手から手へ 松居直の社内講義録

第18回 福音館の本づくりの原点③  念願の「こどものとも」の増ページ

絵本 |
アイキャッチ画像
月刊絵本「こどものとも」を創刊し、多くの子どもたちに愛される絵本や童話の数々を送り出した編集者・松居直(まつい ただし)。この連載では、松居が2004年9月から2005年3月にかけて福音館書店の新入社員に向けて行った連続講義の内容を編集し、公開していきます。

念願の「こどものとも」増ページ

「こどものとも」で『とらっく とらっく とらっく』(通巻64号)を出した翌年、1962年4月号『かもときつね』(通巻73号)から「こどものとも」は増ページをしました。それまでは9見開きの20ページでしたが、13見開きの28ページになりました。20ページではどうしても本当におもしろい物語を表現できない、ページ数と場面数が足りない、起承転結もその場面数では十分にダイナミックにはできないということで、私はどうしてもページ数を増やしたかったんです。

そのため、73号から定価を50円から100円に上げました。100円にしなければ、それだけのものを出せないのです。社内でも大激論になりましたが、そのとき僕は最終的に開き直りました。「こどものとも」の読者はわかってくれる! と断言したんです。「こどものとも」の読者は、物語絵本というものを理解して買ってくださっているのだから、ページ数が増えて定価が倍になったとしても必ずわかってくれる、自信がありますと、社員すべてを前にしてそれを言った。

なぜそれが言えたかといいますと、僕は読者と非常に接点があったからです。手紙をくださる方もありますし、しょっちゅうお目にかかってもいました。だから、読者がどのように「こどものとも」のことを思ってくださっているか、すべてとは言いませんけれども、感じていましたし、支持してくださる保育者の方々は、「こどものとも」を理解して選んでくださっているんだ、という確信がありました。結局、「編集責任者があれだけ言うのだからそうしよう」ということになり、増ページが決まり、新定価で『かもときつね』を出しました。

これは本当に反響がぱっと来ました。特に幼稚園、保育園から非常に強い反響が来ました。そして部数が増えて、「こどものとも」は完全に黒字になった。子どもの本の出版社として、これでやっていけるという気持ちを、みんながもつことができました。

私はよく言いますけど、出版は読者がいらっしゃらなければ手も足も出ないんです。読者が買ってくださって、読んでくださって、しかも子どもの本の場合は子どもが楽しんでくれて、初めて出版という仕事として完結するんです。出版という仕事は、読者の手にある。そういう意味で、僕は50年間すばらしい読者に恵まれましたけれども、この難儀をしたときには、本当に読者という存在はありがたいものだと思いました。

そして、ページ数が増えたら、やりたい企画がありました。僕はページ数が少ないためにどうしてもうまくいかない企画を、10ぐらい持っていました。いつも10ぐらいは企画を持っているんです。月刊絵本をやるわけですから、1年分ぐらいの企画は持たなくてはだめですからね。言ってみれば切り札を次から次へと切ったわけです。

1960年代前半の「こどものとも」

『だいくとおにろく』

1962年6月号/通巻75号
松居 直 再話
赤羽 末吉 画

川に橋をかけるよう依頼された大工が
川岸で思案していると、鬼が現れて、
目玉とひきかえに橋をかけてやると言います。

絵巻の手法を使って、日本の昔話を本格的な絵本にしたくて手がけました。私が文章を書いておりますけれども、本当は木下順二先生の再話を使いたかったのです。でも木下先生とすこし違う見解もありましたから、それを生かしました。
 

『かわ』

1962年7月号/通巻76号
加古 里子 作・画

川をめぐる自然と人間の営みを
横長の画面いっぱいに
細部まで描き込んだ絵本です。

加古さんの2冊目の絵本です。表紙が地図になっていますが、完成した原画を見て、これは地図になると思ったのです。加古さんは工学博士ですから、地形をぱっと地図にしていくことができる人だと私は感じていました。加古さんも、表紙をよほど考えなければ、この『かわ』という物語が生きてこないからと、地図にすることをお考えになっていました。

原画をいただきに行ったら、その表紙に人が描かれているんですよ。それで加古さんに、「どうして子どもが2人も描かれているんですか?」と尋ねたら、加古さんは「これは娘です」とおっしゃったのです。加古さんにはお嬢さんが2人いらっしゃって、そのお嬢さんをお描きになっている。だから私は「わかりました」って(笑)。

そういう加古さんの本作りが、私は好きなんです。心を込めて作っていらっしゃるということがわかります。加古さんは「自分はいい父親ではない、忙しかったから子どもとも遊んでやれていない」ということを、しょっちゅうおっしゃっていましたけど、本当にお子さんのことをよく考えていらっしゃいました。

『おおきな かぬー』

1963年1月号/通巻82号
大塚 勇三 再話
土方 久功 画

島の若者ラタはカヌーを作るため、
森でいちばん高い大木を切り倒しました。
しかし翌朝、木は元通りに……

ポリネシアの昔話です。ポリネシアとかミクロネシアのお話も取り上げたかったものですから。これはマオリ族の昔話ですね。土方久功(ひじかたひさかつ・*1)さんは、木彫では日本でも指折りの方ですが、民俗学者としても世界的に知られた方です。『土方久功著作集』(三一書房)は、ミクロネシアの民俗学の本です。長いあいだミクロネシアに住んでいらっしゃいました。

土方先生のエッセイ集を見てアトリエにうかがい、「絵本を描いてください」と申し上げたら、「色のついたものはだめです」とおっしゃいました。でも、ふと壁を見たら、色のついたスケッチがあった。「先生、色がついてます。こういうふうに描いてくださったらいいんです」と言ったら、「見つかっちゃったね」と言いながら、この絵本を描いてくださいました。他に描いていただいたものに『ゆかいなさんぽ』がありますが、あれは白黒ですよね。今、土方さんの作品は世田谷美術館に保存されています。

イラスト・佐藤奈々瀬

*出版社名の記載のないものは福音館書店刊

 

 土方久功(1900-1977年) 彫刻家、民俗学者。東京美術学校(現在の東京藝術大学)彫刻科を卒業。1929年にパラオに渡り、図工の教員として指導しながら、パラオやトラック諸島、ボルネオなどで民俗学的な調査も行った。「こどものとも」では、『おおきな かぬー』のほかに『ゆかいな さんぽ』(1965年11月号)『ぶたぶたくんの おかいもの』(1970年10月号)『おにより つよい おれまーい』(1975年7月号)を手掛けている。

 

▼前の回へ▼

アイキャッチ画像
絵本
手から手へ 松居直の社内講義録
第17回 福音館の本づくりの原点② 翻訳絵本から学ぶ

月刊絵本「こどものとも」を創刊し、多くの子どもたちに愛される絵本や童話の数々を送り出した編集者・松居直(まつい ただし)。この連載では、松居が2004年9月から2005年3月にかけて福音館書店の新入社員に向けて行った連続講義の内容を編集し、公開していきます。 大きな判型の絵本 『1

▼第1回から読む▼

アイキャッチ画像
絵本
手から手へ 松居直の社内講義録
第1回 「こどものとも」創刊のころ① 「子供之友」と「こどものとも」

月刊絵本「こどものとも」を創刊し、多くの子どもたちに愛される絵本や童話の数々を送り出した編集者・松居直(まつい ただし)。その言葉と本作りの姿勢は、子どもの本の出版社として歩む福音館書店の根底に今もありつづけます。この連載では、松居が2004年9月から2005年3月にかけて新入社員に向けて行った連

社内講義録「手から手へ」一覧はこちら▶

\こちらもおすすめ/

アイキャッチ画像
絵本
絵本誕生のひみつ
だいくとおにろくが生まれた日|松居直インタビュー

1956年に創刊された月刊絵本「こどものとも」。毎月欠かさず刊行される絵本の中から、数々のロングセラー絵本が生まれてきました。今も読み継がれている絵本の「誕生のひみつ」について、作者の方たちが語ったインタビュー記事を再録してお届けします。最終回となる第14回は、「だいくとおにろくが生まれた日」。作

この記事をシェアする