月刊絵本「こどものとも」が、2026年、創刊70周年を迎えました。
小さい頃に読んでもらったり、入社して出会ったり、子どもに読み聞かせたり……これまでに刊行された「こどものとも」から、福音館社員が思い入れのある1冊をご紹介します。
第4回は入社19年目、販売課・Kの1冊。
販売課 K

2001年8月、某劇場1階16列目。
私は劇場にいた。当時ファンだった俳優の芝居を生で観られる喜びと期待で、開演前からそわそわと落ち着かない。興奮MAXのなか、客電(客席を照らす照明)が落ち、ビートの効いた音楽が流れ、ダンスシーンで幕が明けた。
「やっぱり本物はシャープでかっこいいわ……」と、私はほくそ笑んだ。ほどなくして、お目当ての俳優が図書館司書役として登場する。開演から 30 分ほど経った頃だろうか。劇中、図書館司書の技量を試すという設定で、彼は1冊の絵本を手に取り、「はい、始めますよ〜」と、観客を子どもたちに見立てて読み聞かせを始めた。
その絵本は、幼い姉妹の母親が留守のあいだに起きた出来事を描いた物語だった。俳優の語りは巧みで、私はたちまち絵本の世界に引き込まれていく。途中、観客に茶々を入れながら読み進めていく彼の声が、こう告げた。
「いもうとは、どこにも見えません……」
なんと、姉が目を離した隙に、妹がいなくなってしまったのだ。


「えっ!? 妹はどうなっちゃったの? この先は?」
という私の気持ちをよそに、読み聞かせのシーンはそこで終わってしまった。芝居そのもののストーリーも演技も実に素晴らしく、気づけば、あっという間にエンディングを迎えていた。
観劇の余韻に浸りながらも、私の頭から離れなかったのは、あの劇中の絵本だった。
──あの絵本の題名は何て言っていたかな?
──実在する絵本なのか、それとも劇のための創作なのか。
そんな思いを巡らせながら、私は家路についた。
そして、どうしてもあの絵本の続きを知りたくなり、私は再び劇場へ足を運んだ。俳優の読み聞かせをもう一度聞いてみたかった。やがて、待ちに待った読み聞かせのシーンが始まる。私は舞台に全集中……。よし! 今度はちゃんと聞き取れた。
──『あさえとちいさいいもうと』。
翌日、書店でその背表紙の『あさえとちいさいいもうと』の文字を見つけたときの喜びは、今でも鮮明に覚えている。幼い姉妹が描かれた表紙を、私はしばらくじっと見つめる。とくに、妹のちいさい右手がなんとも愛おしく、表紙を見ているだけでぐっときてしまう。
さっそく購入し、芝居のシーンと同じように声を出して読んでみる。あれほど知りたかったお話の続きだ。少しドキドキしながら、ゆっくりとページをめくっていく。
そして迎えたお話のおしまいは、あさえの「ぎゅっ」。自然と涙があふれた。
──どうして、こんなにも心揺さぶられるのだろう。
私には8歳年の離れた妹がいる。両親が自営業で留守がちだったため、私が妹の面倒を見ることが多かった。
よちよち歩きの妹が交通事故に遭わないよう歩道の内側を歩かせ、手をつないで公園へ連れて行ったこと。
転んで泣き止まない妹を前に、どうしていいかわからず途方に暮れたこと。
小さい妹ばかりが「かわいい」と言われ、焼きもちをやいて、妹の人形ハウスを内緒で壊してしまったこと。
そんな、忘れていた妹との何気ない、当たり前に流れていってしまう日常のひとコマが、次々とよみがえってきた。

「お姉さんなんだから、しっかりしなきゃ」
そう子ども心に気を張っていた幼い日の自分を、私はあさえの姿に重ねたのかもしれない。林明子さんが描く幼い子どもたちの絵は、ぷよぷよとした肉感や、子ども特有のしぐさや表情が、実に優しいまなざしで描かれている。絵を見ているだけで、胸の奥に静かな余韻が残る。
それから7年後、私は縁あって、この作品を世に送り出した福音館書店で働くことになった。
今でも、物にあふれた自室の本棚から、ひょっこり顔をのぞかせる『あさえとちいさいいもうと』と目が合うたび、なんとも言えない甘酸っぱい、きゅんとした気持ちになる。
それはきっと、幼い頃に「小さなおかあさん」として頑張っていた、あの頃の私をそっと呼び起こしてくれる1冊だからなのかもしれない。
『あさえとちいさいいもうと』
筒井 頼子 さく 林 明子 え
お母さんの留守に妹のあやちゃんと家の前で遊んでいたあさえは、あやちゃんを喜ばせようと夢中で道に絵を描いていました。ところが顔をあげると、いつのまにか、あやちゃんがいなくなっています。あさえは妹をさがして、どきどきしながら、いつもお母さんといく公園に向かって走りました。小さな子どもの心の動きを、文と絵が一体となって緊迫感をもって描きだします。
*「こどものとも」1979年5月号
* 現在は「こどものとも絵本」として刊行
〈新刊のお知らせ〉
『子どもを描く 林明子の世界』
福音館書店編集部 編
2026年4月20日刊行!
作家・林明子の思いに触れることのできる1冊。
絵本、童話、漫画、エッセイなども収録。
詳しくはこちらから
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