月刊絵本「こどものとも」を創刊し、多くの子どもたちに愛される絵本や童話の数々を送り出した編集者・松居直(まつい ただし)。この連載では、松居が2004年9月から2005年3月にかけて福音館書店の新入社員に向けて行った連続講義の内容を編集し、公開していきます。
バートンさんは 28 歳のとき、『いたずら きかんしゃ ちゅう ちゅう』を作ります。
「ちゅう ちゅう」(『CHOO CHOO』)というのは原書の題名です。日本語版を 1961 年に出しますが、「いたずら きかんしゃ」とつけたのは、日本で出すにあたって「ちゅう ちゅう」だけではちょっとね、と思ったからです。それから、日本では汽車が走っている音を「しゅっしゅっ」と言いますね。「ちゅう ちゅう」とは言わない。でも、「しゅっしゅっ」としたところで、やはり興味をもってもらえないと思ったものですから、訳者の村岡花子さんにご相談して、「いたずら きかんしゃ」という言葉をつけ加えていただきました。

『いたずら きかんしゃ ちゅう ちゅう』
バージニア・リー・バートン 文・絵 むらおか はなこ 訳 / 福音館書店
ちいさな機関車のちゅうちゅうは、いつも客車や貨車をひいて、小さな駅と大きな駅の間を走ります。ある日ちゅうちゅうは、みんなの注目を集めたくて、ひとりで走り出します。やがて日が暮れ、石炭も水も少なくなり、古い線路に迷い込んで、とうとう止まってしまったちゅうちゅう。そこに迎えに来てくれたのは、最新式の汽車にのった機関士でした。
この絵本の画法は木炭画です。バートンさんは、1冊描くたびに手法を変えます。レオ・レオーニ(*1)やA・ラマチャンドラン(*2)もその傾向がありますが、絵本の絵画表現というものに精魂を込めている。そして同じ手法は使わないというところに、職人としての誇りがおありになるなと思います。
絵にものすごく動きがありますでしょう。本当によく動いている。動いている絵は、子どもが興味をもつんです。ですから、バートンさんは自分が描いた絵を部屋の中に並べて、動きの変化を繰り返し繰り返し確かめられるんだそうです。見開きごとに工夫して変えていらっしゃいます。だから全体に変化が出てくるんです。
この時代は、踏切で自動車がたくさん止まっているときに、その数が多ければ多いほど、汽車はこれ見よがしに汽笛を鳴らしたと、本で読んだことがあります。そのことも、ちゃんとここには描かれている。
バートンさんはレイアウトも全部自分でなさいます。日本語版も文章の位置を工夫して、なるべく原書に近いレイアウトにしましたが、元来横書きの英語の原書ほどうまくはいきません。原書はすごいスピード感ですね。
1964 年の来日の際、私もバートンさんにお会いしました。日本へ来られたのはバートンさんが 55 歳のときです。そして、東京のアメリカ文化センターでバートンさんの講演会が行われました。
そのときに、「私たちのために、ここで何か描いていただけませんか?」とお願いをしたんです。その時に描いてくださった絵は、社長室に掛けてあります。ひとつは『せいめいのれきし』(岩波書店)に出てくる恐竜の絵です。大きな恐竜の下のほうに描かれている人間がバートンさんだろうと思いますが、みんなの見ている前でさっさっさっとお描きになるんですよ。
もう1枚は、『いたずら きかんしゃ ちゅう ちゅう』を描いてくださいました。真っ白の画用紙に向かい、「今から “ちゅう ちゅう” を描いて、走らせてみますから」とおっしゃったんです。そして、最初に、静止している “ちゅう ちゅう” の絵をお描きになった。そして「では、この “ちゅう ちゅう” を走らせますね」と言って、前傾姿勢になっている “ちゅう ちゅう” をお描きになったんです。「動いているのを走らせるのには、こういうふうに表現するんです」と。

僕はびっくりしました。なるほど、そういうふうに描くと、乗り物が走りだす。これはすごいと思って、月刊絵本「こどものとも」の『とらっく とらっく とらっく』(通巻64号/渡辺茂男 文 山本忠敬 絵)を作るときに、さっそく参考にさせていただいたんです。この『とらっく とらっく とらっく』を見ていただくと、トラックが前傾姿勢で走っていますよ。とってもよく走っているように見えます。走るときは後ろへ反り返るように思いがちですが、反対なんですね。福音館の乗り物の絵本はバートン流です。

『ちいさいおうち』を理解するには、やはりアメリカの歴史を知っておくことが重要だと思います。レオ・マークスの『楽園と機械文明』(研究社 ※品切)という本は、「テクノロジーと田園の理想」というサブタイトルが付いていて、テクノロジーとアメリカの思想がどういう関係にあるのかということを、とてもわかりやすく説いている本でした。
アメリカでは、パストラリズム(pastoralism)と言いますが、田園主義というものが建国以前からずっと根底に流れていて、それが現在もアメリカ人の中に残っていて、あれだけ都市が発達しても、都市と田園の対照にいまだに興味があるということがよくわかります。 アメリカについて考えるときに、皆さんがお読みになるといいと思うのは、『アメリカ人 大量消費社会の生活と文化』(河出書房新社 ※品切)という2巻本です。書いているのは、ダニエル・J・ブアスティンという、アメリカの議会図書館の名館長だった人です。アメリカ人とはどういう人々かを書いていて、アメリカの絵本を見るときにもとても役に立ちます。
『ちいさいおうち』には、アメリカの社会史的な背景や、アメリカ人のライフスタイルの変遷が、見事に描いてあるんです。乗り物を見ただけでも時代がわかるほどです。電柱が登場すれば、アメリカで電気が普及してきた時代だな、ということがわかる。1920年代ですね。
また、自動車がパンクしている絵があります。横で運転手がじだんだ踏んで怒っています。自動車がパンクするということは、チューブ入りのタイヤを使うようになったということです。 三色信号灯も描かれていますね。最初の三色信号灯は、1918年にニューヨークの五番街に設置されたんです。
絵の中に、そういった時代の変遷を読み取れるわけです。どんなに細かいことでも、バートンさんはちゃんと描いているんですね。
バートンさんは、「意外に子どもたちは、この本の中で車がパンクしているのをちゃんと知っています、ただ、大人はほとんど見過ごしてしまう」とおっしゃっていました。
イラスト・佐藤奈々瀬
※出版社名のないものは福音館書店刊
*1 レオ・レオーニ(1910-1999年) オランダ出身の絵本作家。1959年、初の絵本『Little Blue and Little Yellow』(日本語訳『あおくんときいろちゃん』藤田圭雄 訳/至光社)を出版。『スイミー』『フレデリック』『アレクサンダとぜんまいねずみ』(いずれも谷川俊太郎 訳/好学社)など、多くの作品が日本でも刊行されている。
*2 A・ラマチャンドラン(1935-2024年) インドの画家。ヴィシュヴァ・バラティ大学の美術研究所で美術を学び、ジャミア・ミリア・イスラミア大学で美術学部を創設、長年学部長を務める。伝統的な表現を意識した作品で現代インド画壇の重鎮として活躍した。2005年、パドマ・ブーシャン勲章を受章。著作に『おひさまを ほしがった ハヌマン』(松居直 訳/福音館書店 ※品切)『10にんのきこり』(田島伸二 訳/講談社 ※品切)など。
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