手から手へ 松居直の社内講義録

第17回 福音館の本づくりの原点② 翻訳絵本から学ぶ

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月刊絵本「こどものとも」を創刊し、多くの子どもたちに愛される絵本や童話の数々を送り出した編集者・松居直(まつい ただし)。この連載では、松居が2004年9月から2005年3月にかけて福音館書店の新入社員に向けて行った連続講義の内容を編集し、公開していきます。

大きな判型の絵本

『100まんびきのねこ』と『シナの五人きょうだい』(*1)を翻訳絵本として最初に刊行して、その次が『いたずら きかんしゃ ちゅう ちゅう』(1961年)です。書店や図書館の方から、今度はサイズが大きすぎると言われました(笑)。今見ると、別にそんなに大きい絵本ではありません。

こんなふうに、いろいろな形や大きさの本を作るようになって、素地ができていったから、あの大判の『スーホの白い馬』(1967年)も出すことができたんです。あの当時、あんなに大きな横長の絵本はなかったのですが、出版界からも図書館からも刊行時に苦情は出ませんでした。少しずつ変えていくことができたのです。革命というのは、実際に物を作っていくのが一番いいんです。理屈だけでは革命は起きません。

『いたずら きかんしゃ ちゅう ちゅう』は、村岡花子さんの翻訳です。この時も、原書から複写しているんです。今刊行しているものは、フィルムを買って製作していますが、昔は原書をカメラで撮影して版を作っていますから、ルーペでよく見ますと、現在のものとは違っていると思います。

この頃は、海外の出版社から複製フィルムを買って印刷することをまだ知らなかったので、当然1色か2色のものしか手掛けられませんでした。多色刷りの作品を色分解して、原書と同じような効果を出すというのは無理でしたから。

最初に出した『100まんびきのねこ』と『シナの五人きょうだい』は、2,000部ずつ作ったのですが、なかなか売れませんでした。だから僕は車に載せて、売りに回りました。一番たくさん買ってくださったのは、岩波書店の社員の皆さんだった。「これはおもしろい」と言って、岩波書店でまとめて希望購入を募ってくださったんです。嬉しかったですね。そういうおおらかな時代でした。保育園にも持っていって、見ていただきました。そうやって2,000部が売れたんです。そうしたら営業部から、「2,000部売れたなら、再版しましょう」と。その言葉を聞いたときも、本当に嬉しかったです。

大型で刊行した絵本は、書店や図書館の本棚には収まらなかったり、はみ出てしまったり……。

翻訳絵本から学ぶ

翻訳絵本の編集の過程で、海外の絵本がどのように編集されているかが、だんだんわかってきました。編集の考え方がそれぞれ違うということや、作家や画家とじつにいろいろな工夫をしているということが見えてきたわけです。絵本について私が一番学んだのは、翻訳絵本の編集を通してだと思います。

ですから、皆さんが翻訳絵本を編集なさるときには、単に外国語を日本語にするだけではなくて、原書の表紙や見返し(*2)や扉(*3)がなぜそのようになっているのか、そしてイラストレーションとテキストがどう組み合わされているか、どんな流れになっているかということを、徹底的に勉強していただきたい。一度全部解体して、もう一度自分の手で組み立てる。それをやりますと、その国の編集者がどういう考えをもっていたのか、画家や作家がどういう考えで本を作ったのかという舞台裏がわかるわけです。ぜひ1冊1冊、丁寧に原書を分解してみていただきたいと思うんです。

日本初の横判の創作絵本『とらっく とらっく とらっく』

福音館が月刊絵本「こどものとも」で、『とらっく とらっく とらっく』(通巻64号)を出したのが1961年です。7月号でした。

タイトルに「とらっく」を3つ並べたのは、物語の流れが言葉からぱっと入ってくるように、ということなんです。「とらっく、とらっく、とらっく」と言われると、何かトラックが走るような気がしますでしょう。

実は同じ年の1月に『100まんびきのねこ』と『シナの五人きょうだい』、8月に『アンディとらいおん』『いたずら きかんしゃ ちゅう ちゅう』という翻訳絵本を出しています。これらの翻訳絵本を出していく過程で、日本の絵本をもっとダイナミックに、本当におもしろいものにしようと思ったわけです。

物語絵本をもっとダイナミックにしようと思うときには、起承転結をひとつの本の中できちんと構成することを考えなくてはいけません。いつ、どこで、誰が、何をどうして、どうなったかということが、ひとつの本の中で完結していないといけないわけです。

『とらっく とらっく とらっく』の場合は、ほとんどストーリー(*4)しかありません。プロット(*5)はあまりないんです。

ストーリーは、「それから」という流れです。プロットは、「どうして」という関連性です。「それから」と「どうして」が組み合わさって物語ができます。プロットが入ってくると、お話は彫りが深く立体的になります。ただし、そのプロットを下手に使いますと、子どもたちは混乱してしまう。ですから年齢に合わせて、ストーリーをどのぐらい強調するか、あるいはこの年齢だったらプロットを相当入れてもいいと、そういったことまで判断していくわけです。

ストーリーとプロットに関しては、E・M・フォースター(*6)が『小説の諸相』(中公文庫)で有名な例を挙げています。同じ出来事を2つの形で言い分けているものです。ひとつは、「王様が死に、それから王妃様が死んだ」。もうひとつは、「王様が死に、そして悲しみのために王妃が死んだ」。同じことを言っているのですが、少し違います。最初の方はストーリーしかないんです。後の方は、「どうして」という要素が入ってくる。王妃様が亡くなったのはどうしてかという部分が入ってくる。これはプロットになります。

ストーリーとプロットの関係とは、そういうことです。皆さんが編集をされる時や、本をお読みになる時によく気を付けていると、これはプロットがものすごくうまく使ってあるとか、これはプロットの方に足をすくわれて、ストーリーがなかなか伝わってこないとか、そういうことがわかると思います。

『とらっく とらっく とらっく』は、日本で初めて横判・横書きで出す創作絵本で、大冒険でしたから、あまり複雑なプロットは入れないで、ストーリーでどんどん子どもを引っ張っていくのがよいだろうと考えました。この絵本では、物語の連続性とかストーリー、流れと言ってもいいですが、動きを視覚的にも子どもたちがすぐ理解できるようにしました。

この絵本で挫折していたら大変でした。この絵本を子どもが気に入ってくれれば、横判だっていいでしょうということになりますからね。こういう冒険をするときには、よほど考えて配慮をしないと、逆にそれが読者のつまずきになってしまうことがあります。

 
*出版社名の記載のないものは福音館書店刊

イラスト・佐藤奈々瀬

 

 『シナの五人きょうだい』は、1961年に刊行。文章はクレール・H・ビショップ、絵はクルト・ビーゼ、翻訳は石井桃子。現在は絶版。
 見返しは、本の表紙と本文部分の接着を補強するため表紙の内側に貼られる紙のこと。
*3 扉は、本文が始まる前に置かれるページ。タイトルや著者名などが印刷されていることが多い。
*4 ストーリーは、物語の流れであり、前後のつながりを示すもの。
*5 プロットは、物語における出来事の因果関係を示すもの。
*6 E・M・フォースター(1879-1970年) イギリスの小説家。著作に『インドへの道』(河出文庫)『眺めのいい部屋』(ちくま文庫)などがある。

 

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