭で練習するのですが、なかなか乗れません。私の方をチラッと見たので、私はうなずきました。その目からは涙が出ています。袖で涙をぬぐっています。若手の保育者がそばに行こうとするのを私は止めて、「信じよう」と言いました。

30分ほど経ったころ、Yちゃんはパッと足を踏み出し、一瞬で竹馬に乗りました。とても、晴れやかな笑顔です。嬉しそうに「乗れたよ」と報告してくれました。

──大人が手ほどきして教えることは簡単です。手をさしのべるのも簡単です。もちろん、大人の手助けが必要なときもあるでしょう。でも、同じくらい大切なのは、子どもを信じることです。

私たち大人ができるのは、子どもたちが身体を動かしたいと思える環境をつくり、子どもが自分でやりとげるために必要な時間を守ってあげることではないかと思うのです。それが、身体の育ちを保証することだと言えます。

ほんの数秒の中に、子どもの身体の成長がある。
そう信じて、いつ訪れるかわからないその瞬間を、今日も待っています。

イラスト・おおつか章世
  

 
 

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