手から手へ 松居直の社内講義録

第26回 福音館の本づくりの原点⑪ 『ラチとらいおん』/ 中東の子どもの本

絵本 |
アイキャッチ画像
月刊絵本「こどものとも」を創刊し、多くの子どもたちに愛される絵本や童話の数々を送り出した編集者・松居直(まつい ただし)。この連載では、松居が2004年9月から2005年3月にかけて福音館書店の新入社員に向けて行った連続講義の内容を編集し、公開していきます。

福音館の本づくりの原点⑪

2度目のフランクフルト・ブックフェア

1963年に訪れた2度目のフランクフルトのブックフェアで一番の収穫だったのは、ベッティーナ・ヒューリマンさんがハンス・ハルバイ(Hans Adolf Halbey *1)というヨーロッパで屈指の子どもの本の研究者を紹介してくださったことです。後に IBBY の会長になる人ですけれども、そのころはフランクフルトの近くのオッフェンバッハという小さな町でクリングスポール博物館(Klingspor-Museum)の館長をしていらっしゃいました。活字や活版印刷に関する研究と収集をしている博物館です。ハンス・ハルバイさんは福音館の本に非常に興味を持ってくださって、その後いろいろなところで、日本の福音館の本はおもしろいとすすめてくださったりしました。そういった横のつながりが、少しずつ広がっていくようになりました。

この時、ブックフェアの会場であちこち回っていましたら、ハンガリーのスタンドの前で、本が呼ぶんです。つかつかとその本のところに行ったら、ハンガリー語ですから読めませんけれども、魅力的な絵本が2冊ありました。ひとつは『ボリボン』、もうひとつは『ラチとらいおん』でした。あれは向こうから呼んだんです。これが『ラチとらいおん』(1965年に日本語訳を刊行)を出したきっかけです。本屋さんでも、入ると向こうのほうから呼ぶ本があります。

当時は『ボリボン』は出さなかったんですが、後に編集部で出してくださいました(2002年に日本語訳を刊行 ※品切)。ハンガリーにあんないい本があるとは思いませんでしたね。

その後、ウィーンで開催された第8回 IBBY 世界大会に、ヒューリマンさんたちと一緒に参加しました。そのころの参加者は 100 人足らずでしたが、和気あいあいとしたヨーロッパの仲間同士といった雰囲気で、専門家の方が集まっていろいろな討論をしていました。ドイツ語が主で、私はほとんどわかりませんでしたけれども、国際交流が子どもの本にとってはとても大切だということをひしひしと感じました。

中東の出版事情

その後、ローマで私は松岡享子さんとお別れして、イランへ行ったんです。イランはそのころパーレビ王朝(*2)の時代で、非常によい子どもの本が出ていました。特に絵本は独特のものがありました。

当時、イスラム圏の国の中で絵本を作っていたのはイランぐらいです。ほかにエジプトが少し手をつけようとしていました。イランは絵画的な表現に寛容なシーア派が中心です。スンニ派が中心のサウジアラビアなどは非常に厳格ですから、絵画はだめなんです。人間や動物などを絵で表現するということはタブーです。ですから、モスクの装飾にはアラビア文字や幾何学文様が用いられるわけです。キリスト教の教会には宗教画の壁画やステンドグラスがありますけれども、そういうものはモスクにはありません。

イランはペルシャ文化の伝統なので、大昔からミニアチュール(*3)が非常に盛んですし、絵本を作ることはごく自然なことだったんです。国際アンデルセン賞の絵画賞を、イランの画家・メスガーリ(Farshid Mesghali *4)がもらっていますよ。アニメーションの世界で著名なザリンケルク(Noureddin Zarrinkelk *5)もイランの人ですね。そういったことがあって、私はちょっとテヘランへ寄ってみたいと思ったわけです。イランを巡って、東京へ帰ってきました。

海外著作権室を設立

この経験で私が非常に強く感じたのは、福音館の中に海外著作権の部署を作らなければだめだということでした。日本の出版社で、海外との取引を自社で全部コントロールしているところは非常に限られていて、エージェントを通してやりとりすることが普通でした。私はそれではデリケートなところが学べないと思ったんです。海外の出版社の商売の仕方や、契約や出版に対する考え方は、間接的ではわからない。

海外では印税をどういうふうに支払っているか、イラストレーターとはどう向きあっているかといったことも、実際に交渉する過程で学べるわけですから。本物の情報の収集をエージェントに頼らないで直接やりたいということで、海外著作権の部署を設けたわけです。

小さな出版社では本当にぜいたくな話でしたけれども、それをやらなければ国際的に見て、一人前の出版社にはとてもなれないと考えていました。海外著作権室の設立によって、海外での福音館の出版活動を本格的にやろうということも志したわけです。

──さて、話は1963年まで進みましたけれども、翌年1964年には、それまでの仕事場を畳んで、本社のビル(*6)を建てようと決めました。文京区本駒込によい土地が見つかり、4階建ての社屋を造りました。社屋が完成して、そこで仕事ができるようになったのは、1965年の12月のことです。

*出版社の記載のないものは、福音館書店刊
イラスト・佐藤奈々瀬

 

 ハンス・ハルベイ(1922-2003年) ドイツの美術史家、詩人、児童書研究者。オッフェンバッハのクリングスポール博物館、マインツのグーテンベルク博物館で館長を務める。1974~1978年にはIBBYの会長も務めた。
*2 パーレビ王朝(パフレヴィー朝)は、クーデターを経てレザー・ハーンが即位し、1925年に成立したイランの王朝。1979年のイラン革命で崩壊した。
*3 ミニアチュールは、古代・中世の書物の挿絵のこと。
*4 メスガーリ(1943年-) イランのアニメーター、イラストレーター、絵本作家。テヘラン大学芸術学部で絵画を学んだ。1974年に国際アンデルセン賞を受賞。『ちいさな黒いさかな』(ほるぷ出版 ※品切)など。
*5 ザリンケルク(1937年-) イランのアニメーター、イラストレーター。テヘラン大学で薬学を学び、その後、王立美術アカデミーでアニメーションを学んだ。イランにおいてアニメーションの父と称えられる。2004~2006年には、国際アニメーション映画協会の会長も務めた。
*6 東京都文京区本駒込の福音館書店の本社ビルは1965年竣工。2025年12月まで本社ビルとして役割を果たした。2025年12月に移転し、現社屋は中野区本町。
 

 
▼前の回を読む▼

手から手へ 松居直の社内講義録
第24回 福音館の本づくりの原点⑨ 松岡享子さんと巡ったヨーロッパ ─図書館員の眼差し─
アイキャッチ画像

社内講義録「手から手へ」一覧はこちら▶
 

絵本誕生のひみつ
ぐるんぱのようちえんが生まれた日|西内ミナミさんインタビュー
アイキャッチ画像
絵本誕生のひみつ
しょうぼうじどうしゃ じぷたが生まれた日①|渡辺茂男さんインタビュー
アイキャッチ画像
この記事をシェアする