絵本のとびらを開いたら

《新連載・絵本のとびらを開いたら》第1回「子どもをとらえて離さない絵本」

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図書館の司書として長く子どもたちに本を手渡してきた伊藤明美さんに、絵本の魅力や楽しみ方について幅広く語っていただく連載です。絵本の奥深い世界をのぞいてみましょう!

第1回「子どもをとらえて離さない絵本」

講演会の思いがけない質問

わたしは33年間、公共図書館の司書として勤務し、その後、大学の講師と保育園の図書顧問・司書をしています。また、時々、各地の図書館などで絵本の講師をしています。

ある講演会の質疑応答の時間のことでした。すっと手をあげたひとりのお母さんから、こんな質問が寄せられました。

「おすすめ図書リストに載っている『チムとゆうかんなせんちょうさん』を子どもに読んでみたのですが、私にはよい本とは思えませんでした。どういうところがお薦めなのでしょうか?」

わたしは面食らいました。『チムとゆうかんなせんちょうさん』は、船が好きな少年チムが、ボートのおじさんと一緒に、沖に停泊した船まで行き、こっそり隠れて、その船に乗り込んでしまうことから物語が始まります。船長は怒りますが、チムは、デッキを磨いたりつくろいものをしたり、よく働き、次第に認められるようになります。しかし、嵐の中で船は岩礁に乗り上げ、難破。逃げ遅れたチムは、船長とともに、沈みゆく船の甲板で覚悟を決めますが、救助の船に救われ、家に帰ります。
 

心騒ぐ冒険のストーリーと、動きのある絵の魅力で、子どもたちもよく聞く絵本です。それなのに、よい本とは思えないとは……? もしかして、この絵が線描で地味だから? 船に乗り込むというストーリーが今の子どもになじみがないから? などなど、理由を思い浮かべながら、なぜそう思うのか聞いてみました。すると、「だってこの絵本は、主人公が親に黙って知らない船に乗っていって、遭難までするんですよ。子どもには知らない人にはついていかないように言っているのに、そんなストーリーの絵本がなぜよいのでしょうか?」と言われました。

「それで、お子さんはこの本を好きですか?」と、わたし。

「ええ、子どもたちはなぜか好きで、何度も読まされるんです」
お母さんは不思議そうでしたが、わたしはほっとしました。

『チムとゆうかんなせんちょうさん』

子どもは、絵本の主人公に自分を重ねてストーリーを楽しみます。チムの密航が見つかって船長に怒られる場面ではハラハラするし、チムがつらい甲板磨きをしたあとに、「おまえくらいのちびにしては、なかなかはたらいたな」と言われると、自分が褒められたように嬉しく感じます。操舵室で舵手のかわりを務めるなど、一人前の船乗りのような体験ができるのも、心を満たす体験でしょう。しかし、座礁した船に取り残される場面、救助船に乗り込む場面、画面は暗い色彩となって、寂しく恐ろしい海の脅威を見せつけます。間一髪で救助された後、船長と並んで飲む熱いココアのおいしそうなこと! 郵便局で家に帰ると電報を打つチムの後ろ姿には、浮き立つ心と、冒険を終えてたくましく成長した様子が表れています。
 

『チムとゆうかんなせんちょうさん』は、シリーズ最初の作品。

作者アーディゾーニは、イギリスを代表する絵本作家・挿絵画家で、巧みなデッサンによる絵から、読み取れることがたくさんあります。漫画のふきだしのように書かれた登場人物の台詞は、地の文に書かれていない心情のつぶやきで、ユーモラスに読者とストーリーをつなげています。

わたしは以前、保育園の子どもたちがこの本の続きを探しに、絵本コーナーに殺到したことを思い出しました。そのとき、コーナーには、『チムひとりぼっち』『チム、ジンジャーをたすける』などの5冊しかありませんでした。チムのシリーズは、全部で11冊ですが、2018年に絵本コーナーを作ったときには、1,3,4,5,6の5冊以外、品切れで購入できなかったのです()。残念でしたが、少し長い絵本だし、あまり読まれないかもしれないと考えてそのままにしていたのでした。しかし、予想以上に子どもたちは『チムとゆうかんなせんちょうさん』に夢中になり、裏表紙の小さな数字から、シリーズであることに気づいて、続きが読みたいと言ってきたのでした。わたしは、自分の見通しが甘かったことに気づかされ、いかにこの本が子どもたちを引きつけるかを目の当たりにし、あわてて図書館に走って、足りない巻を借りてきたのでした。

現在の刊行作品は『チムとゆうかんなせんちょうさん』のみ

子どもをとらえて離さない「何か」

わたしは先ほどの質問に答えました。
「たしかに親の立場からしたら、子どもがこっそり船に乗り込んでいくなんて、心配でたまらないですね。でも、チムは、海辺の家に住んで、沖を通る船を見ては『あれはキュナード汽船だよ』(*1)と言うぐらい、船が好きで好きで、船に乗ることにあこがれていましたよね。だから、自分の意思で船に乗り込んだのです。自分ひとりでいろいろなことをやってみたいと思う気持ちは、子どもにもよくわかると思います。船の仲間に認められ、たくましく働いて、死にそうな目には遭いましたけど、家に戻ってきたときには、お母さんの懐に飛び込んでいきますね。まさに子どもが自ら成長するストーリーになっているから、お子さんたちはこの本が好きなんだと思いますよ」

──するとお母さんも、「ああ、そういうことなんですね」と納得されました。
この方は、子どもを愛するあまり、絵本の中に自分が子どもに望む姿を求めていたのかもしれません。

絵本を読んだらこうなる、こうなってほしい、という気持ちはわかります。でも、読んでもらっている子どもたちは、おはなしの世界=架空の世界で、自分たちのやりたいこと、考えていることが実現していくのを楽しんでいます。もし、チムが船に乗り込まず、ボートのおじさんと一緒に浜に帰ってきて、それからも船を眺めてばかりの毎日を過ごしたというストーリーだったら、どうでしょう。あまり子どもをひきつけないのではないでしょうか。

子育てに迷いはつきもの。日々成長していく子どもたちに、大人は追いつけず、何かに正解を求めたくなります。でも、子どもが何度も持ってくる本には、子どもをとらえて離さない「何か」があるのです。それは言葉にはできないけれど、子どもたちが一番よくわかっています。その「何か」を探しに、さあ、絵本を開きましょう。

読み手のあなたも楽しんで。 
 

*1 キュナード汽船は現在も続く歴史ある船舶会社で、タイタニック号の事故時は乗客の救助に駆けつけています。以前、瀬田貞二さんの家の資料に、この船の絵と解説が載った資料を見つけ、瀬田さんが翻訳に当たってきちんと調べ、この言葉を残して訳されているのだなと思いました。これは今の子どもたちが、自動車や新幹線を見て、メーカーや車種を叫ぶのとそっくりです。
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