図書館の司書として長く子どもたちに本を手渡してきた伊藤明美さんに、絵本の魅力や楽しみ方について幅広く語っていただく連載です。絵本の奥深い世界をのぞいてみましょう!
前回、ものの絵本には、見開き1枚のごく短いストーリーのくりかえしがあるものがあり、少しずつ長いストーリーを理解していくことにつながると書きました。今回取りあげるストーリー絵本は、1冊を通してひとりの主人公が行動するストーリーがある絵本です。
赤ちゃんが初めて出会う「ストーリー絵本」は、生活経験がごく少ない赤ちゃんの、身の回りのことをテーマにしたものが多くみられます。
『きゅっ きゅっ きゅっ』(林 明子 作)

『きゅっ きゅっ きゅっ』では、赤ちゃんがねずみ、うさぎ、くまのぬいぐるみと並んで、スープをのみます。ところが、ねずみはスープをこぼしてしまいます。
1歳になりたての子どもたちに読んでいると、「こぼした」と、声があがりました。
「ふいてあげるね きゅっ きゅっ きゅっ」と、赤ちゃんはねずみを拭いてあげます。
うさぎもくまもスープをこぼし、赤ちゃんが拭いてあげています。

「あれ だれかさんが おくちのまわりに こぼしてる」の場面では、みんな「赤ちゃん」と指さしています。えんちゃんが立ってきて指で赤ちゃんの口元を拭きました。「きゅっ きゅっ きゅっ」と言いながら。
「えんちゃん、お口拭いてくれたんだね。ありがとう」というと、他の子も次々に立ち上がって絵本の赤ちゃんの口元を拭きにきました。

赤ちゃんが正面を向いて座っている表紙は、「これはあなたのことを描いた絵本ですよ」と言っているようです。うちの中の風景など、ストーリーに無関係なものは描かない簡潔な絵は、子どもたちの視線をそらさせません。「きゅっ きゅっ きゅっ」という繰り返しの言葉も、覚えやすく、リズムを生んでいます。
子どもたちは、いつも自分がしていることを絵本の中の赤ちゃんと一緒に体験しています。──いえ、いつもはこぼす側で、拭く側にまわったことはないでしょうから、拭く側もやってみたいことだったかもしれません。だから今度は自分が赤ちゃんを拭いてあげたのですね。みんなそろって笑顔で終わるのもほっとする結末です。
『いただきまあす』(わたなべしげお 文 おおともやすお 絵)

『いただきまあす』は、くまくんが食卓でエプロンをかけて食事をします。
食卓に並んでいるのは、スープ、サラダ、パン、スパゲッティ、ジャム、ミルク。
くまくんは、スープをお皿から直接のもうとして、エプロンにこぼし、テーブルにもこぼします。「こぼした こぼした」と1歳の子どもたちが絵を指さします。

パンをフォークで食べようとして、うまく食べられず、ジャムもスパゲッティもこぼしてしまう、くまくん。
「どうすれば いいのかな?」と、くまくんはしばし腕組みをして考えます。そして、
「すーぷを かけて、さらだを まぜて、てでたべようっと。おいしい おいしい!」
とびっくりする展開に。
子どもたちからわっと声があがります。
以前、保育園の先生から、「子どもたちにはスプーンで食べるように教えているのに、どうしてこの絵本を読むんですか?」と質問されました。たしかに、先生方はスプーンを使って食べるように指導されているのですから、疑問に思われても無理はありません。
もちろん、子どもたちは、手づかみよりスプーンで食べるほうがよいことを知っています。でも、この年齢の子どもはスプーンやフォークをうまく使いこなせないことも少なくありません。絵本の中のくまくんは少しオーバーぎみに、子どもたちの困りごとを代弁しているのです。

肝心なのは、くまくんが自分で食べ方を考えたこと。お行儀より何より、目の前にあるものを「食べる」ことを優先した合理的な解決方法ともいえ、最後にくまくんは満面の笑みでテーブルに座っています。子どもたちは、くまくんの行動を笑いながら、「あんなことだめなんだよ、ぼくはそんなことしないよ」と言っているようです。主人公に共感しながら、客観視もできるようになった、成長が感じられます。
『どうすればいいのかな?』(わたなべしげお 文 おおともやすお 絵)

同じ著者の『どうすればいいのかな?』は、まさに、くまくんが自分で考え、ひとつひとつ行動を起こしていくストーリーです。
「しゃつを はいたら どうなる?」
「どうすれば いいのかな?」
「そうそう、しゃつは きるもの。」
「ぱんつを きたら どうなる?」
「どうすれば いいのかな?」
「そうそう、ぱんつは はくもの。」
と、身支度のひとつひとつをとりあげます。

2歳児クラスで読んでいると、子どもたちは、シャツは頭からかぶる仕草をし、パンツははく仕草をしてみせます。ぼうしをはいたくまくんに、「かぶるの!」と自分の頭をたたいて教え、くつを耳にかぶせたくまくんに、「ちがうよ! ここ! はくの!」と、足を示して教えます。

わたしは以前1歳児クラスでこの本を読んでいましたが、1歳児はちっともおかしがりません。ところが、2歳後半に読むと、子どもたちは間違った行動をとるくまくんを笑います。この年齢は自分で着替える練習をしているので、くまくんに優越感をもっているようです。「くまくんは赤ちゃんだね」という子どもたち。わたしは、「そうだね」と応えながら、内心、ちょっと前まで君たちもこんなだったのになあ、とおかしく感じます。
以前、著者の渡辺茂男さんは、この絵本の英語版(*)を出すとき、日本語の「着る」「履く」「かぶる」が英語では全部「put it on」になってしまうので困った、とおっしゃっていました。子どもたちは、こうした絵本からも、日本語の細やかな表現を身につけていくのですね。
加えて、この絵本は、「どうすれば いいのかな?」と子どもに考えさせ、子どもの答えを「そうそう」と、肯定する繰り返しが、子どもたちを満足させ、また、ストーリーのリズムになっています。「もういっかい!」と声があがるのには、理由があるのですね。
*『HOW DO I PUT IT ON?』(2000年/福音館書店) ※品切
わたしが1歳児、2歳児のクラスに絵本を読みに行くと、先生方は子どもたちを集めて一緒に聞いてくださいます。子どもたちは、絵本の方を向いて座っていても、先生を振り返って、絵本を指さし、自分の見つけたこと、感じたことを、先生に伝えます。いつもお世話をしてくれる先生との信頼関係があるからこそ、自分の気持ちを伝えたいのです。先生方は、「そうだね」「ほんとだね」と子どもの気づきを受け止めています。わたしも、子どもの声に応えながら、応答的に読んでいきます。
これが家庭であれば、子どもが一番気持ちを伝えたいのは、読んでくれるおうちの人でしょう。発達心理学でも、赤ちゃんの頃は、絵本をおとなと子どもで共有し、やりとりをしながら読み聞かせることで、赤ちゃんの社会情動的な発達(「心の力」と「人と関わる力」の発達)が促され、対人関係の土台ができる、と考えられています。
赤ちゃんの絵本への反応やことばの変化、少し前までできなかったことができるようになったことを喜びましょう。自然にできるようになったのではありません。子どもを育てているおとな=あなたが、助けてあげたらできるようになったのです。わたし、子どもに信頼されてるね! ちゃんと育ててるね! と、自信をもっていいのです。
2回にわたって赤ちゃんの絵本を取り上げましたが、「うちの子はもう4歳だけど、絵本が好きではないのは、赤ちゃんの時に読んであげなかったからかもしれない」と思う方がいらしたら、悩まないでください。4歳でも5歳でも、応答的な読みから始めれば、子どもは読み手と心を通わせて絵本を読むことに自信をもち、絵本が好きになります。絵本の読み聞かせは、いつ始めてもいいのです。
※ 出版社名のないものは福音館書店刊
参考資料:『歌と絵本が育む子どもの豊かな心』(田島信元 佐々木丈夫 宮下孝広 秋田喜代美 編著/ミネルヴァ書房)
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