手から手へ 松居直の社内講義録

第20回 福音館の本づくりの原点⑤  ソ連の絵本/『あまがさ』描き分けの技法/同人雑誌

絵本 |
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月刊絵本「こどものとも」を創刊し、多くの子どもたちに愛される絵本や童話の数々を送り出した編集者・松居直(まつい ただし)。この連載では、松居が2004年9月から2005年3月にかけて福音館書店の新入社員に向けて行った連続講義の内容を編集し、公開していきます。

ソ連の絵本/描き分けの技法/同人雑誌

ソ連のペーパーバック絵本

翻訳する絵本がアメリカのものばかりでは偏りがあるのではないかと思って、私は神保町にあるナウカ書店(*1)に通って、ソ連の絵本も物色していました。その中にバスネツォフ(*2)の描いた紙質の粗い『3びきのくま』『マーシャとくま』がありました。ペーパーバックの絵本で、そのころのソ連の絵本といえば、みんなそうでした。バスネツォフがそれ以前にも『3びきのくま』を別の画風で描いていることは文献で知っていたんですけれど、私が最初に見たのは、福音館で現在刊行しているものだったのです。

実は、ソ連の絵本では、初めにラチョフ(*3)の『てぶくろ』を出そうと思っていたんですよ。フィルムを買おうと思って、日ソ著作権センターを通して交渉したら、『てぶくろ』のフィルムは当時モスクワになく、インドへ行っている、インドから戻ってきたら日本に貸してあげます、と言われたんですけれど、そんなのは待ち切れませんから、じゃあ『3びきのくま』と、ラチョフの本で『マーシャとくま』、その2つのフィルムを貸してもらい、日本で複製して、印刷したわけです。

やがて、インドから直接『てぶくろ』のフィルムが送られてきました。それを複製して、日本で『てぶくろ』を出しました。

1963年には、『しずかなおはなし』も出しています。これも私がとても好きな絵本です。本当にこういう本を作りたいですよね。静かな夜のお話です。レーベデフ(*4)という絵描きさんも大好きです。この絵本の文章はマルシャーク(*5)ですからね。

当時の旧ソ連には、すぐれた絵描きさん、作家の方がいたんです。今はちょっと低調ですけれども、ロシアからは絶対目を離せないと私は思っています。21世紀のいつかまた、必ずロシア・ルネッサンスというのが来ると思います。そのときまでにちゃんと私たちが、ロシアの絵描きや児童文学作家の動きをマークしておかないと、それが始まったときに見過ごしてしまうことになるでしょう。必ず文化的転換期は来ますよ、苦労すればするほどいいものを作りあげていく民族ですから。

八島太郎の描き分け法 ──『あまがさ』

僕は絵本をルーペで見る癖があり、どういうふうに印刷されているか、どういう網点(*6)を使っているか、どこに工夫がしてあるかを見るんですが、八島太郎(*7)さんの『あまがさ』(1963年)の原書を見ていたら、網点が全然なかったんです。というのは、スクリーンプロセス(*8)ではないんですね。

どうやってこれを作ったんだろうかと思って(もちろん日本で出したいという思いもあってのことですが)、八島さんに手紙を書きました。「原画をどうやってお描きになったんですか?」と。そうしたら、八島さんから親切なお手紙をいただいて、「あれは特別な手法で描いた原画です。カラー分解(*9)して描いた原画です。その手法については、ニューヨークのViking Pressという出版社のコールマンというアートディレクターに直接聞いたほうがいいでしょう、これはコールマンが開発した方法だから」と、教えてくださいました。

それで私は1962年に初めてアメリカに行ったときに、Viking Press社に行って、コールマンさんにお会いして、そのやり方を教えていただいたんです。どういう材料を使うのかも教えていただいて、材料を買いました。フィルムは○○が一番いい、鉛筆は○○が一番いいと教えてくださったので、ダウンタウンの文房具屋まで行って買って、大きな荷物を担いで日本に帰ってきた覚えがあります。

描き分けの技法に最適と教わった Eagle Pencil社の色鉛筆 Prismacolor

帰国早々、その手法をお伝えしたのが、瀬川康男(*10)さんと宇野亜喜良(*11)さんでした。瀬川康男さんがその手法でお描きになったのが、『ふしぎなたけのこ』(「こどものとも」1963年6月号/通巻87号)です。私は人がやらないことをやりたいんです。病気だな、これは(笑)。宇野亜喜良さんが描いていらっしゃる「母の友」の当時の表紙も、この方法ですね。

まもなくコールマンさんに教えていただいたフィルムが日本では手に入らなくなったので、他社の作っているフィルムを使って瀬川さんがお描きになったのが、『ばけくらべ』「こどものとも」1964年9月号/通巻102号)です。

アメリカの人は、かなりこの方法を使っています。マリー・ホール・エッツ(*12)も使っています。

堀内誠一さんにも「描き分け」を紹介して、堀内さんがこの手法でお描きになったのが、『おやゆびちーちゃん』(1967年)です。特に絵を描く方は、「やっぱり迫力が違うね」ということをよくおっしゃっていました。

絵本は、どう表現するかが、ものすごく大切なんです。どういうふうに印刷するかも、とても大切なんです。編集者はそういったことも知っていませんと、絵描きさんと対等に話ができないんです。

多くの作家を生んだ同人雑誌

1962年は『いやいやえん』を出した年で、創作童話の出版もこの年に始めました。

なぜ創作童話を始めるようになったかといいますと、当時児童文学の世界では、同人雑誌が非常にたくさんあったのです。特に有名なのは早稲田大学の早大童話会の坪田譲治先生が中心になってやっていらしたもの(*13)で、松谷みよ子(*14)さんはそこで育ったといえます。いぬいとみこさんは <いたどり> という同人雑誌をやっていらして、その <いたどり> に掲載されていたのが、「いやいやえん」です。

福音館にも同人雑誌がどんどん送られてきましたから、私はよく読んでいました。神沢利子(*15)さんも、松谷みよ子さんも、みんなどこかの同人でしたから。中川正文(*16)さんも、前川康男(*17)さんもそうです。編集者としては、同人雑誌を読むのは当たり前のことだったんです。

その中でも「いやいやえん」が一番ユニークでおもしろかったものですから、石井桃子さんや瀬田貞二さんとご相談しながら、単行本にまとめたのが、『いやいやえん』です。それまでの日本の児童文学と、文体がまったく違うんです。作者の中川李枝子(*18)さんは保育者として子どもの言葉を朝から晩まで聞いていらしたから、子どもの呼吸が中川さんの文体になってくるんですね。日常生活というものが、どれほど創作者の言葉の使い方に影響するかを、そのときに強く感じました。

イラスト・佐藤奈々瀬

*出版社名の記載のないものは福音館書店刊

 

 ナウカ書店は、東京の神保町で、ロシアを中心にスラヴ語圏の出版物を販売している店舗。
*2 バスネツォフ(Yuri Vasnetsov・1900-1973年) 旧ソ連の挿絵画家。現在のサンクトペテルブルクの芸術アカデミーで絵画を学び、絵本や童話の挿絵を数多く手掛けた。
*3 エイゲーニー・M・ラチョフ(1906-1997年) 旧ソ連・ロシアの挿絵画家。キエフ美術大学で学んだ。動物の描写を得意とする。
*4 ウラジミル・レーベデフ(1891-1967年) 旧ソ連のアヴァンギャルド(1890年代~1930年代にかけてソ連で花開いた前衛近代美術の波)を代表する画家のひとり。風刺漫画やポスターを多く手掛けた。詩人サムイル・マルシャークとの共著で絵本も多く残している。
*5 サムイル・マルシャーク(1887-1964年) 旧ソ連で活躍した詩人、小説家、翻訳家、児童文学作家。日本で現在刊行されている作品に『どうぶつのこどもたち』『アイスクリーム』(ともに岩波書店)、『森は生きている』など。
*6 網点は、印刷で色の濃淡を表現するために用いられる網状のドット(小さな点)のこと。
*7 八島太郎(1908-1994年) 日本とアメリカで活躍した画家。プロレタリア運動に参加したため弾圧を受け、1939年に渡米。ニューヨークで絵を学び、後に作品が評価されるようになる。太平洋戦争中は日本兵に投降を呼びかける宣伝ビラの作成にかかわった。終戦後の1953年、絵本『The village tree』を刊行。1958年刊行の『Umbrella(あまがさ)』は、コールデコット賞で次席となった。
*8スクリーンプロセスは、印刷技術を指す用語。樹脂繊維等のスクリーンを通してインクを転写するスクリーン印刷と、原画等を黄・赤・青・黒の4色に分解して刷版を作り4色を刷り重ねるプロセス印刷を兼ねたもの。
*9 ここで言うカラー分解は、「描き分け」という技法を指す。フィルム等に色毎に分けた絵を描いて版を作成し、重ねて印刷することによって様々な色を表現する。
*10 瀬川康男(1932-2010年) 画家、絵本作家。『きつねのよめいり』(文・松谷みよ子)をはじめ、月刊絵本「こどものとも」で数多くの絵を手掛けている。挿絵の仕事に『ことばあそびうた』『西遊記』など。1967年に『ふしぎなたけのこ』で、BIB(ブラチスラヴァ絵本原画展)のグランプリを受賞。
*11 宇野亜喜良(うの あきら) 1934年生まれ。イラストレーター、グラフィックデザイナー。1965年に、横尾忠則らと「東京イラストレーターズ・クラブ」を設立。1982年、講談社出版文化賞受賞。2010年、旭日小受章。絵本の仕事に『ゆきおんな』(教育画劇)、『ぼくは へいたろう』(「こどものとも」1994年8月号)などがある。
*12 マリー・ホール・エッツ(1895-1984年) アメリカの絵本作家。1960年に『クリスマスまであと9日』(日本では冨山房より刊行)で、コールデコット賞を受賞。絵本に『もりのなか』『また もりへ』『わたしと あそんで』など。
*13 早大童話会から派生する形で坪田譲治が設立した「びわの実会」の同人誌「びわの実ノート」など。
*14 松谷みよ子(1926-2015年) 児童文学作家。瀬川康男とのコンビで『きつねのよめいり』『ばけくらべ』(ともに福音館書店)、『いないいないばあ』『もうねんね』『いい おかお』(いずれも童心社)などを刊行。ほかに、『ちいさいモモちゃん』『たつのこたろう』(ともに講談社)などがある。
*15 神沢利子(かんざわ としこ) 児童文学作家。1924年、福岡県生まれ。樺太で子ども時代を過ごす。佐藤春夫に師事し、創作活動を続ける。著作に『ちびっこカムのぼうけん』(理論社)、『くまの子ウーフ』(ポプラ社)、『フライパンじいさん』(あかね書房)、『銀のほのおの国』『流れのほとり』『ぽとん ぽとんは なんのおと』など。『鹿よ おれの兄弟よ』で、小学館児童出版文化賞、講談社出版文化賞を受賞。
*16 中川正文(1921-2011年) 児童文学作家。著作に、絵本『ごろはちだいみょうじん』『ねずみのおいしゃさま』『がんばれさるのさらんくん』など。京都女子大学で教鞭をとり、大阪府立国際児童文学館の館長も務めた。
*17 前川康男(1921-2002年) 児童文学作家。早大童話会に参加し、出版社に務めるが退職し、アルバイトをしながら児童文学作家をめざす。1967年に『ヤン』(実業之日本社)で産経児童出版文化賞を受賞。
*18 中川李枝子(1935-2024年) 児童文学作家。夫は画家の中川宗弥。東京都立高等保母学院を卒業し、東京都世田谷区みどり保育園で保育者として勤務しながら、執筆活動を行う。同人誌「いたどり」に参加し、「いやいやえん」を発表。福音館書店から刊行した同作により、産経児童出版文化賞をはじめ多くの賞を受賞。妹の山脇百合子とのコンビで、『ぐりとぐら』をはじめ数多くの作品を送り出した。

 

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