手から手へ 松居直の社内講義録

第16回 福音館の本づくりの原点① 初めての翻訳絵本『100まんびきのねこ』

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月刊絵本「こどものとも」を創刊し、多くの子どもたちに愛される絵本や童話の数々を送り出した編集者・松居直(まつい ただし)。この連載では、松居が2004年9月から2005年3月にかけて福音館書店の新入社員に向けて行った連続講義の内容を編集し、公開していきます。

1960年代の出版活動

1960年代に福音館書店が刊行した単行本のリストをご覧になって、毎年どのように本を出してきたかということを丁寧に分析されますと、福音館の絵本作りの、いわば原点がわかります。どういうふうにして福音館の物語絵本が軌道に乗ったのか、なぜ軌道に乗ったのか、そういったことがおわかりになるはずです。

外国の本を選ぶときも、ただ目に付いたものを選んでいるわけではなく、今、日本の子どもに必要なのはこの本だと考えて選んでいるのです。今、出版社として刊行すべきものは、この本だ……ということを1冊1冊判断してきました。

国についても、例えばアメリカの本だけに偏らないように、ソ連のものも取り入れようとか、ヨーロッパではイギリスのほかにスイスのものも入れようとか、バランスを意識して企画を立てていきました。

ですから、1960年代に刊行した本をご覧になると、私の企画の立て方がわかりますよ。1960年代の絵本を、もう一度皆さんの意識の中に置いていただきたいと思います。

現場の方々との接点

そのころ私が自分の勉強のためにやっておりましたのは、できるだけいろいろな方にお会いするということです。前に申し上げた保育問題研究会──この研究会には、勉強家で、子どものことを一所懸命に考えている保育士の方が集まっていました。日本のこれからの社会というものや、どう子どもを育てていけばいいのかということを、真剣に考えている方々です。

その中に文学部会というものがあって、私はこの研究会に加えていただいて、毎月出席していたんです。時々、福音館も会場になりました。前にもお名前をあげた神谷保育園の福光えみ子さんや、井の頭保育園の福知トシさんなど、戦後の日本の保育界を支えた保育者の方々と一緒に勉強しておりますと、子どもたちが日々どのように絵本を受け止めているか、そして保育者がどんなふうに工夫し、実践しているか、知ることができました。

皆さんもぜひ、現場のそういった方々と接触してください。そういう方の話を聞いていると、こういうものが求められているということや、こういうふうにお話したら興味をもっていただけるということがわかります。編集と販売の仕事は車の両輪です。どちらに偏っても車はひっくり返ってしまうので、必ずバランスを取って、編集者も販売の担当者も考えていかなければいけないと私は思います。

家庭文庫研究会

私がかかわりをもっていた、もうひとつのグループは、家庭文庫研究会です。家庭文庫というのは、子どものために自宅などで蔵書の貸し出しを行う私設の図書館です。これをなさったのは、村岡花子(*1)さんと石井桃子さんと土屋滋子(つちやしげこ)さん。この3人の方がそれぞれ家庭文庫を開いていらっしゃいました。

村岡さんの家庭文庫は道雄文庫(*2)といって、これはなくなった息子さんのお名前です。大森のご自宅を開放してやっていらした。石井さんは荻窪でやっていらした、かつら文庫です。土屋さんは世田谷と日本橋の2か所で、子どものための文庫(*3)をやっていらして、その方々のところに、子どもの本に関心をもつ人たちがよく出入りをしていました。

私の子どもたちは、毎週かつら文庫に通っておりました。石井さんは原書を自分で翻訳をして子どもたちに語っていらしたんです。ですから、アメリカのどういう本を、子どもがどのように喜ぶか、よく知っていらっしゃいました。

1958年に開かれた「かつら文庫」は、東京子ども図書館が運営を受け継ぐ形で今に続いている。

村岡さんは、私が子どものときに、今のNHK(当時は東京放送局)で放送されていた「コドモの新聞」(*4)というラジオ番組に出演されていて、“村岡のおばさん”として親しまれていました。ですから、私がお会いしたときはかなりのご年輩でした。『赤毛のアン』などの訳者で、日本に海外の児童文学を紹介した草分けの方です。この方の話し方は、とても子どもにアピールしました。私もラジオからその声が聞こえた途端に、「『コドモの新聞』だ!」と聞き耳を立てていました。この方には媚びたところがまったくない。石井桃子さんもそうです。

石井さんが家庭文庫についてお書きになったのが、『子どもの読書の導きかた』(国土社 ※品切)という本ですが、その後『子どもの図書館』(岩波書店 ※現在は新版)という本をお出しになっています。ああいう本をお読みになりますと、初期の家庭文庫、今の文庫活動が、どういう志でできたのか、どうそれを積み重ねてきたのかがよくわかります。

そのように、できるだけ現場の方に接触するようにしていたわけです。そして、石井さんが、今の日本の絵本の中では「こどものとも」は面白いけれども、もっともっと面白い本がアメリカにはあるということで教えてくださったのが、『100まんびきのねこ』でした。

翻訳絵本の出版 ─ 初めての横長の絵本

『100まんびきのねこ』(1961年)は、かつら文庫で子どもがたいへん喜ぶ本だったんです。つまり石井さんはこの本のことを、一番よく知っていらっしゃったわけです。そんな石井さんが「岩波の子どもの本」の編集をしていらしたにもかかわらず、『100まんびきのねこ』のようなおもしろい本が残っていた。なぜこんな宝物が残っていたかというと、横長の判型だったからです。「岩波の子どもの本」の縦長の判型にはならないのです。横長にしないと絵が生きてこない、それで手つかずで残っていたんだと思います。ありがたいことでした。それで思い切って、原書の縦横比のままで出すという、「岩波の子どもの本」ではできなかったことをやらせていただきました。

福音館で刊行した『100まんびきのねこ』を、原書と比べてご覧になるとわかりますが、原書より少し大きくなっているんです。というのは、原書のサイズがちょっと小さいものですから、もう少し目立ったほうがよいということと、B5判にする方が紙の取り都合(*5)がうまくいくからということで、そうしました。

ひとつ大失敗したのは、外国の本を出す際に、海外の出版社から印刷用のフィルムを買って複製するということを当時はまだ知りませんでしたから、原書から複写したんです。そのため絵がきれいな仕上がりになりませんでした。本当に失敗ばかりでしたが、話がおもしろいから子どもは支持してくれました。

この絵本が出たときの反響を、今でも覚えています。本屋さんからは、「こんな横長の本は本箱に入りません」と叱られました。これはもう、いくつもの本屋さんから言われました。「ちゃんと本箱に入る本を作ってください」と。絵本は本箱ではなく、子どもの膝の上にあるべきものじゃないの、と私は言いたかったけれど黙っていました。長いとか大きいとか、そんなことは関係ないんです。子どもがいちばん効果的に絵本を見られればいいんです。

図書館の方からも言われました。「本箱に入りません」と。そのとき私はこんなふうにお伝えしました。「本箱があって本があるんじゃありません、本があって本箱があるんですから、本箱を変えてください。本箱に合わせて本を作るのは本末転倒でしょう」と。憎まれ口ですね。図書館の方は笑っていらしたから、救われました。

そういう発想は、非常に多いんです。子どもの膝の上、子どもの手の中が、本の本来あるべき場所だということを忘れてしまって、形式的な発想でものを考えてしまう。絵本を作るとき、本当に考えなければいけないことだと思います。

 
*出版社名の記載のないものは福音館書店刊

イラスト・佐藤奈々瀬

 

 村岡花子(1893-1968年) 翻訳家・児童文学者。教師をしながら創作活動をはじめる。婦人参政権獲得をめざす運動にも参加。「赤毛のアン」シリーズ(三笠書房/現在は新潮文庫)の翻訳などで知られる。絵本の翻訳には、『いたずらきかんしゃ ちゅうちゅう』『アンディとらいおん』『ごきげんなライオン』などがある。
 正式名称は、「道雄文庫ライブラリー」。東京都大田区の村岡花子の自宅で開かれていた。
*3 土屋滋子が開いた家庭文庫は、土屋児童文庫と入舟町土屋児童文庫の2つ。前者は1955年に東京都世田谷区の上北沢に開かれ、後者は1956年に中央区入船に開かれた。石井桃子が杉並区荻窪に開いた「かつら文庫」、松岡享子が中野区江原町に開いた「松の実文庫」とともに、「東京子ども図書館」の母体となった。
*4 「コドモの新聞」は、東京放送局(現在のNHK)で月~土曜日に放送していたラジオ番組「子供の時間」に続いて放送されていた5分番組。東京放送局の職員で童話作家でもあった関屋五十二と村岡花子の2人が、話し手として1週間ごとに出演した。
*5 紙の取り都合とは、1枚の印刷用紙に印刷したいページが何面並ぶかという見当のこと。無駄になる紙の余白が少ないと「取り都合がよい」ということになる。

 

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