図書館の司書として長く子どもたちに本を手渡してきた伊藤明美さんに、絵本の魅力や楽しみ方について幅広く語っていただく連載です。絵本の奥深い世界をのぞいてみましょう!
わたしはいくつかの大学で、「児童サービス論」という授業を受け持っています。図書館司書の資格を取得するための科目のひとつで、0歳から18歳未満の人たちに、図書館としてどのような本を選び、手渡すかを学びます。
「絵本」についての授業では、講義と読み聞かせのグループワークを行います。グループワークは、わたしが指定した数冊の課題絵本から、自分が読みたい本を持ってきてもらいます。
ほとんどの学生は、読み聞かせは初めてで、少し緊張しています。が、他の学生が熱心に聞いてくれるので、次第にほぐれて、全員が読み終わった後の自由な話し合いでは笑い声が聞こえてきます。

課題の1冊、『ちいさなねこ』(石井桃子 作 横内 襄 絵)は、保育園の2歳児クラスで年度後半に読むと、子どもたちが息をのんでお話に聞き入ります。子どもたちは主人公の子ねこになりきり、車にひかれそうになったり、犬に追いかけられたりするたびにドキドキし、無事お母さんねこに助けられると、ほっと息をつきます。その嬉しそうな、安心した表情から、絵本の世界に浸りきっていたことがわかります。
『ちいさなねこ』は、絵もストーリーも、子どもの気持ちにぴったり寄り添うからこそ、幾世代もの子どもたちが支持してきました。大人が少し古いと感じる絵も、子どもたちから古いという言葉は聞かれません。古いというのは古いものを知っている大人が言うことです。
学生のひとりがグループワークに持参した『ちいさなねこ』は、薄いソフトカバーのものでした。見ると月刊絵本「こどものとも」1963年5月号として刊行された初版本。聞けば、お祖母さんの絵本で、その学生もお母さんに何度も読んでもらった絵本だということ。少し表紙が黄ばんでいるものの、大切に読まれてきたことがわかります。この本が3世代に渡って読まれてきたことにみんな驚きました。

同じグループに、ハードカバーの『ちいさなねこ』を持参した学生もおり、両方の読み聞かせを聞いた学生たちから、「絵が違う!」と声があがりました。2冊を較べてみると、いっぽうには縁側から庭に降りようとする子ねこがいますが、もういっぽうにはいません。ほかにも、犬の絵や、お母さんねこの表情が違うなどの発見がありました。さらに別の学生が持参した刊行年の違うハードカバーとも少し違いがあり、出版から 60 年の間に、よりよくしようと絵が描き直されていることがわかりました。
学生たちからは、「絵が古いと思ったけれど、読んでもらったら面白かった」「子ねこが小さいのにひとりで行っちゃって、ハラハラした」「お母さんねこの表情が鋭くて、たくましいと感じた」という感想が寄せられました。

課題絵本の中からもう1冊。『しずかなおはなし』(サムイル・マルシャーク 文 ウラジミル・レーベデフ 絵 内田 莉莎子 訳)は、「ちいさな こえで よむ おはなし。そっと そっと そっと……」と始まります。
はりねずみの家族が夜の森を散歩中、おおかみに襲われます。体のはりを逆立てたぼうやを転がす2匹のおおかみ。おかあさんはぼうやに、「じっとしておいで。うごかないで。おおかみたちは わるいやつ。ゆだんをしては いけないよ!」と教えます。大きなおおかみと小さなはりねずみ、リアルな絵が、生死をかけた闘いの緊迫感を伝えます。鉄砲の音に驚いて、おおかみたちは退散し、はりねずみの家族は、無事うちにかえりつきます。最後は、「ちいさな こえで よむ おはなし。そっと そっと そっと……」と、冒頭と同じ言葉で終わります。同じ場所に戻ってきた安心感に包まれ、作者が聞き手の子どもたちに、もう大丈夫だよ、と言っているかのようです。

この絵本を保育園で3歳児に読んだときには、とても静かに聞いていて、「おおかみこわかった」「おもしろかった」「これまた読んで」と言っていました。
学生のひとりは、「ここにはりねずみがいる!」と、扉の絵のはりねずみを発見。他の学生も「ほんとだ!」と、のぞき込みました。
「講義で、小さい子が絵本の細かいところまでよく見ているという話を聞いて、ずっと半信半疑だったが、自分が間近で読み聞かせをしてもらって、物語の流れとは直接関係がない細かい部分に気づくことができ、読み聞かせのすごさを思い知った」といった学生もいます。
さらに、グループで本を詳しく見て気がついたこととして、「自分が持ってきた『しずかなおはなし』には <世界傑作絵本シリーズ・ソビエトのえほん> と書かれているが、他の学生が持参した『しずかなおはなし』には <ロシアのえほん> と書かれていた。先生に言われて奥付を見たら、初版年が1963年、自分のものは1990年出版の 57 刷、他の学生のものは2015年出版の 85 刷だった。『ちいさなねこ』や『かばくん』はもっと多く、100 刷以上だという。大人の本と比べて、刷りの数が桁違いであることに驚いた」と感想を言う学生もいました。
今回の課題絵本は全部で8冊。上記2冊のほかは、以下の通りです。
※ 括弧内の年数は日本での初版年
『アンガスとあひる』(マージョリー・フラック 作 瀬田貞二 訳/1974年)
『かばくん』(岸田衿子 作 中谷千代子 絵/1966年)
『だるまちゃんとてんぐちゃん』(加古里子 作・絵/1967年)
『ティッチ』(パット・ハッチンス 作・絵 石井桃子 訳/1975年)
『のろまなローラー』(小出正吾 作 山本忠敬 絵/1967年)
『かいじゅうたちのいるところ』(モーリス・センダック 作 じんぐう てるお 訳/1975年 冨山房)
どれも出版後 50 年以上のロングセラー絵本です。これらを学生に読ませる理由は、こうした本が、絵、ストーリー、ことばの表現、どれをとっても優れている、いわば「優れた絵本の物差し」だからです。1世代2世代と、時の試練を経てもなお、子どもが支持する普遍的な魅力のある絵本を知ることは、絵本選びの第一歩です。読み継がれてきた絵本をたくさん読んで、目を鍛え、目の前の子どもにあった絵本を選んでほしいと、学生たちには伝えました。
おうちで絵本選びに迷ったときは、本の奥付の出版年を見てみてください。または、福音館書店HPの「100 刷を超えた本」サイトや、「商品をさがす」から「ロングセラー」で絞って検索してみてください。今の子どもたちも夢中になる、頼れる絵本たちが勢揃いしています。子どもに読まないなんて、もったいない本ばかりです。
後日、学生からこんな感想が寄せられました。
「姉の子どもにプレゼントしようと、書店で流行の新しい絵本を何冊か見ましたが、ピンとくるものがありませんでした。今回読んだ本は一見地味ですが、どれもとても面白かった。絵本ならなんでも良いと思っていたけれど、これが絵本なんですね! この中から1冊買って、姪っ子に読んであげようと思います!」
この他にも、学生の感想には、教えられることがいろいろありましたので、次回ご紹介しましょう。
今月の「とものま」
来月は これ読もう!
わたしの限界本棚
こどもに聞かせる 一日一話
こどものこころの保健室
絵本の選びかた
絵本のとびらを開いたら
こどものとも70周年
えほんとわたし
こどものとも70周年
手から手へ 松居直の社内講義録
来月は これ読もう!
来月は これ読もう!
来月は これ読もう!