月刊絵本「こどものとも」が、2026年、創刊70周年を迎えました。
小さい頃に読んでもらったり、入社して出会ったり、子どもに読み聞かせたり……これまでに刊行された「こどものとも」から、福音館社員が思い入れのある1冊をご紹介します。
第14回は入社12年目、出版課・Kの1冊。
出版課・K

車も大切な「家族」。幼い頃の私は、そう信じていました。
我が家に来てくれた、歴代の車は、すべて覚えています。黄色い車、緑のジープ、赤い車、白い車。その中でも、一番印象に残っているのが、赤い車です。
赤い車自体、当時の街中では、あまり見かけなかったこともありますが、消防車のはしご車のような、独特な色をしていました。街中で見かける、他の赤い車は、えんじ色のような、もう少し落ち着いた色をしていたのです。
当時の車は、現代のようにコンピューター制御もされていなかったので、日々のコンディションに波がありました。機嫌がいい日もあれば、機嫌が悪い日もあるのです。なかでも寒い日は最悪でした。そのような姿を見て、車にも感情というものがあるのだと、信じていました。
ハンドルの先に、仲良く並んでいる、タコメーターとスピードメーター。これが、当時の私には、父と母の顔のように見えていたのです。激しく針が動くタコメーターが父、ゆっくりと針が動くスピードメーターが母。不思議なことを考える子どもだったのかもしれません。
特に赤い車に感情移入したきっかけは、『こわがりのはしごしゃ』という絵本だったのではないかと思っています。


いつ読んでもらったのか、いつまで自分で読んでいたのか、はっきりとは思い出せないのですが、この作品で描かれている風景は、今でも、鮮明に記憶しています。車が前のめりになって走っているような描写。煙の中にのびる梯子。見開き2ページで表現された、地上からのとてつもない高さには、足がすくむ思いでした。今でも、高いところがやや苦手なのは、この描写が頭の中にこびりついているからかもしれません。

いろいろな想いが込められた作品だと思いますが、当時の私が受け取ったのは、「物にも感情が宿る」というメッセージでした。
この作品の主人公は「車」なのだと、思いました。作品の中で、人間と同じように感情をもち、葛藤もしています。『こわがりのはしごしゃ』の、赤いはしご車。似た色をしていた、我が家の赤い車。幼き日の私の中で、この2台が重なり合ったのかもしれません。
赤い車とお別れをしなくてはいけなくなった日、私は泣きました。その日のことを、思い出そうとすると、今でも、少し悲しい気持ちになります。
数年前、システムを管理する部署で仕事をしていて、全く同じ工程で製造された機械でも個性があることを知りました。手がかかる機械もあれば、そうでない機械もあるのです。トラブルが発生しがちな機械でも優しく向き合うと機嫌を直してくれることが多かったのです。不思議だと思いつつ、赤い車のこと、歴代の車のことを重ねて、思わず頬が緩む瞬間がありました。「あの機械のことなら」と、修理の依頼を受けると、嬉しくなる自分がいました。「黙々と機械に向き合うような仕事を目指すべきだったのかもしれない」と考えることも、少なくはありません。
絵本に込められたメッセージの受け取り方は、人それぞれだと思います。私のように、不思議な受け止め方をする人間もいるかもしれませんが、そのことで、昔の自分の感情を取り戻せる瞬間があるのであれば、それは、とても素敵なことなのかもしれない、と思います。

『こわがりのはしごしゃ』
松野正子 さく なかのひろたか え
消防署に新しくやってきた梯子車は、先輩のポンプ車や救急車から火事場の話を聞いて怖くなり、アパートやデパートの火事で出動するときに胸が苦しくて動けなくなってしまいました。ところが3度目に病院の火事で出動したとき、屋上に取り残された車椅子の子どもは、前に梯子車の絵を描きにきてくれた少年でした。梯子車は全力をふりしぼってはしごをのばし、必死で子どもを助けます。
*「こどものとも年中向き」1983年11月号
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