手から手へ 松居直の社内講義録

第19回 福音館の本づくりの原点④ 「描き版」で出版した『おやすみなさいのほん』

絵本 |
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月刊絵本「こどものとも」を創刊し、多くの子どもたちに愛される絵本や童話の数々を送り出した編集者・松居直(まつい ただし)。この連載では、松居が2004年9月から2005年3月にかけて福音館書店の新入社員に向けて行った連続講義の内容を編集し、公開していきます。

ベッティーナ・ヒューリマンに出会う

1961年に、私は初めてスイスのベッティーナ・ヒューリマン(*1)というご婦人にお会いしました。当時、三越でスイスの図書展がありまして、スイス側の責任者である出版協会の会長が、マーティン・ヒューリマンでした。その夫人が、ベッティーナ・ヒューリマンです。ご夫妻でいらしていました。

ベッティーナ・ヒューリマンは、世界的な絵本のコレクターであり、研究家です。ですから、行った先々で必ず本屋さんに行って絵本を見ます。そのベッティーナが日本の本屋で『ジオジオのかんむり』(「こどものとも」1960年7月号/通巻52号/岸田衿子 作 中谷千代子 絵)を見つけて、石井桃子先生を通して「その編集者に会いたい」と言ってくださったものですから、私は「こどものとも」を20冊ほど風呂敷に包んで、滞在先の帝国ホテルへ持っていって見ていただきました。

非常に丁寧にご覧になって、「これは国際的な水準の仕事ですね」と評価してくださいました。ベッティーナはその後、アメリカやヨーロッパで講演をするときに、「日本にはこういう本があります」と、よく話をしてくださっていたそうです。毎月「こどものとも」をお送りしていました。

ご主人のマーティン・ヒューリマンという人は、出版社の経営者であるとともに、ベートーヴェンの研究家でもありました。チューリッヒのオペラハウスの理事長もしていらした。さらに、すぐれた写真家でもありました。そのヒューリマンの娘さんがレギーネ・シントラーで、福音館で刊行している『聖書物語』(1999年/現在は絶版)の作者です。

「描き版」で刊行した『おやすみなさいのほん』

翻訳絵本の刊行や、ベッティーナ・ヒューリマンとの出会いをきっかけに、少しずつ海外へ視野が広がるようになりました。日本だけではなく、海外の人にも福音館の絵本を見ていただきたいと思うようになりました。また、海外の人がちゃんと評価をしてくれることを、本当に嬉しく思ったのです。

翌年の1962年には、『おやすみなさいのほん』(マーガレット・ワイズ・ブラウン 文 ジャン・シャロー 絵 石井桃子 訳)を出しました。この原書を見たときに、どうしても出したいと思いました。石井さんが「これはとてもいいと思いますよ。この本は子どもがすっと入っていけますよ」とおっしゃったものですから、アメリカの出版社 HarperCollinsと契約をして、この本を出したんです。

刊行後、アメリカの編集者がびっくりして、「フィルムも買わないで、どうして本ができたのか?」と手紙が来ました。印刷用フィルムをコピーしたデュプリケート(複製)フィルムを輸入して、それで印刷をするのが一般的なやり方だったのに、日本ではまだ誰も知らなかったんです。

ではどうやって印刷したかというと、「描き版」(*2)の手法です。職人さんが原書を見て、絵を黄・赤・藍・墨の4色に分解します。それらをジンク板(*3)に写して、4色重ねるのです。今でもリトグラフは、そういうふうにしていますね。すばらしい職人さんが、たくさんいました。ちなみに、小野かおる(*4)さんも描き版がおできになりますよ。

北川民次の『うさぎのみみはなぜながい』

描き版を知ったきっかけは、『うさぎのみみはなぜながい』(1962年)なんです。作者の北川民次(1894-1989年)さんは、木版画もなさいますけれども、石版画が本当に魅力的でした。そして、子どものこともよく知っていらっしゃいましたね。

戦後、日本では、子どもたちの美術教育を本格的に教育の中に位置付けたいということで、北川さんがかかわって創造美育協会(創美)という団体が設立されました。当時、北川さんは愛知県の瀬戸にいらしたわけですけれども、『絵を描く子供たち』(1952年/岩波新書)という名著をそのころお書きになっています。これは日本の美術教育の草分けになる本です。その創造美育協会の責任者は久保貞次郎(くぼ さだじろう・1909-1996年)さんでした。美術評論家としても、絵画のコレクターとしてもすぐれた人です。

皆さんは、北川民次をご存じかな? メキシコ・ルネッサンス(*5)の担い手のひとりです。シケイロス(*6)とか、リベラ(*7)とか、タマヨ(*8)とか、そういう人と一緒に、メキシコで新たな芸術運動をなさった方です。その経験を日本に持って帰って、子どもの美術教育をなさったわけです。私は、北川民次が大好きでしたから、どうしても絵本を描いていただきたいと思って、瀬戸のお宅へお訪ねしました。そして、「絵本を描いていただけませんか」と言ったら、北川さんは笑いながら、「このごろ金持ちになったから、描かんのよ」とあっさりおっしゃって(笑)。

戦争中に描いていらした『マハフノツボ(まほうのつぼ)』(1942年/コドモ文化會)というおもしろい絵本があるんですよ。それも知っていましたから、何とかして描いてもらおうと思ったんだけど、「僕もね、金ができたし、絵本で稼ぐ必要がなくなったから」と。そりゃそうです。絵をお描きになれば、ものすごく高い値段で売れるわけですから。

「何とかなりませんかね」と申し上げたら、「戦争中に描いて本になっていない原稿がひとつだけ残っているよ」とおっしゃるんです。「どこにあるんですか」と聞いたら、「久保貞次郎先生のところにちゃんとお預けしてある。それを1回見てごらん」とおっしゃったものですから、私は久保さんのところに飛んでいきました。そうしたら、ラフスケッチが久保さんのところに1冊分あったんです。これが『うさぎのみみはなぜながい』です。

北川さんは「もしやるんだったら、それを基にして描き版でやると一番いいと思います」とおっしゃいました。「僕がいつもリトグラフを仕上げるときの職人さんが、自分の手法は全部知っているから」ということで、高田馬場にいらした描き版の職人さんを紹介してくださいました。その方に原稿をお見せしたら、北川先生の絵をどういうふうにすればいいかということをちゃんと知っていて、全部ジンク板に色分解をして描いてくださったんです。あとでフィルムにしましたけれども、最初は石版画と同じやり方でやったんです。だから、今出している本とは色感が違います。

それで、『おやすみなさいのほん』のときも、同じ職人さんに色分けしていただいて、描き版で印刷をしました。それをアメリカの出版社に送ったら、びっくりして、先ほどお話しした手紙が来たというわけです。

ジャン・シャローとメキシコ・ルネッサンス

『おやすみなさいのほん』は、文章はマーガレット・ワイズ・ブラウンで、ジャン・シャローが絵を描いています。この絵は本当に見事だと思うんですが、ジャン・シャローのことをちょっと調べてみましたら、メキシコ・ルネッサンスにかかわりのある人なんですね。

ジャン・シャローはフランスで教育を受けた人ですけれども、メキシコへ行って、フレスコ(*9)の手法をメキシコの絵描きさんに教えて、それがメキシコ・ルネッサンスという世界的な美術運動の基礎を作るわけです。それだけではなく、メキシコの古代文明の壁画をカーネギー研究所の依頼と支援で調べるという、見事な仕事をします。そんなことをちょっと知っていたものですから、私は北川さんのところに行くときに、『おやすみなさいのほん』の原書を持っていったんです。

そして北川さんに、「これはどうですか」と言ったら、手にとってご覧になって「あ、ジャン・シャロー」とおっしゃった。友達ですって(笑)。「ジャン・シャロー、こんなちゃんとした絵本を描いているのか。うまいもんだね」と言って、本当に感心していらっしゃいました。プリミティブでナイーブな絵ですけれども、とてもよくできていますよ。いかにも版画家らしい、そしていかにもフレスコの手法を知っている人という感じがします。

今でもこの絵本は愛されていますからね。石井桃子さんの文章もとってもいい。このごろの人は、あまりこういう絵は好まないかもしれませんけれども、子どもは流行だとかそんなものは関係ないんですから。耳から入ってくる言葉と絵がぴたっと合っていて、いかにも「おやすみなさい」という雰囲気が出ていれば、子どもはすうっと入っていくんです。

イラスト・佐藤奈々瀬

*出版社名の記載のないものは福音館書店刊

 

 ベッティーナ・ヒューリマン(1909-1983年) 児童書の編集者、研究者。ドイツのワイマールに生まれ、結婚後は夫の経営する出版社で編集・出版の仕事に取り組む。後に夫の故郷スイスに移り、子どもの本の編集と研究に勤しんだ。1953年に設立された国際児童図書評議会(IBBY)に協力し、子どもの本の国際交流に尽力。国際アンデルセン賞の選考委員も務めた。日本の絵本に早くから目を向け、世界に広める役割を担った。著書に『ヨーロッパの子どもの本』上・下(筑摩書房)がある。
*2 描き版(かきはん)は、絵を直接描き写して印刷用の刷版を製作する技術
*3 ジンク版は、亜鉛を用いた版材。リトグラフや凹版画などに用いられる
*4 小野かおる(1930-2020年) 画家、絵本作家。東京藝術大学油絵科卒業。絵本に『われた たまご』、『オンロックがやってくる』(「こどものとも」1961年6月号/通巻63号)、『とんだ トロップ』(「こどものとも」1963年3月号/通巻84号)など多数。
*5 メキシコ・ルネッサンスは、1920~1930年代における革命下のメキシコで発生した絵画運動。メキシコ壁画運動とも呼ばれる。革命の意義を民衆に伝えるため、壁画を中心に制作が行われた。
*6 ダビッド・アルファロ・シケイロス(1896-1974年) メキシコの画家。兵士として内紛を戦った後、絵を追求するためヨーロッパへ。やがてメキシコに戻り、革命政府の壁画家として、パブリックアートを推進した。
*7 ディエゴ・リベラ(1886-1957年) メキシコの画家。スペインやフランスで絵画を学ぶ。パリでシケイロスに出会う。帰国後は壁画運動の中核を担った。
*8 ルフィーノ・タマヨ(1899-1991年) メキシコの画家。壁画運動に携わるが、政治活動とは距離を置き、人物や風景などを描いた。ニューヨークやパリでも活動。
*9 フレスコとは、漆喰の上に顔料で描く絵画の技法。漆喰が乾く前に描く必要がある。耐久性に優れ、西洋の壁画に多く用いられてきた。

 

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